夜は寝る時間です。美少女と異世界冒険する時間じゃありません。の始まり

@aqualord

第1話

「細かい説明は省きますが、私は今、異世界にいます。

何をバカなことを、と思うかも知れないですが、わかってください。

あなたが誰だか知りませんが、あなたの頭がおかしくなったわけではないのです。

わかっていただけましたか?

わかっていただけたら、ちょっと私の話を聞いていただけますか?」


すかー…


「私の話を聞いていただけますか?」


うーん…すかー…


「聞いていただけますか?」


………


「起きろー!こらーっ!!」


俺が普通に気持ちよく寝ていたら、誰に聞いても「美少女」と答えるであろうかわいい子が出てくる夢を見て、とち狂ったセリフでたたき起こされた。


「起きましたか?」

「あ、はい。」


俺は、まだ醒めきっていない意識のまま、あやふやに答えた。


「よろしい。では簡単に説明しますね。さっき言ったとおり、私は今異世界にいます。幸いにして、異世界転生にあたって能力を与えるって、神様なのか管理者なのかとにかくそんな感じの人に言われて、元の世界の誰か1人と連絡がとれるっていう能力をもらいました。

それでつながったのがあなたです。

おめでとう、あなたは選ばれた人になりました!」

「………。」

「拍手がないようですが?」

「……ぱちぱちぱち。」

「そういうの、口で言うのはおかしいと思います。」

「………。」

「ちゃんと手で叩きましたか?」

「…ああ。…ちょっといいか?」

「はいどうぞ。」

「俺は目が覚めてるのに、お前の姿が消えない。」


そう。すでに目が覚めたはずの今も、夢の中に出てきた美少女は俺の視界の中に立っている。


というか俺の部屋の見慣れた景色を背景にして、窓から差し込む満月の光に照らされ実在感たっぷりに浮かんでいる。

年は15歳くらいか。

黒のロングヘアに、かすかな怒りの感情を込めているらしい細くて少しつり上がった眉、くりっとした目に長いまつげ。小ぶりの鼻に、への字に結ばれたぷりっとした唇が、整った輪郭の顔の中の、まさにそこにあるべき場所に均整の取れたバランスで配置されている。体つきも健康的なすらっとした肢体に、どこかで見たことがあるようなデザインのブレザーの制服を着ている。

うん。道で出会えば抗いようもなく視線を釘付けにされてしまうレベルの美少女だ。

それが、俺の部屋に?

浮かんでる⁈


「起きたら病院行こ。」

「こらー!だから寝るなーっ!!」

「うるさい。今何時だと思ってるんだ。夢なら寝てる間だけにしろ!」


俺は午前3時すぎを示しているスマホ画面を視界の片隅で確認しながら、惰眠を妨害された俺はつい声を荒らげてしまった。


「ごめんなさい。」


一瞬あっけにとられた顔つきになったその少女は、さっきの元気さがどこに遁走したのか、と思うくらいに気弱な表情になって、顔を伏せて謝った。


それと同時に。

自分の出した強い声を耳にした俺は、理解してしまった。


今、俺が、しっかりと目覚めてしまっていることを。


そして、間違いなく俺の部屋でその美少女がふよふよと浮いているということを。


「マジかよ。」


あまりのことに、俺は、こんな特別なシチュエーションに相応しくない、あたりきたりな言葉を呟いてしまった。



暗闇の中でしばらく2人とも声を出せずに時間だけが過ぎると、漸く俺はその少女が、謝ってはきたものの消える気がないことを理解して、何か声をかけなければいけないという気になった。

なぜならば。


今はまだ午前3時である。

いくら美少女とはいえ、こんな気味の悪い現れ方をして非常識なことをほざきまくるやつには消え失せてもらっていい時間帯だからだ。


「わかった。おまえの寝言は朝起きてからしっかり聞いてやる。だから、今は寝かせろ。」

「ちょっと待って。お願い。一つだけでいいから聞いて。」


少女の、か細い、縋るような声は、眠りにシフトしかけた俺の心に何故か響いた。


だが、眠いものは眠い。

人間、眠いと不機嫌になるし、許容範囲も狭くなる。

普段の俺なら、こんな美少女からお願いされたら、「一つといわず、二つでも三つでも。」というところを、「わかった。一つだけな。その後は容赦なく寝るからな。」と答えてやるのが精一杯だった。


「ありがとう。お願いというのは、さっきも言ったように、私は異世界に転生してしまったの。転生前の最後の記憶からすれば、私はきっと交通事故に巻き込まれて…。」


あー、使い古された設定。

こいつ、異世界転生したんじゃなくて、ラノベの読み過ぎで誰かの夢に出る特殊能力でも身につけちまったんじゃないのか?


言っておくが、まだ俺は完全に目覚めたわけじゃないので、論理的思考とやらを出来てないだけだからな。

普段の俺は誰が聞いても理解不能な論理展開をしてるわけじゃない。

だからラノベ読んだくらいで異能が身につくかよ、というツッコミは無しだ。


「だからお願いなの。私の家族に、私は死んじゃったけど、異世界で元気に暮らしてるって伝えて。あと、できれば、」


俺は、不機嫌に言葉を続けようとした少女を遮った。


「1つ。」

「え?」

「おまえが今していいお願いは1つだけ。あとは、また明日だ。お前の家族には異世界で元気に暮らしてるって伝えてやる。残りは明日だ。」

「いいの?」

「何が?」

「明日も現れて。」

「いいわけじゃないが、俺が『悪い』と言っても、俺としか連絡が出来ないお前は、俺の所に出てくるしかないんだろ?」

「えへへ。」


何故かその少女はとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「笑ってる暇があったらお前の名前と家族の連絡先をさっさと教えろ。」

「ひっどーい!」


今度は一転ぷりぷり怒り出した。


「なんだよ。」

「こんなかわいい子を捕まえて、お前呼ばわりなんて。」

「お前がさっさと名前を教えないからお前呼ばわりになるんだよ。」

「あ、そうか!」


少女は目を丸くして感心した。


「いや、今は感心してくれなくていいから、な・ま・え」

「そうだよね。私の前は煌良(きら)よ。住所はね…」


煌良は、家族の名前と住所を一気に口にすると、ほぅーーっと深く息をついた。


「よかったわ、いい人とつながれて。私を相手にしてくれない人とか、言葉が通じない人とかだったらどうしようか心配してたの。」


たしかに。

もしそうだったら、異世界の神だか誰だかは、今日から詐欺師を名乗るべき所だったな。


「よかったな。じゃ、おれは寝る。お前は異世界生活に戻れ。」

「はーい!そうそう、もし君が気が利く人なら、明日の夜、コンビニのでいいからスイーツを用意しておいてくれてもいいんだよ。」

「帰れ!」

「えーっ!」

「とっとと。」

「ひどーい!」


永遠に続きそうだったので、俺は、無視して布団に倒れ込み、布団を頭からかぶった。

そして、眠ろうとしたとき、何故か、明日が休みで良かった、と思ったのだった。







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