令和四年長月某日、上野のお山にて
津多 時ロウ
令和四年長月某日、上野のお山にて
「暑い……」
世界中を侵食したCOVID-19の被害に未だ出口も見えず、また、地球温暖化の影響によるものか、九月も下旬になるというのに30度近くまで達する残暑の中、私は東京の上野公園に来ていた。
関東の大平野を構成する武蔵野台地。その端に位置する上野台にある上野公園は、正式には上野恩賜公園という名称なのだが、その風情を楽しむのに正式名称を持ち出して指摘するのは無粋といえよう。ところで、その上野公園に入る方法なのだが、台地の端に位置する関係上、通称”上野のお山”の緩やかな坂道を、あるいは不忍池方面からならば急な階段を、それぞれ登らなければならない。
近年改装されたJR上野駅の公園口改札から出ればこうした登山は不要なのであるが、これもまた上野公園に入るための儀式と思い込み、非効率にも台地の下から公園の中央までに至る行為を、その途中の景色と共に楽しむのが私のささやかな娯楽でもあった。それは都営地下鉄の出口から信号を渡り、JR上野駅の多くのプラットフォームを横目に眺めながら東京文化会館に至る山下通り沿いの細い歩道か、京成上野駅の正面口を出て2回右に折れた先の階段から入る道かを問わず。
ちなみに、下から攻めるにあっても、どちらの道がより風情を楽しめるかと言えば、それは間違いなく京成上野駅正面口付近、つまり南側からが文句なしに良い。
公園のメインストリートとも言えるさくら通りを北上すれば、春であればその名の通り桜の花を、秋であれば紅葉を道の両脇に堪能できる。さくら通りを少し外れれば、京都の清水の舞台を模した清水観音堂と、最近では合格祈願をする学生の姿が多い上野大仏、もう少し足を延ばせばハヤシライス発祥の店とも云われる精養軒でランチを洒落込むこともできる。そのまま西側を行けば徳川家康、徳川綱吉、徳川慶喜、更に悪狸を祀る上野東照宮、パンダでお馴染みの上野動物園である。
そして、さくら通りを行かずに西郷隆盛像からそのまま園内の東側を歩けば、木々がより身近に感じられる中、やがて上野の森美術館が右手に見え、それを過ぎれば東京文化会館の裏手に出る。JR上野駅ロータリーから続く道を横断して更に北進すれば、国立西洋美術館、国立科学博物館へと通じている。
思えば、三代将軍徳川家光が寛永寺を建てて以降、江戸庶民のための一大テーマパークとして清水観音堂、上野大仏、そして不忍池を琵琶湖に見立てた竹生島の如き弁天堂などが整備されたが、江戸時代末期には彰義隊の忠烈の士が全滅する悲惨な出来事があった。
それにも関わらず、寺社仏閣に博物館、美術館、動物園、少し範囲を広げれば国際子ども図書館に東京芸術大学と、各種文化施設が並び、今でも都民たちの憩いの場となっていることに、さすがは徳川将軍家と畏敬の念を抱かざるを得ない。
さて、私の今日のお目当ては東京都美術館で催されているボストン美術館展である。かつて日本の敵国であったアメリカ。
そして、数々の至宝を鑑賞するその前に、たまの贅沢として精養軒でハヤシライスを腹に納めることも企んでいる。
腹が減っては想像も出来ぬのだ。
令和四年長月某日、上野のお山にて 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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