51.ただ元気に育って欲しいの
皇帝夫妻が自室に引き上げたと聞き、お父様の一言で解散となった。オスカル様とどのような話をしたのか、気になる。穏やかな笑みを浮かべて挨拶し、オスカル様は客間へ引き上げた。
「オスカル様は客間なのですね」
「ええ、そうよ。もうすぐアルムニア大公家嫡男として、お部屋を賜るわ。現在は準備中ね」
ひいお祖父様は、エルと寝ると駄々を捏ねたが却下され、渋々離宮へ引き上げた。さすがにまだお泊まりできる年齢ではない。お母様に叱られると、ひいお祖父様も形無しね。
先ほど湯浴みを済ませた部屋へ戻り、静けさに肩の力を抜く。遊び疲れたのか、エルはすやすやと眠っていた。ベビーベッドを枕元へ寄せる。手が届く距離で、息子の顔を眺めた。
この子が生まれたあの日、すべてが完璧だと思っていた幻想が崩れる。そこから目まぐるしく環境が変化し、泣いて笑ってここまで来た。お父様は故郷を見放し、お母様の実家である帝国を頼る。その決断一つとっても、重い。
私はいつか、この恩を返せるのかしら。エルの金髪がきらきらと光を弾いた。頬が自然と緩む。開けば、瞳の色は私と同じ。自分以上に大切な存在は、何の雑念もなく眠りの世界だった。
「愛してるわ、エル」
柔らかな頬を撫でて、座っていたベッドに潜り込んだ。窓に背を向けて、エルのベビーベッドの縁に手を掛ける。これは癖だった。
奪われたあの日の恐怖は、今も心の中にある。じわりと黒いシミになっていた。また奪われないよう、でも起こさないために。ベビーベッドの柵を握る。誰かが抱き起こしたら揺れで気づけるはず。
ここまでして、ようやく気持ちが落ち着く。こんな話、誰にも出来なかった。同情されたくないし、気を遣われるのも嫌だ。なかなか訪れない眠りを待ちながら、エルを見つめた。
カルレオン帝国で、皇族に含まれる公爵家の跡取り。きっと苦労するでしょう。セルラノ侯爵家の嫡子以上の重圧がのし掛かる。それでも、私はあなたを守るから。ただ元気に育って欲しかった。勉強が出来なくても、剣技が未熟でもいい。
いずれ大好きな女性を見つけて、私の元を巣立つまで。いえ、もっと先まで元気でいてくれたら、それ以上は望まないわ。公爵家が嫌なら継がなくてもいいんだもの。お父様やお母様もきっと許してくれるはず。
取り留めなくそんなことを考えながら、ようやく訪れた眠りに身を委ねた。数時間後、お腹が空いたと泣く息子に起こされるまで、私は幸せな夢を見た気がする。内容は覚えていないけど、エルが笑っていた。幸せな気分でエルに授乳し、我が子の額に口付けた。
幸せになりなさい。
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