第15話

 ヴォルシアイーグルは、改造により、様々な魔法がかけられている。

 まず、飛行。それに重いものを持てるのも魔法のおかげだ。

 元はただの動物だが、防御体制をとることも出来る。


 そんな数ある魔法の中で、速度をあげた時、騎手にかかる重力負荷を軽減するというものがある。


 その力だ。


 リーレイが、時速200キロの世界で笑っていられるのは。


 いや、十分に異常者であるのだが。


 ◯


 私、リーレイは何か、勘違いをしていたんだと思う。


「人は自分の器を、自分一人では満杯に出来ない。他人を頼らないと、人は一人前にはなれないことを、どうか覚えて欲しい」


 入社時に、社長が言ったこの言葉を、私は何故だか気に入っていた。

 今思えば、多分甘えたかったんだと思う。色んな人に。その為の、自分に使う免罪符に、この言葉は最高だったんだ。


 社長に甘えて、仲間に甘えて、街の人達に甘えて、果ては全然知らない、軍人さんにも甘えてしまった。


 何が〈イーグル〉のエースだ。自惚れるな。

 他人に支えて貰っていることを当然かのように享受して、自分の手柄のように思うな。


 社長が言ったのは、きっとそういう意味じゃない。支え合いだ。私にそれがあっただろうか。全ては自分のためだっただろう。


 私は、失わないと気づけなかったんだ。失って初めて後悔してるんだ。もう遅いのに。許される為に後悔してるんだ。こんな時まで、自分の為だ。


 ねえ、リーレイ、教えろよ、リーレイ。


 お前は今まで、本気を出したことがあるか?


 ……自信を持って言えないのは、当たり前だ。


 今からだ。今から、変われ。


 自分の器に、最後の一滴まで振り絞った私以外の私には、他人を頼る資格などない!!


 この考えが正しいかどうかなんて知らない。

 でも私はそう有りたい。


 振り絞れ。


 全てを置き去りにして、ただ速度を上げろ!


 ああ、そうすれば、少し、笑顔になれる。


 ◯


 ゴーグルを持った、若い軍人が叫ぶ。


「隊長ぉ! 大鷲が見えましたぁ! 〈イーグル〉です!」


「スコープ覗かんくてもそのくらい分かるわボケが! あ? でも一頭しかいねぇじゃねえか」


「まず、一頭が来て、その次の日くらいに沢山来るっぽいですね。多分」


「適当だなおめぇは。でもまあ、もしかしたらあのクソ野郎もどっかで拾われてるかもしれねえな。更正してたら、補給を手伝わせよう。クヒヒ」


 東側前線後衛部第二部隊長、ガンは、そんな悪い顔をしていた。


「にしてもすげえ速度だ。もう来るなありゃ」


 ガンガンガン――と。ガンは階段を降りて、大鷲を降りる場所で手を振る。


「オーライオーライ! ここだぁ」


 その声は確かに聞こえたらしく、多少速度を落として、大鷲が着地した。

 大鷲の上から、一人の少女が下りてくる。

 美しい少女だ。白い髪を後ろに結んでおり、水色の目からは強い生気を感じる。


 だが、ガンは、素直に見とれることが出来なかった。


 少女が抱えているのはクソ野郎、もとい、ジンクであったからだ。


「この人を! 速く治療室に!」


 少女は鬼気迫る顔でそう言ってくる。

 ガンは状況が上手く飲み込めぬまま、部下に指示を出した。


「おいシャマー! こいつ連れてけ!」


「ヤ、了解ヤア!」


 シャマーと言われた青年は、慌てて階段をかけ降りて、ジンクを受け取り、また階段をかけ上がっていく。


 リーレイはそんな様子を、心配そうに見ていた。


 ガンは、ガシガシと頭を掻きながら、リーレイに話しかける。


「取り敢えず中入れ。俺の部下は何やらかしたのか、教えてくれや」


「あ、違って。いや、中で説明します」


 リーレイは挙動不審になりつつも、『鉄蔵』の中に入っていった。


 ◯


(……重い)


