学園のマドンナと、エ〇チの声を録音しています。
森林梢
第1話
『祐樹くんっ、んぁ、あ、あたし、あたしっ……! っあぁっ! イくっ! イっちゃ――――ッ!』
『俺もっ、もう、限界……! 気持ち良すぎて――っあぁっっっ……!』
ほとんど同時に、二人とも、身体の奥底で
荒い息
「「……」」
眼前の少女と目を合わせてから、ノイズが入らないよう注意しつつ、録音終了ボタンを押す。
「……よし。収録完了だ」
軽く伸びをする俺の方へ、少女がおずおずと寄ってきた。
整った目鼻立ち。
出る所は出て、引っ込む所は引っ込んだ抜群のプロポーション。
たおやかな手足。
俺、
彼女は伏し目がちに尋ねてくる。
「ど、どうだった? 変じゃなかった?」
「……はっきり言おう」
声音を低く、硬くした瞬間、両肩を跳ねさせる沢樹。
俺は遠慮なく本音を言い切る。
「めちゃくちゃ良かった!」
「び、ビビらせないでよ! 毎度毎度、心臓に悪いって!」
言いながら、沢樹は頬を綻ばせた。
◇
俺と沢樹は、官能小説の朗読動画を、YOUTUBEにアップロードしている。
目的は、声優になるための実績作りだ。
声優業界は実力主義。圧倒的な実力さえあれば、高校生であろうと、第一線で活躍することも可能である。
しかし、我々は地方在住の高校生。
加えて、一般家庭より世帯収入は少なめ。
東京で一人暮らししながら、養成所に通う経済的余力はない。
かといって、大学に進学してから本格的に活動を始めるのは遅すぎる。
だから、まずは個人で出来る範囲から、実績を作ることにした。
そこで始めたのが、官能小説の朗読だ。
最初は一人でスタートした。
男の荒々しい声も、女の艶めかしい声も、一人で演じていた。
その一部を切り抜いた動画が、TIKTOKでバズった。
嬉しい反面、そのせいで、沢樹に正体を知られてしまった。
どんな
『私も、貴方のチャンネルに出演させてほしい』と。
沢樹が参加するようになった直後。また動画がバズった。
彼女の声は、嫉妬するくらい素晴らしかった。
おかげでチャンネル登録者は倍増。
声優事務所に自分たちを売り込む実績としては、申し分ない数字を獲得するに
正直、この活動も
官能小説以外の朗読もしたいけど、視聴者が離れていきそうで怖い。
こうやって、人間はアルゴリズムの奴隷になっていくんだろうなぁ……。
ちなみに。
仮に未成年が官能小説を読んだとしても、法的な問題は特にない。
ただ、モラル的にはよろしくないので、表向きの年齢は、俺も沢樹も【20代前半】ということにしている。
◇
「うし、今日の記録、完了!」
エンターキーを、ッターン! と軽快に叩く。
隣の沢樹が小さく拍手した。
日々の記録をしているのは、自分たち専用の資料を作るためだ。
『こういう所が自分たちの強みです』と一目で理解してもらえるよう、日々情報をアップデートしている。
「……ちゃんと
「へ?」
俺の呟きに、首を傾ける沢樹。
「梶君も、女性の声、出せるよね?」
「確かに出るけど、やっぱり限界はある。沢樹みたいな可愛い声は出ないよ」
「……そ、そっか」
称賛に、沢樹は頬を染めた。
しかし、心の底からは笑っていない。
いつも一緒にいるからこそ、読み取れてしまう。
「今日、元気ないな」
「……分かる?」
「あぁ。なのに、演技の時はそれを出さないなんて、凄いよ」
「へへ、そんなの、当たり前だって」
微笑む沢樹に、俺はおそるおそる聞く。
「……ひょっとして、朗読、嫌になった?」
「えぇ!? ち、違うよ!」
慌てた沢樹が、何度も首を横に振る。
