2-6 似た者同士
私が、次に彗の家を訪ねたのは、
スーパーの袋を手にぶら下げて、坂道を上がる私の足取りは重かった。空は穏やかに晴れ渡っているのに、切り揃えた前髪を撫でる風も日に日に暖かくなっていくのに、大学二年生の終わりが近づけば近づくほどに、私は
あの日、
人間だから、愛を育めるのかもしれない。でも、絢女先輩でも駄目だった。時の流れが二人の関係を壊すなら、私の感じた不安は、どうやって失くせばいいのだろう?
気づけばアトリエの前に着いていた私は、尻込みする。絢女先輩と会った日の出来事が、私に何かを予感させていたのかもしれない。このときから、違和感はすでにあった。門を抜けて、煉瓦の飛び石に沿って歩く途中で、私は足を止めた。
――家の中から、声が聞こえる。
この家に来る人間は、限られている。
ここで引き返せばよかったのに、私はポケットから鍵を取り出して、鍵穴に挿し込む前に、思わず扉に手を掛けた。抵抗なく扉は開き、すっかり見慣れた
足音を立てないように、廊下を進む。こんな気持ちで気配を消して歩くことだって、初めてだ。こんな経験なんていらないのに、私はもう前に進むことを止められない。アトリエから零れる昼下がりの光を、扉に
私は、扉の前まで、なんとか歩いて――虹色のガラスの向こうに、二人を見た。
普段はイーゼルを立てかけている場所で、丸椅子に座り、スケッチブックと鉛筆を構える彗。そんな彗の向かいで、二人掛けのソファにしなだれかかる、ワンピース姿の、知らない女性。長い巻き髪は、ステンドグラス越しにも
このときには、もう分かっていた。絢女先輩が、どうして私を心配したのか。
知っていたのだ。このことを。彗が、モデルを取ったことを。だけど、本当にモデルだろうか。分からない。知りたくない。目尻の滲みを気の所為にしたい自分の心が重くて、苦しくて、坂道をがむしゃらに駆け下りた私は、激しい息切れに
私たちは、やっぱり似た者同士なのだ。生々しい人間になったのは、私だけではなかった。そんな当たり前の事実に傷つくくせに、彗にだけは記号としての美しさを保っていてほしいだなんて、どこまで
「澪!」
後ろから、腕を強く掴まれた。私は、とっさに抵抗しようとして、
万一、私が抵抗した所為で――彗の右手を傷つけたら、リハビリが水の泡になる。左手を傷つけたら、彗の生きる希望をも傷つける。違う生き方もできるのだと、三年前に未来を諦めかけていた彗は言った。けれど、諦めたくなかったから、私たちには今がある。やるせなくて、切なかった。私には、拒絶すらできない。
動けなくなった私の前に、息を切らして回り込んできた彗は、表情がなかった。絵を描いているときと同じ顔だ。こんなときなのに、そう思った。彗は今、何を考えているのだろう? 問いかける言葉を探せないでいるうちに、彗は言った。
「澪に、話があるんだ」
私は、このときほど、彗を変な人だと思ったことはないだろう。モデル事件で打ちのめされていた私へ、彗はさらなる追い打ちをかけてきたのだから。
「僕は、大学を卒業したら……絵を学ぶために、海外に留学する」
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