第2話

次の日は土曜日で、休日まで活動する真面目な部活に入っていない俺は、朝10時過ぎに目を覚ました。


うーん、というかけ声と共に伸びをする。変な夢を見たせいかまだ眠れそうだが、とりあえず起きることにした。


「変な夢だったな。異世界転生ラノベの読み過ぎか?」


もちろん、あんなの夢以外にありえない。


伸びをしたついでに首をこきこき鳴らそうとして首を曲げた方向に、乱れた筆跡で何かが書かれた紙片が見えた。

見慣れないものなので手に取ってみる。


「◯◯市◯◯町…」


最後の番地まできっちり書かれた後に、心当たりのない男女らしい名前が書かれている。


はて?

何だこれ?

だが乱れているものの、この筆跡は俺のものに見える。


いや、現実を直視しよう。


これは俺が書いたものだ。夢の中で。


「やばい、俺、本当にメモしてたよ。いくら夢がはっきりしてたからってやばいよな、これ。」


俺は夢の内容を思い出してみる。

うん、はっきり覚えている。

夢に出てきた非現実的なくらいの美少女の「お願い」も。


俺はごくりと喉を鳴らした。

まさか?


もう一度紙片の住所に目を落とす。

そこに書かれた住所には、おかしな点は一見ない。

ごく普通にありそうな住所だ。


まさか?

まさか本当に異世界転生した奴が?


その時俺は、閃いた。


「そうだ、この住所をマップアプリで検索すればいい。そうすれば、夢で見ただけの出鱈目な住所だってわかるじゃないか。」


むくむくと湧き上がってきた不安を打ち消すように敢えて俺は声を出していうと、すぐにマップアプリの検索窓に、紙片に書かれた住所を打ち込んだ。


すると、俺の家を示していたアプリはするすると表示が動いて、街中のある一軒の家を指し示した。

ごく当たり前のように。


「マジかよ。」


無意識に口にしたその言葉は、夢で口にしたのと同じ言葉だった。



ベッドから抜け出し、母さんがラップをかけておいてくれた朝食を取っている間も、俺は頭の中で夢で見たものが実は現実であることを否定する理由を幾つも考え出していた。

だが、幾ら考えても、俺が望む絶対安心できるようなものからは程遠いものでしかなかった。


「何で電話番号かメアドかそういうものを教えてくれてないんだよ。」


教えてくれてたら、連絡を入れて、使われてないとか間違いとか言ってもらえて、それだけで安心できるのに。


俺はもう一度アプリを立ち上げて確認する。

さっき目の前で起きてたことがどうしても信じられなくて何度も入力したから、問題の住所は暗記してしまった。


やっぱりさっきと同じ家を指している。

ちなみに路上から周囲の様子を撮影している便利な機能は、この家の前に撮影済みの線が走っていないから使えない。


他に何かヒントは?

俺は半ば以上が腹に消えた朝食を中断して考え込んだ。


ふと気づいてこの家への経路を確認してみる。


「マジかよ。行けるな。」


何故今まで気づかなかったのか自分でもわからないが、それなりに距離はあるものの、その家は俺の家と同じ沿線にあった。

だから簡単に行けてしまう。


「これは行けってことだよな。」


ため息を一つついた俺は、朝食の残りをかき込むことにした。



快速が停まる駅で降りて、駅前の大通りを北に幾つかバス停を過ぎたところにその家はあった。


「マジかよ。」


ようやく目的地に到着した俺は、そこで予想も覚悟もしていなかったものを目にしてしまった。


それは、その家に紙片に書かれた通りの名前が入った表札がかかっていたことじゃない。

その表札に「煌良」という名前があったことでもない。

いや十分衝撃ではあったがな。だが、ここまでは、なんとなく予想の範囲だった。


しかし。

その家のドアには「忌」という黒で縁取られた紙が貼ってあり、煌良と同じ制服をきた女子が何人もその家の前で泣いている。

1人で立っていられなくなったのか、友達に抱き抱えられるようにして大泣きしている子もいる。

「煌良、煌良」と掠れた声で繰り返している子もいる。


「一体何が起こっている?」


という疑問と同時に俺は煌良の言葉を思い出した。


「私はきっと交通事故に巻き込まれて」


事故に遭って異世界に転生して、俺と繋がる能力をもらって、すぐに俺を叩き起こしたというのなら。


昨日の夜起こったことと、俺の目の前にあるものとが完全に繋がってしまった。


「ああそうか。煌良が言っていたとおり、転生してすぐに俺とつながったんだな。だったら今お葬式をしているよな。」


普通ならゾッとするところかもしれないが、昨日の煌良の死者らしくない態度のおおかげで、恐怖の混じっていない純粋な驚きだけを感じた。

というか、記憶を持ったまま転生したってことは、死んでないのと同じだよな。


あ、だから、元気だと両親に伝えて欲しいのか。


妙に納得してしまったが、同時にわき起こったのが。


「あいつ何考えてんだよ。」


だった。


最愛の娘を亡くして悲しみに沈んでいるであろう両親に、知り合いどころか同じ学校の生徒でも無い俺が出て行って、「お嬢さんは実は、異世界に転生しましたが、元気で生きています。」と言えって?

冗談じゃない、よくて叩き出される。

悪くすれば、警察呼ばれてどこかの病院に入れられる。

というか、「夜、煌良が現れたからここに来た。」、なんて言ったら最悪コース以外のコースに行くはずがない。


どうしよう。

まともな人間なら、ここで諦めるはずだ。

無理して、俺に何の得がある?ってことにするはずだ。


そう。

俺に何の得があるんだよ。


脳裏に、煌良の姿が蘇る。いきなりこの世界での人生を絶たれて、異世界に転生して、不安でいっぱいのはずだろうに、それでいて、俺を叩き起こすくらい元気だった煌良。


…そうか。これから毎夜、ゆっくり眠れる、という得があった。

俺の安眠のため、あと、少しだけ煌良のため、ここで頑張らなくては。

うん、これは俺のため。

煌良に同情したとか、煌良が美少女だったからとかでは決してない。


「あの、煌良さんからの伝言があって、やって来たのですが。」


俺は、受付の人に申し出てみた。


「そうですか。ご生前のお言葉ですね。きっとご両親もお聞きになりたいと思います。すぐにお伝えしますので、ここでお待ちください。」


まあ、生前と言えば生前だな。うん。俺は嘘をついていないし、相手も勘違いしたとは言い切れない。

堂々と待とう。

逃げ道の確認は済んでるし。


さて。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る