3-14 大好きになった人
十七時を過ぎた頃、バーベキューの会はお開きになった。後片付けをしていると、
食器をリビングに運ぶだけでも手伝わせてもらってから、私と
今日は、本当にいい一日だった。私が抱えた問題の所為で、この楽しさを
疑惑が生まれた以上、もう気づく前の状態には戻れない。巴菜ちゃんだって、きっと私の様子が変わったことに気づいている。呼吸が浅くなったから、深く息を吸い込み、目を閉じた。
「澪ちゃん。今日は、とっても楽しかったね」
「今日は、アリスさんと綾木さんと、それから
「ううん、私も、巴菜ちゃんが一緒に来てくれて嬉しかった……」
紛れもなく本音を語り合っているはずなのに、どうして本音を隠し合っている気持ちになるのだろう。数日前までは気兼ねなく話し合える仲だったのに、今は互いに白々しい言葉を並べてばかりいる。本題から逃げたくなくて、意を決して「巴菜ちゃん」と呼んだけれど、「ねえ、澪ちゃん」という巴菜ちゃんの有無を言わさぬ調子の声に
「高嶺さんって、格好いい人だったよね」
「え……? 高嶺さん?」
「知的で、穏やかで、優しくて……別れた彼女さんの話は聞いてあげられなかったって言ってたけど、そんなの絶対に
「巴菜ちゃん……?」
「連絡先、交換したんだ。高嶺さんと。あたしから、どうしてもって頼み込んで」
息を詰めた私は、すぐに声を出せなかった。確かに、庭でバーベキューを楽しんだときも、後片付けをしたときも、高嶺さんに話しかける巴菜ちゃんの姿を何度も見た。やっとのことで「巴菜ちゃん、どうしたの?」と訊ねたけれど、巴菜ちゃんの答えはにべもなくて、「どうもしないよ?」と明るさを
「素敵な人だなーって気になったから、もっと話してみたくなっただけ。高嶺さんを困らせちゃったし、あたしみたいな子どもなんて恋愛対象外だって分かってるけど、これからも会えたら変わるかもしれないでしょ?」
「でも、巴菜ちゃん、前に合コンとか興味ないって言ってたし……本当に、高嶺さんともっと話したいって思ったの? そんなに急ぐなんて、巴菜ちゃんらしくない……」
「じゃあ、あたしらしいって、何?」
重さを増した言葉の
「あたし、アリスさんに言われたことを、あれからずっと考えてたんだ。新しい友達とか、恋人とか……大好きになった人のことって、親しい間柄の人に、たくさん話したくなっちゃうよね……って話」
その
「あいつ、澪ちゃんに告白したんでしょ?」
――息が、止まった。でも、こんな
「あいつが、澪ちゃんのことを好きになったことは、こないだ聞かされたから」
「こないだって……」
大学の昼休みに、偶然にも
「あいつが、振られたことも知ってるよ。昨夜、電話で聞いたから」
巴菜ちゃんは、俯いた。機械的な声に、
「澪ちゃんのことを、まだ諦めてないことも」
「えっ……?」
――諦めてない? 何を言われたのか、すぐに理解できなかった。「あたし、馬鹿みたい」と囁いた巴菜ちゃんが、か細い笑い声を立てた。
「あたしだって、澪ちゃんが素敵だってことを知ってるのに。なのに、どうしてあんなに、のんきでいられたのかな。どんなに澪ちゃんの話をしても、澪ちゃんと彼氏さんの間に割り込む
「巴菜ちゃん」
「分かってるの、あたしが悪いってことくらい……真面目で優しい澪ちゃんのことが大好きで、友達になれて嬉しかった。一緒にいると楽しくて、新しい友達の話をするのも楽しくて、
「巴菜ちゃんっ」
「取らないで」
顔を上げた巴菜ちゃんの声が、ぱしんと夕闇の空気を叩いていく。目に涙を溜めた友達は、切なくなるほど小さな声で、けれどはっきりと私に拒絶を突きつけた。
「あたしから、大祐を取らないで」
星加くんのときと、同じだ。私は、誰かを傷つけてばかりいる。
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