2-7 本当の気持ち
浅い眠りの中で、両親の夢を見た。
消灯したリビングに、台所の蛍光灯が、淡い光を届かせる。父と母は、ダイニングテーブルを挟んで、向かい合って座っていた。二人の仲は、昔から冷えていた。
けれど、よくよく見たら二人の顔は、両親ではなかった。
こんなふうに、愛は壊れていくのかもしれない。だから、私の両親だって、一度は壊れかけたのだろうか。だけど、そもそも、私の彗への気持ちの名前は、愛だろうか。未明のミモザの木の下で、二人で温かい紅茶を飲んでいた頃には、朝ぼらけの
「澪。眠れない?」
「……ううん、寝てたよ」
私は、掠れた声で答えた。クッション張りの出窓で毛布に
あれから――アパートへ帰った私に、彗は付き添い、言ったのだ。
――『うちに来てほしいんだ』
落ち着いた笑い方も、優しい声も、普段と変わらないように感じた。彗の告白を聞いた私は、何も言えなかったのに。言葉を返さなかったら、あの話題はそれきりになってしまった。代わりに、彗は私をアパートからアトリエに連れ帰った。二人で坂道を
モデルの女性は、いなくなっていた。夕陽が射し込むアトリエは、昼間の事件を過去に変えて、
「もう一度、眠れそう?」
真夜中に流れるピアノソナタみたいな柔らかさで、彗は言った。いじけた子どもみたいな私は「……うん」と小声で返事をした。
「そっか。澪が起きてるなら、連れていきたい場所があったけど、今度にしよう」
「……それ、どこ?」
「きっと、澪も分かってるよ。でも、今日はいいんだ。明日のほうが、綺麗だろうし」
彗は、何の話をしているのだろう。疑問に思うはずなのに、確かに彗の言葉通り、私は答えを知っているのだ。不安が私の内にあるように、この気持ちへのけじめのつけ方だって、私は知っているはずだ。
だって、もう、午前四時の迷子じゃない。
だけど、今はまだ、気持ちの整理がつかなかった。
毛布を頭からかぶって、出窓のほうへ寝返りを打った私は、彗に背中を向ける。月明かりを遮断した毛布越しに、おやすみ、と声が聞こえた。私は、何も言わなかった。言えなかった。
彗は、平気なのだろうか。二年前から今の形に変わった生活が、ばらばらに分解されて、また新しく変わっても、平気でいられるのだろうか。
二年前の私は、平気だった。高校三年生の一年間、彗に会えなくても平気だった。
でも、今の私は。記号ではない生身の私は、もう平気ではいられなくなっている。
私は、彗と、離れたくない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます