47.没落した侯爵の処分――SIDE先皇

 セルラノ侯爵家没落の知らせは、すぐに届いた。同時にモンテシーノス王家から、長い謝罪文と調査結果も添えられて。さっと目を通した息子は、それをわしに回した。


 大量の書類を押し付けた息子だが、大半は今回の騒動の報告書や指示書だ。軍を動かしたことで、一部の貴族が騒ぎ立てた。それをひと睨みで黙らせ、事情を察する。どうやらバレンティナに対し、良からぬことを考える貴族がいるらしい。


「父上が動く分には、フォローいたします」


 皇帝が動くと騒ぎが大きくなり過ぎる。すでに一線を退いた年寄りが勝手をしても、中立を保つ貴族は騒がないと判断した。なるほど、好きにさせてもらうとしよう。


 圧倒的な戦力差を活かした戦を得意としたわしは、帝国の領土を広げた。受け継いだ息子は謀略や策略を巡らせ、帝国の治世を安定させる道を選ぶ。わしの尻拭いを買って出た形だった。


 当人はそんなつもりはないと言うだろう。だが、これ以上拡大路線を強行すれば、国は足元から瓦解する。基礎を疎かにすれば、どんな豪勢な宮殿も崩れ去ると、息子リカルドは理解していた。


「片付いたようじゃぞ」


 息子の膝で眠る玄孫、小ナサニエルの小さな手を握る。きゅっと反射的に力を入れた指は、壊れそうなほど細い。だが力強かった。これから母を支え、妻となる女性を守る手だ。カルレオン皇族の血を継ぐ、愛しい未来だった。


「そうですか、父上にお任せして正解でした」


 書類の話に聞こえるよう注意しながら、選んだ言葉に別の意味を含ませる。この場で正確な意味を汲み取れるのはわしとリカルド、にこにこと笑う嫁フロレンティーナくらいか。笑顔だが、孫娘のフェリシアも気づいたようだ。


「お祖父様、仕事が忙しければ手伝いますわ」


「安心いたせ、もう終わった」


 そう、もう終わったも同然だ。セルラノ侯爵家の末路を教えてくれと強請る孫娘に、大きく頷いた。彼女には説明しておこう。


 夜会のためだけに造った大広間は、複雑な話をするには向いていない。孫のオスカルは、今の会話で察したらしく目で問いかけてきた。もちろん、知りたいなら話してやろう。


 セルラノ侯爵家は、モンテシーノス王国の爵位を剥奪された。カルレオン帝国から指名手配が出ている。周辺諸国のどこへ行っても、隠れ住むしかない。バレンティナの夫であったベルナルドは、金目の物を持って逃走。現時点で捕まっていない。


 隠居した前侯爵夫妻は素直に牢へ入り、罪を償うと頭を下げた。ある意味、ベルナルドより賢い。反省の姿勢を見せ、大人しく牢に入れば野垂れ死ぬ運命は免れるのだから。もちろん、彼らに残された寿命は短い。


 あのカルロス王が、災いの種を長く生かすはずはなかった。近いうちに、彼らの病死が相次いで発表されるだろう。毒か、それ以外か。手緩いが、奴らしい采配だ。己の手を汚すことを嫌う王に、誰がついて行く? 見せしめが必要なのに、表面だけ取り繕えば、同じ失態を犯す貴族が現れるだろう。


 国の未来を憂うなら、厳しい処断を前例として残すべきだった。人前に引き摺り出し、首を刎ねる。その覚悟がないなら、王の椅子も長くはない。


 逃げたベルナルドの行方は、カルレオン皇室の影が知っている。どのタイミングで処分するか。出来るだけ惨たらしい死を与えたい。想像するだけで口元が緩んだ。 

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