「この活動、楽しいし、評価してもらえるのは嬉しい。……下世話な話だけど、チャンネルの収益があれば、お母さんに負担かけず、大学に行けるし」
その表情に、少しだけ苦みが混じった。
「……でも、これが声優の仕事に繋がっていくビジョンが、まだ見えないっていうか」
なるほど。気持ちは分かる。
「ぶっちゃけ、俺も完璧には見えてない」
「えぇ!?」
「けど、絶対に無駄じゃない」
きっぱりと断言。
沢樹が、眼差しで根拠を聞いてきた。
「俺はさ、【実った努力は魔法の杖で、無駄な努力は棒切れ】だと思ってるんだ」
「ど、どういう意味?」
「棒切れじゃ、魔法は使えない。けど、倒れそうになった時の支えにはなる」
たとえ、今やっている活動が棒切れになったとしても、【声優になる】という夢を諦めそうになった時の支えになってくれる。
俺は、本気で、そう思ってる。
……俺の気持ち、伝わったかな。こわごわと沢樹の様子を確認。
彼女は、心の底からの笑顔を浮かべていた。
「すごく、良い台詞だね。何のアニメから引用したの?」
「オリジナルだ! 多分! 無自覚に引用してるかも!」
リズミカルに返すと、沢樹はクスクスと笑った。
「――実は私、声優になりたいっていう夢、ちょっと諦めかけてたの」
その発言に、俺は驚愕を隠せない。
沢樹が淡々と続ける。
「だって、そうでしょ? こんな田舎町の、普通の高校生が声優になるなんて、ちっとも現実的じゃないよ」
……確かに、そうかもしれない。
俺も、笑われたことあるし。
「――けどね。梶くんに出会って、この人と一緒だったら、叶えられるかもしれないって思えたの」
「……沢樹」
ヤバい。ちょっと、泣きそうになった。
心なしか、沢樹も涙ぐんでいるように見える。
「だから、本当に感謝してる! 梶君、ありがとう!」
「か、感謝されるようなことはしてないよ。俺はただ、自分のために動いてただけだからさ」
涙声の返事を聞いて、また沢樹は笑った。
◇
「……ひ、一つ質問なんだけど」
帰り際。調子はずれの声で、沢樹は尋ねてきた。
「明日、キスシーンがあるでしょ?」
「あぁ、そうだな」
「ここは、リアリティが、すごく大切だと思うの」
「ふむ」
「実際にキスしているかのような臨場感が必要だと思うの」
沢木の顔は、熟れた林檎みたく赤い。
きっと、キスシーンについて意見するのが、恥ずかしかったのだろう。
それでも、より良い演技のため、彼女は勇気を振り絞ってくれたのだ。
だったら、俺も同等の熱量で応えねばならない!
「よし! 任せろ!」
「へ?」
呆けた沢樹の方へ、俺は迷いなく歩み寄る。
彼女は一瞬で赤面し、玄関のドアに背を軽くぶつけた。
「ちょ、待っ、こんな、いきなり……、……でも、梶君なら……!」
目を
「沢樹、何やってるんだ? 早く受け取れ」
促すと、彼女はゆっくりと目を開けて、眼前の俺から、それを受け取った。
「あ、
「口を開けたまま、飴を舐めながら演じると、実際にキスしてるかのような音が出るんだ!」
「……へぇー」
「ちなみに、色んな飴で試した結果、後楽堂っていうメーカーの【VC3億のど飴】がベストだと判明した! すごい発見だろ!?」
「……すごいねー」
何故か、半眼でこちらを
「あ、あれ? 沢樹? 何で怒ってるんだ?」
「別に! 怒ってないもん!」
吐き捨てた彼女は、飴の包装を破り、口へ放り込む。
そして、思い切り噛み砕いた。
いや、噛み砕いたら、飴を食べる意味ないんだけど……。
学園のマドンナと、エ〇チの声を録音しています。 森林梢 @w167074e
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