第3話

受付の人に先導されてやって来たのは、煌良とよく似た顔の女性だった。

きっと煌良のお母さんだな。

普段は美人なんだろうが、泣き腫らした厚ぼったい瞼をして顔を歪めている。


俺はこの悲しみに苛まれている人に、荒唐無稽と言われても仕方がないことを言わなくてはならないのか?

やっぱり逃げ出したくなった。


「逃げたら許さないわよ。」


いや、俺が煌良の姿を思い浮かべて勝手に頭の中で再構成した言葉じゃない。

本当に耳に響いてきた声だ。だが、どうして?


「だから、あなたとは連絡が取れるって言ったでしょ。あなたの姿ははっきり見えてるんだから。」


恐ろしいことを言い出した。これじゃ背後霊そのものじゃないか。

というか、俺のプライバシーは?


「大丈夫。あなた自身には何の興味もないから♪」

「あ、帰りたくなった。帰ろう。」

「ごめんなさい、もうしません。」


調子に乗った煌良が自分の立場を自覚したところで、相談してみる。


「俺が、お前からの伝言があると言ったところで、信じてくれるとは思えないんだが。」


俺のもっともな疑問に、煌良は「うーん」と唸り、もう一度「うーん」とって、「そうだ!」と明るい声になった。


「ママにこう言ってみて。」


そういって、煌良はあることを俺に告げた。



「まだ式が続いておりますので、娘からの伝言を教えていただけないでしょうか。」


余裕がないだろうに煌良の母親は、丁寧に切り出してきた。

そりゃ、外から見たら、俺は母親を式の最中に呼び出したくせに、何も言わずに突っ立ってるという、おかしな状態なんだから、そう急かされてしまうよな。


俺には、煌良が告げたアイデア以上のいい考えも浮かばないことだし、何よりも煌良が本当に伝えたいことでもあるだろうから、煌良の言葉通りに伝えることにした。


「お忙しいのにお呼び立てしてすみません。ではお伝えします。」


おれは、一旦言葉を切って姿勢を正した。


「煌良さんはこう言っておられました。『ママ、最後の朝ご飯も美味しかったよ。遅刻しそうになって、いつもみたいにごちそうさまを言えなくてごめんなさい。』」。


俺は、俺の耳元あたりで煌良が囁くとおりに伝えると、母親ははっと顔を上げた。

俺は、それに構わず続ける。


「『パパが送って行こうと言ってくれたのに、それを断って私が飛び出していって事故に遭っちゃったから、きっとパパは自分を責めてるよね。でも、責めないようにパパに伝えて。あの事故は、私が遅刻しそうになって踏切を無理に渡ろうとしたせいで起こったんじゃないの。小さい子が遮断機の下をくぐり抜けて入っていったからそれを助けようとしたの。子供の手を離してしまったお母さんが、私が電車にはねられたのを見て怖くなって逃げていったから、きっと私が無理に踏切を渡ろうとしたということになってるよね。だけど、本当はそうだから、パパは全然悪くないの。』」


俺は喋りながら、煌良の優しさと両親へのいたわりが伝わってきて、胸が苦しくなる。

まだ煌良の言葉が続くなら、俺は泣いてしまうぞ。


だが、母親は驚愕の、あるいは狂おしげな、とも取れる表情を浮かべ、よろめきながら後ろの壁に寄りかかってしまった。


その様子が見えたか感じ取ったのだろうか。

煌良が話すのをやめたので、俺も言葉を切る。


「あの、その娘の言葉を、どうしてあなたは。」


母親は理解したのだろう。


俺の言葉が、自分たち夫婦が娘と過ごすことが出来た最後の瞬間を間違いなく捉えていること。

だが、電車にひかれて即死した煌良が、生前には誰にも伝えることが出来ないはずの言葉だと。


「煌良さんのお母さん。僕の言葉が、間違いなく煌良さんの言葉だとわかっていただけましたか。」


母親は、強張った顔のまま、かすかに頸を上下させた。


勝負の瞬間だ。


「煌良さんからの伝言は、実はもう一つあります。」


俺は今から、最愛の娘を亡くした母親に、希望あるいは絶望を与える。

俺は緊張のあまり言葉を間違えないように唾を飲み込んだ。


「すぐには信じられないと思いますが、煌良さんは、異世界に転生して、その、元気で暮らしている、とのことです。」


煌良が、俺と同じペースでやりとりできていることからすれば、煌良の転生先とこの世界の時間の流れ方は同じなんだろう。そして、今まさに煌良の葬式が営まれていることからすれば、煌良が異世界に転生してまだほとんど時間が経っていないはずだ。


だから、「元気で暮らしている。」というのは、嘘が混じっているに違いない。

だけど、そう伝えるのが煌良の望みだし、俺は煌良のお願いを一つ叶えてやると約束した。

だから、俺は煌良の言葉通りに伝えた。


「そんな…」


母親は何と続けようとしたのだろう。だが言葉より先に、泣き崩れてしまった。


俺はそれを見下ろすような格好になり、


「やっぱりこんなことを言うべきじゃなかった。」


苦い後悔が湧き上がる。

娘の最後の言葉を聞けたと思ったら、どう考えても妄想に支配されてるとしか思えない話を続けられて。


「ごめんなさいママ。」


煌良の悲痛な声が聞こえる。

きっと煌良は少しでも安心してもらいたくて、両親に絶望の先にある希望を感じてもらいたくて、俺に言葉を託したんだろう。

だが結果は。


やはり絶望だった。











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