15.金の卵を産むはずだったのに――SIDE元夫

 何もかもうまく行く筈だった。モンテシーノス王家は、カルレオン皇族の娘が欲しい。幸いにして、俺は皇孫のバレンティナの心を射止めた。産まれる我が子が娘なら、王妃の地位は確定だ。


 娘が王妃になれば、孫が次期王に決まる。王家がカルレオン皇族の血を引く孫を、跡取りにすることは確実だった。いずれモンテシーノス王家を乗っ取れる。そんな思惑もあった。この国はまだ王政が完全に根付いていない。今なら、王家のすげ替えが可能なのではないか。


 ベルナルドの野心は留まるところを知らない。若いだけに作戦は無謀で、また行き当たりばったりだった。生まれた我が子が息子と知るなり、女児を産んだ家を探して交換させた。裏社会の男は命じた通りに赤子を連れ戻る。


 眠る妻の枕元に置かれたベビーベッドの息子と入れ替えた。妻と同じ琥珀の瞳に一瞬迷うが、すぐに都合よく考えた。相手の子爵家はわかっている。跡取り息子は養子の形で取り返せばいい。


 簡単に考えた作戦は、最悪の形で破綻を迎えた。妻バレンティナが、女児を娘と認めない。それどころか泣いて衰弱し、貴重な皇族の血が絶える可能性が出た。これでは、何のために彼女を娶ったのか! 死なれては意味がない。呼び寄せた父母にバレンティナを説得するよう頼んだ。


 生まれたのが女児でなければ、王家に送り込んでも意味がない。今ならば王子が生まれたばかり、すぐに婚約者に確定するのだ。そう言い聞かせ、説得に送り込んだ。金髪で金瞳の赤子を探すよう手配して数日、こうなれば貴族の子でなくてもいい。


「なんだと!?」


 執事アーロンから、とんでもない報告が届いた。帝国の第三皇女だった義母が、妻バレンティナを連れ出したという。止められなかった彼を叱責し、慌てて屋敷に戻る。空になったベッドと、残された女児。侍女のカリナが、乳母になれる女性を手配していた。


 大泣きする赤子に「うるさい」と怒鳴りつける。バレンティナに逃げられた。早く取り戻さなくては、次の子が手に入らないではないか! 慌てふためく俺に、母は悲鳴のように叫んだ。


「跡取り息子だけでも取り返さないと! あの子は皇族の血を受け継いでいるわ」


 そうだ! 息子はバレンティナと俺の子、こうなったら皇族の血だけでも取り戻そう。大急ぎで、裏社会の男にアクセスする。だが、彼は「危険を承知で動くには、報酬が低すぎる」と断った。足元を見やがって! 舌打ちして報酬額を3倍提示した。ようやく男は動くが……時すでに遅し。


 子爵家に息子はいない。それどころか、地方の下級貴族の分際で王家に陳情書を提出した。正式な手順を踏んだ書類は受理され、カルレオン帝国からの後押しまで。


 なぜだ? すべてはうまく行くはずだった。何がいけなかった? どこから狂った……ああ、そうか。バレンティナが男児を産んだのが悪い。セルラノ侯爵家の跡取りなど、どうでも良かった。別の女に産ませても用が足りるのだ。


 気位の高いバレンティナを口説き落とすのに、どれだけ苦労したと思っている!? あの女に次期王妃を産ませるためだった。全部、あの女が悪い。王太子になる男児が生まれたタイミングで、息子など産むから……。

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