第14話

 バチバチと、焚き火の音が聞こえてくる。

 決戦前、ジンクは、アグルーに乗っているリーレイに、自分の作戦を話していた。


「証明魔法? ジンクさんの固有魔法なんですか?」


「ああ、そうだ。俺が単騎特攻しようとする理由はこれだ」


 ジンクは、自分が一人で突っ込むのを良しとしないリーレイの為に、仕方なく、自分の魔法のことを話していた。


「簡単に言えば、相手の意識を根こそぎ俺の方に向けさせる魔法だな」


「……強いんですか? それ」


「いや、俺が強いから強い魔法、だな」


「今のナルシストっぽいですね」


「黙れ」


「ハイハイ。それで、究極の囮やってくれるのはいいですけど、その間ジンクさんめっちゃ危険ですよね? 私はどうすればいいんですか?」


「上空で、俺に情報をくれ。とりわけ人数と配置、あとはジャギーの位置だな。どこから攻撃がくるか分かれば、防ぐのは簡単だ」


「それ、私が撃たれたら……あ」


 リーレイは気づく。それはあり得ないことだと


「そう、敵は俺から目が離せない。俺以外を敵視できない。あーでも、あんまりうるさくするなよ?」


「分かりました! 私の魔法で、ジンクさんにだけ私の声を届けます!」


「……便利な魔法だな」


 ジンクは素直に感心する。


「ジンクさんの魔法にかかったら、どんな感じになるんですか?」


「ん、そうだな。聞いた話だと、ちょっとバカになるというか、俺にまっすぐ突っ込んで攻撃することしか出来なくなるらしい」


「それは恐ろしい」


「分かったら行くぞ」


「了解です」


 リーレイは、アグルーの背中をポンポンと叩く。


「最初から俺は軽く魔法をかけておくから、俺の少し前を飛んでもおそらく気付かれない。夜だしな」


「重ねて了解! あ、出来るだけでいいので、殺しはダメですよ?」


「何故だ」


「それ言います~?」


 ここからの道中、二人はさらに喧嘩していくことになる。


 最終的に、ジンクはリーレイに説き伏せられるわけだが、その結果どうなるかは、この時まだ知らない。


 ◯


 ブチ――


 リーレイは左から、何故だかそんな音を聞く。


 見ると、そこでは――


 ジンクの脇腹が、ジャギー左腕によって貫かれていた。


 ジンクは、何が起こったのか理解出来ず、自分の体を見下ろす。


「……?」


 手が、生えていた。ジンクの腹から。


「いやぁ、踏ん張れば、一回くらい使えるもんだなぁ」


 ジャギーは、笑いながら、落ちる。自分の左腕を残して。


 ポトッ。


「痛えけど痛すぎて痛くねえな。笑える」


 ワナワナと、リーレイの手足が震え出す。

 見たくもない現実を、脳は都合よく処理できない。


「ジンクさん!!」


 やっと、リーレイは叫んだ。


 ジンクは、まだ目を見開いたまま、後ろに倒れる。


「どけ!!」


 リーレイは邪魔な男を蹴り飛ばして、倒れるジンクを寸前のところで抱き抱えた。

 蹴られたジャギーは、そのまま世界樹林の中に消えていく。


「ジンクさん!!」


 リーレイはジンクに呼び掛けて、ようやくジンクは、声を取り戻した。


「くそが。障壁は、張ってたんだがな」


「生きてますか生きてますね! 止血します。まだ耐えてて下さい!」


「おう。分かった」


 ジンクは目をつぶる。自分でも回復魔法をかけるためだ。ブツブツと、魔法名を羅列し始めた。


 リーレイはジンクと違っていた。とんでもないほどに焦っている。だがその動揺は理性で静めて、バックから応急キットを取り出した。


 不幸中の幸いか、ジャギーの腕は細かった。故に穴は想定より小さい。これならば、死には至る確率はグッと低い。


(出来るだけ早く! でも徹底的に正確に!)


 そうして数分後。リーレイは処置を終えて、ジンクが眠っていることに気がついた。


「ほ、良かった。呼吸はしてる。強いなぁホント」


 だが、まだ油断は出来ない。いくらジンクといえど、体内魔素以外はただの人間だ。体に穴が空いている状態で、長く保つとは限らない。


 リーレイは、考える。自分に出来ることを。


 街の病院に行くことは出来ない。この配達にだって、多くの命が関わっている。


 かといって、今ここで出来ることには限界がある。


「たしか戦場には、治療室がある筈……」


 東側前線ならば、最低限の設備は整っているだろう。


 ジンクを、戦場まで運ぶ。

 それが、リーレイに出来るギリギリだった。


「よし、なら、行こう」


 遠くの空に、日の出が見える。

 ジンクは約束通り、夜の間に終わらせてくれたのだ。


 だが、ショートカットはもう出来ない。


 リーレイは、ポケットからゴムを取り出して、髪を結んだ。


 その瞳は、覚悟で燃えている。


「やれ、私。出来ろ、私」


 己を鼓舞して、リーレイはジンクをアグルーの上に乗せた。その後、自分も飛び乗る。


 リーレイは、一度落ち着いて、アグルーの首を撫でた。


「ごめんアグルー。あんたのことは、私の一部だと思ってるから、遠慮なく使わせてもらうね」


 そう言えば、アグルーはバサバサっと、翼を広げてそれに答える。


「うん。それじゃあ、飛ぼうか」


 リーレイの目はまっすぐ前を向いている。


 その心は後悔と使命感が支配して消えない。


 リーレイはジンクに何も与えていない。何も。


 リーレイはジンクから奪ってばかりだ。ロケットにある写真も、脇腹の傷も、今日の大量に消費した魔素も、全てリーレイのせいで失ったものだ。


 仕事の為に、戦争の為に、会社の為に、仲間の為に、そして何より自分の為に、ジンクのことを犠牲にしたのだ。


 リーレイは羽ばたく。

 これもまた、自分の為に

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