54.賑やかな街で行列を体験
モンテシーノス王国で、貴族夫人が街を散策することはない。賑わう街を馬車で通り、見つけた店へ侍女を派遣して購入させるのが一般的だった。洋裁店や宝飾店は試着もあるので馬車から降りるが、入店時の姿は大きな日傘で隠される。顔や肌を平民に晒すのは恥とされた。
意味のよく分からない慣習だけど、決まっているなら従うのが貴族だ。私も言われるままヴェールを被り、日傘やショールで姿を隠して外出した。それ以外で貴族夫人が出掛けられる場所は、夜会、実家、お茶会くらい。社交以外はほぼ外出しなかった。
令嬢であっても外出の機会は少なく、街を歩くなど初めてだ。お母様は「くだらない風習」と眉を寄せていたが、お父様が悪く言われるからと我慢していた。だから愚痴をよく聞いたけれど、確かに言いたくなるのが分かる。
晴れた空の下を、気持ちよい風が吹く。髪を揺らす風を感じながら、石畳を歩いた。踵の高い靴は気を付けないと、石畳の隙間に躓いてしまう。おっかなびっくり歩く私の姿に、オスカル様に連れて行かれたのは靴屋だった。その場で編み上げのブーツを購入する。踵部分が高いのに、尖っていなかった。
幅広の踵は歩きやすい。しっかりと地面を踏み締められるようになり、顔を上げた。躓く状況では、危険で俯いてしまったけれど。顔を上げた先は、とても賑わう商店街だった。
「ここは普段から賑わっているのですか」
「ええ、毎日こんな感じでした。こちらへ。変わったスイーツがあります」
護衛が後ろに付いているのを確認し、オスカル様が路地へ入る。王国で路地は危険な場所であり、男性であっても貴族一人で入らない。しかし帝国は横道に逸れても賑わっていた。人目があり、出店が並ぶ。着飾った令嬢や紳士も歩いていて、驚いた。
一際賑わう店は、行列が出来ている。そこへ並んだ。こんな体験初めてで、どきどきする。待っている列が少しずつ短くなり、あと2組になった。
「並んだことは?」
「いえ、一度もありません。街へ出ることも、いい顔をされませんでした」
こんな経験はないと話す間に、また前の1組が中に入っていく。店内は賑わっており、席はすべて埋まっていた。あまり見回しては、はしたないと思い目を伏せる。
「あなた、どれだけ田舎からいらしたの?」
突然話しかけられ、行列の後ろへ視線を向ける。大きな声で騒いだのは、派手なドレスの女性だった。街歩きなのに、そんな踵の尖った靴やひらひらのドレスで来るなんて……よほど慣れているのね。感心しながら、彼女の装いを上から下まで眺めた。
鮮やかな赤とピンクのドレスに、黒いレースが使われている。色の組み合わせが珍しいわ。じろじろ見ては申し訳ない。もしかしたら、オスカル様のお知り合いかも知れない。きっと顔見知りもいるはずよね。そう思い、彼に声をかける。
「オスカル様のお知り合いですか?」
「いや、違うな」
「では、どちら様でしょうか」
今度は派手な女性に向けて、私は微笑みかけた。
「何をぶってるのよ! 田舎者なんでしょ!? さっさと場所をわたくしにお譲りなさい」
ぶる、とは何を指すのでしょう。暗号かしら。彼女が言葉を終えた直後、隣のオスカル様が低い声で反論した。
「いつから、帝都の品位はここまで落ちたんだ? 娼婦さながらの下品な服装の女に、私の連れを侮辱される謂れはない」
私が知るオスカル様より、なんと言いますか。その……言葉が荒いんですのね。
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