 ジンクは、自分にのし掛かっている何者かによって、目を覚ました。


 比較的、柔らかいベッド、他と比べたら、男臭くない部屋。ジンクはすぐにここが、医務室のベッドだと分かった。


 そして、のし掛かる者の正体にも、気づく。


「起きろリーレイ。怪我人の上で寝るな」


 そうは言ってみても、リーレイが起きることはない。

 きっと今まで見ていてくれていたのだ。


「はぁ、まったく。配達は間に合ったんだろうな。アホ女」


 ジンクはそう言って、天井を眺める。


「誰が、アホ女なんですか~?」


 ふと、そんな声が聞こえてきた。


「起きてたのかよ」


「悪口で目覚めたんです。最悪ですよ最悪」


「俺はお前の体重で目覚めた」


「殺されたいんですか?」


「謝る、すまん。実はめちゃくちゃ軽かった」


 リーレイは本気で目が据わっていた。

 しかし、見た目ほどではないようで、すぐに話題を変えてきた。


「それで? お腹は大丈夫なんですか?」


「ああ、問題ない。だがその聞き方はやめろ」


「え、何で」


「何でもだ。そっちは、配達は間に合ったんだろうな」


「ん、気になります? ええっと、あれ? 

 っていうかそろそろじゃないですか!」


 リーレイは慌てて立ち上がり、ジンクの上から窓を開ける。


「失礼しますよぉっと」


 バン――と。

 窓が勢いよく開くと、中に大量の陽光が差し込む。どうやら夕暮れだ。そして遠くには、世界樹林が見えた。


「あっれ~そろそろだと思うんですけど~」


 リーレイはそんなことを言いながら、目を細めて、遠くを眺めている。


「――? 何の話を」


「あ! 来ました!」


 リーレイは窓の外を指差す。その向こうには、大量の大鷲が、太陽をバックにしながら、こちらに向かってきていた。


 その景色にジンクは、圧倒される。


 無数の大鷲達が、世界樹林を超えて、まっすぐこちらに向かっている。下から見たらあるいは、空を覆い尽くしているであろうそれらの大群その一つ一つが、戦場の糧となる物資を運んでいるのだ。


「今日までの全ては、この景色のためだったんだな」


「へへ。綺麗でしょ」


 リーレイは、ジンクの後ろで砕けた笑いを見せる。


「ああ、美しいと思う」


 ジンクには、それくらいしか言葉が出なかった。

 リーレイは、そんなジンクを見て何か言いたげにしている。


「えっと、あの、ごめんなさい。その怪我、私のせいで」


 それを聞いて、ジンクは少し笑った。


「ふっ。仕方ないな。これでチャラにしてやろう」


 そう言ってジンクは、窓の外の景色を指差した。

 リーレイは、呆れたように話す。


「そんなの、この先うんざりするほど見れますよ。ルートは作られましたから」


「なら、感謝するのはこっちかもしれないな」


 キラキラと、少年のような瞳で、ジンクはイーグルから目を離さない。


「……気に入ってくれたようで何よりですよ」


「そうか? いや、すごく気に入っている」


 ジンクとリーレイはしばらくの間、そうして、外を眺めているのだった。


 ◯


 ヴォルシア帝国の歴史は、戦争の歴史であり、

 ヴォルシア国民にとって戦争とは、すなわち日常である。


 その日常を支えているのは、こと現在においては、軍人だけではない。

 配達屋、『国と戦場を駆ける橋』によって、帝国の防御力は保たれている。


 だが忘れてはいけない。それら全ては、献身と勤労の成せることだということを。


 更に忘れてはいけないのは、それら全ては、他ならぬ自分の為だということを。


「人は自分の器を、自分一人では満杯に出来ない。他人を頼らないと、人は一人前にはなれないことを、どうか覚えて欲しい」


 汝、器を大きく持ちたまえ。


 他人に沢山、注いで貰うために。

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異世界配達屋、戦場へ駆ける 笠川 らあ @l1l01i1r

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