48.罪人には相応の罰を――SIDE元夫
セルラノ侯爵家は終わりだ。先祖の立派な功績や広大な領地は何の役にも立たなかった。若くして侯爵となり、カルレオン帝国の皇孫を娶った俺に向けられた羨望は、嘲笑に変わる。どの貴族も救いの手を差し伸べなかった。
貴金属をかき集めて革袋に入れ、大急ぎで脱出した。王城で拘束された俺を逃がす男がいたのだ。姿は使用人に見えるが、おそらく騎士の誰かだろう。がっちりしていた。彼に追い立てられるように荷車へ飛び込み、乗り心地が悪い馬車で屋敷近くまで揺られる。
飛び降りて駆け込んだ屋敷は、すでに
さすがにここを荒らした奴はいなかった。高価な宝石や家宝の首飾りを詰め込み、革袋の口を縛る。高価だと判断した小物をいくつかバッグに詰め、最低限の支度を整えた。だが普段は侍従にやらせ、自分で準備したことなどない。下着を入れ忘れ、大急ぎで詰め直した。
可能な限り詰めたトランクを引きずり、バッグを肩にかけて移動する。向かった先は馬のいる厩だが……すでに馬はいなかった。庭の作業で小回りが利くからと使用したロバと、卵を得るための鶏が数羽。仕方なくロバに荷物を括りつける。
「ちっ、この忙しいのに」
何度積み直してもトランクが滑ってくる。あれこれ工夫した結果、ロバの背とトランクの間に藁を詰め込んだ。予定より大幅に時間をロスした。このままでは捕まるかも知れない。あれこれ考えて、国境を越えるため、休まず歩くことに決めた。
両親はどうしたのか。日暮れの街道を歩きながら、父と母を思い浮かべる。無事ならばいい。だが領地も手が回っただろう。溜め息を吐いて薄暗い街道を進む。
登城した正装姿のまま、身なりのいい男が一人。護衛もつけずに荷物を積んだロバを引く。その光景が意味する未来を、俺は知らなかった。盗賊も強盗も、噂で聞く程度だ。知らぬ間に囲まれ、まるで彼らに誘導されるように山道へ迷い込む。
不気味なフクロウの鳴き声、獣の気配にびくびくしながら進んだ。生きた心地がしない。夜に街道を馬で走ったことはあるが、こんなに不気味だったか? 灯りひとつない道は徐々に細くなり、舗装が途絶えた。分岐を間違えたと気づき、立ち止まった。
かなり山を登っている。振り返った俺の前を塞ぐ形で、十人ほどの男達が道に現れた。髭や髪の手入れがされていない、盗賊か? 視線をさ迷わせても、誰も味方はいない。迷った末、じりじりと下がった。ロバがいなないて足を止める。
嫌な予感がする。恐る恐る後ろを見れば、山の斜面を利用して見下ろす男達の集団がいた。前後を挟まれた俺に逃げ道はない。錆びた大刀を背負い、鉈を振るう。威嚇するように下卑た笑みを浮かべた連中は、容赦なく俺を地面に叩きのめした。
習った剣術など役に立たない。現実はこれほどに厳しい。
「金ならやるから、見逃せ」
叫んだ俺の言葉は無視され、彼らに担がれた。根城にしている廃墟へ連れ込まれ、悍ましい扱いを受ける。育ちがいいと肌が綺麗だと舐め回す男達は一切手加減しなかった。一人で立ち上がることも出来ないほど痛めつけられた俺は、奴隷商人に売られる。
非合法のはずの奴隷売買、しかしどの世界にも裏はあり抜け道は存在するようだ。使い潰され、ボロボロになる未来しかなかった。絶望に目を濁らせたまま、今日も鎖に繋がれて与えられた仕事をこなす。一日分の水と硬いパンを得るために。
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