第4話

その様子に、居た堪れなく、逃げ出したいという思いが半ばを超えたあたりで、「逃げるなら、煌良が口にしかけて、俺が遮った2つめの願いだけは叶えておいてやらないと。」という思いが湧いてきた。

逃げるという行為への免罪符であるとも言えるが、同時に、今逃げたら二度とと煌良の2つめの願いを叶えるチャンスがなくなりそうだと感じたのもある。

どっちが本当の理由かなんてことは追求するなよ。


「おい、煌良。昨日口にしかけた2つめの願いを今教えろ。」

「え?」


煌良は戸惑ったような声を上げた。


「俺は逃げると決めた。だから煌良の2つめの願いを叶えるチャンスは今だけだ。」


煌良は息を飲んだ。


「ええっ?そんな…わかったわ。」


わかったと言ったくせに、煌良は願いを口にしない。


「願いを叶えてやるって言ってるんだから早く言え。もういいならそう言ってくれ。逃げるから。」

「覚悟を決める時間くらいくれれてもいいじゃない。もう。気持ちのわからない人ね。」

「お、おう。悪かった。」

「でも、あなたのおかげで気持ちが決まったわ。ママにこう言って。私の机にしまってある日記の表紙の裏に挟んである手紙を読まずに捨ててって。」

「なんの手紙だ?」

「もう。あなたって本当に気持ちのわからない人なのなのね。」

「愛娘が残した手紙を読まずに捨てさせるんだ。それもお前が転生したって信じてもらってない俺が。なんの手紙か解らなければ話のしようがない。」


また煌良は黙ってしまった。

1分近くが経った頃だろうか。耳元で風を感じるくらい盛大な溜息をついて、煌良は説明した。


「先輩を呼び出すために書いた手紙よ。」


さっきの俺を非難した声の主とは同じ人間とは思えないくらいの、羞らいのこもった可愛い声だった。


「本当は、私が死んだ日に、先輩を呼び出して告白するつもりだったの。そのことを考えてたら眠れなくなって寝坊するわ、手紙を持って出るのを忘れるわ。もう大変。」


わざと明るくしている声音とは裏腹に、鼻声が混じってくる。


「だから、もうこれ以上誰も悲しませないように、あの手紙は処分してもらわなきゃならないの。」

「そうか。」


ああ、たしかにそんな手紙を見つけたら、娘が辿れたかもしれない未来を思って、両親の悲しみはさらに深まるだろう。その「先輩」との関係はわからないが、あるいはその先輩だってな。


「わかった。精一杯頑張ってみるよ。」

「ここまで言わせたんだから失敗したら許さない。」


異世界でピンピンしてるのはわかっているが、こっちじゃ死んだ奴に「許さない。」って言われたら、まるで怨霊に祟られてるみたいじゃないか。

言い方には気を付けてほしい。ホントに。


まあ、いずれにせよ口にした通り、精一杯頑張るだけだ。


俺はとにかく必死で母親を説得した。

母親を探しにきた事情を知らない人が引いてしまって、とりあえず「いう通りにその手紙を探して本当にあったら持ってきてあげれば。」と口添えしてくれたくらいの必死さでな。


んで、俺が言った場所に、俺が言った通りの手紙があったらしく、そのことで母親は俺を霊能者か何かと思ったみたいだ。

まあ、煌良限定の霊能者と言えなくもない。


煌良が見ている前で、母親は躊躇いながらもその手紙を破り捨て、息を詰めて成り行きを見守っていたらしい煌良の吐く息が俺の耳にかかったような気がした。


それから予告通り、俺は逃げた。逃げたとも。

俺から煌良のことを一緒に聞こうと父親を呼びに行った隙をついてな。


もちろん煌良も承知の上だ。


「あなたと繋がりが出来てしまったらきっとパパもママも、ずっと私のことを忘れられなくなって前に進めなくなってしまう。」


そう煌良は言った。


俺は「忘れられるわけが無いだろ。」とは思ったが、こんなところで煌良と喧嘩しても無意味だから、適当に同意して、逃走した。


「なんか言ってよ。」


とかいう煌良の声はとりあえず無視して。



その夜。


「起きろーっ!」

「うるせーっ!」

「うるせーとは何よ!」


と、まあ様式美的なやりとりで、また煌良が現れた。

やっぱりふよふよ浮いてる。


俺は口を開く前に、しげしげと煌良の様子を観察した。


「何よ。変なこと考えたら許さないわよ。」

「いや、なんか吹っ切れたみたいだな、と思ってさ。」

「そう?」


そう言って煌良は自分の姿を見ながらくるっと一回転してみせた。


「ああ。もう心残りはないか。」

「ええ。おかげさまで。…その、ありがと。」

「いいって。花向けってやつだ。ん?

こっちじゃ煌良は死んでるんだから香典がわり?」


煌良は呆れたとでもいうように腰に手をあて、あの細い眉をくいっと上げ

「馬鹿なこと言わないで。縁起でもない。」

と俺の言葉を切って捨てた。


「まあ、とにかく。これで心置き無く旅立てるな。異世界の冒険に。」

「そうね。あなたのおかげね。感謝するわ。」

「いいってことよ。これで安眠が戻ってくるなら安いもんだ。元気でな。」

「あなた、なに言ってるの?」


なんとなくしんみりとして、煌良にそう告げた俺に、若干くい気味に突っ込んできた煌良。


「何ってなんだよ。これで煌良と会えるのも最後だなと思うと…」

「あなた、私の話を聞いてなかったの?」


またも俺に最後まで言わせずに言葉をかぶせる煌良。


「何のことだよ。」

「あなたと繋がるのは異世界転生にあたって私に与えられた能力と言ったわよね。」

「あ、ああ。」


戸惑う俺に、にたーと笑いかける煌良。


「つまりあなたは、私にとって、異世界生活に役立つ知識の供給源。人間Wikipedi○よ。これで最後のわけないじゃない。」

「なんだと!」


狼狽しまくる俺。


「なによその顔は。こんな美少女と毎晩会えるのよ。本物の異世界冒険物語付きで。はい、喜べ!」

「わーい。」

「なんで最後が。で終わってるのよ。そこは!で終わりなさい。」

「わーい!」


煌良の声には僅かだか空元気の影があった。

でも、言われてみたらたしかになんか楽しそうだぞ、これ。


「だがその前に言っておかなきゃならないことがある!」

「な、何よ。」


戸惑う煌良に俺ははっきり言ってやった。


「俺は煌良をちゃんと名前で呼んでるだろ。煌良も俺を名前で呼べ。俺とパーティを組んで欲しいんだったら。」


煌良は俺の言葉に驚き、


「ほんとにそれでいいの?」


と囁くように問いかけた。


「いいとも。」


そう答えた俺に煌良は自信を取り戻したようだ。


「だったらさっさと名乗りなさい。」


「ああ。俺の名は…」


こうして煌良と俺の冒険は始まることになった。


それは、煌良が智慧の勇者として名を馳せる少し前のお話。


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夜は寝る時間です。美少女と異世界冒険する時間じゃありません。の始まり @aqualord

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