52.大公家のお屋敷が建つらしい

 一泊して、朝からエルはひいお祖父様やお祖父様に構われている。遊んでもらってご機嫌のエルは、さきほど授乳も終わったばかり。今なら食事もゆっくり出来そう。


 お父様とお母様が隣同士に座ったので、必然的に私とオスカル様が並んだ。お祖母様は長いテーブルの奥で、お茶を楽しんでいる。お食事はもう済ませたんですって。


「昨日、エリサリデ公爵閣下とお話ししたのですが、大公家の屋敷を建てようと思います」


 突然のお話に、びっくりして薄焼き肉を切る手が止まった。豚の燻製肉をペラペラに切って焼いた肉は、フォークを刺され、ナイフを突き立てられたまま。


「実は、リリアナを帝国の学校に通わせたいのです」


 公国にも立派な学院がある。しかし、リリアナが未来の女大公となるのであれば、カルレオン帝国に友人や知人がいた方が好ましい。この点で、皇帝陛下であるお祖父様と意見が一致したとか。昨夜、お父様と話していたのは、その打ち合わせだった。


 カルレオン帝国の上位層が通う学院はレベルが高く、リリアナは家庭教師をつけて勉強を始めるらしい。屋敷は新築ならば、もう手掛けないと間に合わない。完成に3年は必要だった。いい空き屋敷が売られていれば、それを改築する予定なのだ。


「リリアナ様は2歳でしたか」


 私は一度止めた手を動かし、薄焼き肉を口に運ぶ。話しているのがオスカル様なので、視線は彼のいる右側へ向けた。


「ええ、あと2ヶ月で3歳です。学院は5歳から入れるので、早めに準備したいと思いまして」


 すっと卵にナイフを入れたオスカル様は、こぼれ出た黄身を白身に絡めて口へ入れた。なぜかしら、ドキドキして目を逸らす。薄焼き肉に集中するフリをして、いつもより細かく切った。


「この後、候補地をいくつか見て回るつもりです」


 小さく切った肉を二つ纏めて突き刺し、ぱくりと食べた。お行儀悪いわ、そんな顔でお母様が片眉を上げる。ごめんなさい、気をつけるわ。


「ならば、あなたも気晴らしに同行してきたら? いい散歩になるわ」


 お母様が思わぬ発言をしたので、飲もうとしていた紅茶で咳き込んだ。苦しくて何度も咳をして、侍女に渡されたナプキンで押さえる。優しく温かな手が、背中を撫でてくれた。


「すみ、ませ……オスカ、ルさ……」


 まだ痛い喉を無視してお礼を口にすると、柔らかな微笑みで首を横に振る。


「まだ話さない方がいい。喉を痛めてしまうからね」


 涙目で頷いて、呼吸を整えることに専念する。落ち着いてくると、恥ずかしくなった。顔を覆って泣いてしまいたい。そんなデビュタント前の令嬢のようなことは出来ないけれど。


 もう一度お礼を言って、席を離れよう。エルのオムツを理由にすれば大丈夫。不自然ではないわ。そう考えて立ち上がる。


「よろしければ、エリサリデ公爵夫人のお言葉に甘え、お誘いしても構いませんか?」


「え、あ……はい」


 驚き過ぎて、野暮ったい返事をしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る