3-24 日差しと八重歯
私と一緒にタオルケットに
彗を起こさないように、そっと私は出窓を下りた。木の床が小さく軋んでも、彗は物音に気づかず寝入っている。普段は滅多に飲まないお酒を、珍しく二杯も飲んだからだ。お酒は好きだけど強くなくて、すぐに眠くなってしまうから、仕事をしないと決めた日にだけ飲むのだと、私は『
洗面所でパジャマを着替えて、身支度を一通り整えてから、ヒメヒマワリの花瓶の水を換えた。洗面台に花びらが舞って、水の
どきりと心臓が弾んだのは、一大決心を見透かされた気持ちになったからだ。深呼吸をした私は、逃げずに玄関へ真っ直ぐに向かった。
午前八時を過ぎたばかりの朝に、アトリエを訪ねてくる人は限られている。私は、てっきりあの人だと思っていたけれど――予想が外れて、驚かされた。洋風扉を開けた私は、
「
「えっ、倉田さんこそ、なんで」
星加
かと思いきや、ばつが悪そうに余所見をして「えっと……そっか。倉田さんは、
「倉田さん、相沢先輩はいる?」
「いるけど……まだ寝てるの」
「あ……そうだよな。アポなしで早朝に来てごめん。行こうって決めたら、居ても立っても居られなくて。また出直すよ」
「うん……」
星加くんは、彗に何の用事があったのだろう? それに、誰に彗の住所を訊いたのだろう? 私の疑問を読み取ったように、星加くんは静かに答えてくれた。
「こないだ、
彗の、腕のこと――あのとき、私が星加くんに言えなかったことを、絢女先輩が伝えてくれたのだ。私たちが知らないところで、私たちを支えてくれた人がいる。星加くんは「倉田さん」と私を呼んで、淡く笑った。夜明けを惜しむような哀愁と、朝ぼらけの明るさが入り混じった、気負いのない笑みだった。
「あのとき、俺を止めてくれてありがとう。相沢先輩の事情を知らないで、軽い気持ちで腕を引こうとして……俺、取り返しがつかないことをするところだった」
「ううん。私たちも、伝えてなかったから……」
昨日の酔いは
「今日は、相沢先輩に謝りに来たんだけど、倉田さんに会えてよかった。やっぱり、俺じゃ駄目なんだな、って諦めがついたから。笑顔にしたかったのに、全然できなかったし。今だって、泣かせてる」
「星加くん。私……」
「もう倉田さんを困らせるようなことは、言わないよ。相沢先輩には
「絢女先輩を、待つ間って……私たちのこと、見てたの?」
「うん、ごめん。離れろとは言われたけど、見るなとは言われなかったし」
「もう……」
「謝るついでに、一つだけ、お願いがあるんだけど……よかったら、俺と友達になってくれる?」
涙を懸命に
「星加くん」
私は、星加くんを呼び止めた。迷いのない答えを潮風に乗せて、声を大切な友達のもとまで届かせる。
「また、ゼミでよろしくね」
星加くんが、振り返った。清らかな日差しの中で、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます