第13話

 無傷。全くの無傷である。


 通常、いや、たとえ異常な体内魔素を持っていたとしても、それが90人よりも遥かに上だなんてことあるだろうか。


(あり得ねえ。あり得ていい筈がねえ!)


「お前ら、次だ」


 ジャギーは部下に今の位置を移動するよう細かな指示を出し、自分達も移動を開始する。


 いや、


「……あ?」


 っ!!


 いや、正確に言えば、ジンクから意識を逸らすことが出来ない。


(んだ、これ)


 ジンクは先程から、立っているだけ、なにもしていない。


(いや、固有魔法か)


 ジャギーはそう判断するがもう遅い。


 体は、前に進むことしか出来ない。


「逃げることすら、出来ねえか」


 ジャギーは、一周回って笑いすら浮かべて、ジンクを見る。


(勝ち筋はまだあるよなぁ? クソ神が)


 ジャギーなりに神に祈りを捧げた後、叫ぶ。


「突撃ぃ!!」


 ジャギーの叫びと同時に、男達は一斉に、銃を撃ちながら前に出る。


「っていうかお前らも! それしか出来ねえだろぉ!!」


「「「「「「ヴオオオオオオ」」」」」」


 ジャギーは己の感情の異常な高ぶりに、違和感を覚える。声を荒げる必要はないのだ。


 対するジンクは、まるでどこから弾丸が飛んでくるのか分かっているかのように、涼しい顔で激しい銃撃を防いでいる。


「いいのかお前ら、近づいて」


 怪物は、笑う。


「シャラくせぇ!!」


 ジャギーは、吠えた。そして、聞いた。


魔素出力マナ・キャノン!」


 ……………………

 ………………

 …………

 ……


 ◯


「お前、魔素が尽きないのか?」


 問われ、一人の男が答える。


「俺ぁ、最新型の銃使ってんだぞ。コスパがいいんだコスパが。防御より転移のが魔素使わねえしな」


 答えたのは、ジャギー。


「てめえこそ、尽きろよ。マジで」


 ジャギーは言う。


(くそが、固有魔法の効果はまだ切れねえのか。俺はあと数回しか転移出来ねえぞ)


 愚痴る。


 ジンクはと言われれば、鋭い目をして、ジャギーだけを見ていた。


 そう、ジャギーだけを。


 他の人間は軒並み、そこらじゅうに倒れている。生きているのか、死んでいるのか、この暗い夜では判断が付かない。


 そして、ジャギーが残っているのは、固有魔法の転移があるからではなく、ただ、気まぐれで首にロケットを着けていたからにすぎない。


「なあ、お話しようや」


(その固有魔法、常時発動してんだろ、少しでも魔素を消費させる)


「お前も迂闊に俺には攻撃出来ない。俺も、お前に攻撃が通らない。平行線だ。終わらない。そこでだ。お前次第で、こいつ、返してやってもいいぜ?」


 ジャギーは、首にかかったロケットをプラプラと揺らす。

 ジンクはそれを聞いて、迷った末に右腕を下げた。


「聞いてやる。言ってみろ」


「ありがとうごぜぇやす。なあ、嬢ちゃんはどうしたんだ? 待たせてるのか?」


「そうだ。何かと、うるさかったからな。一人で来た」


「そうかそうか。俺もな、うるせぇ女と昔つるんでてなぁ。そいつに騙されて、今はこんな生活してるのよ」


「どういうことだ?」


「惚れた女が居てな。ある日そいつに頼まれたんだ。とある男を殺してくれってな」


 ジャギーは、ひどく疲れた顔で、だが楽しそうに、話を進める。


「そいつは政治家の男だった。俺も最初は断ったさ。でも、どうしても、ってあいつは言うんだ。それっぽい理由も言ってた。忘れたけどな」


 ジンクは、刺すような目を止めない。止めないが、話を、しっかり聞いていた。


「そうして俺は犯罪者だ。あの女は政治家の嫁になった。なんてことはねぇ。あの女も惚れた男に従ってたってわけだ」


 ジャギーは少しだけ、悲しそうな目をして、さらに続けた。


「ここにいるのはそういう奴らばっかりだ。誰かのせいで、国に帰れないクソ共さ。でも、だからお互いが大事なんだよ。なあ、ここらで手打ちにしようや。こいつは返すからよ」


 ジンクの真意は表情からは読み取れない。

 しかし、ジンクは右手を前に差し出した。


「投げろ。それで終わらせてやる」


 ジャギーは心底寒気を感じつつも、その言葉に応じた。


「ありがとよ」


 ジャギーは、首にかけたロケットを外し、前を見る。


「お前ら」


 ダダダダダダン!!


 ジンクの背後から、弾丸が飛んできた。


(全員、倒したと思ってただろぉ! なあ!)


「ナーイス! サボり魔共! 今日もサボってたと思ってたぜ! 最高だナイスサボり!」


「誉められてる気がしないね。称えよ」


 ジンクの後ろから、十数名の銃を持った人間が現れる。


「称えてる称えてる、野郎モロに食らって……」


 ジンクは、のけ反っているが、倒れていない。


「こいつ守ってる! てめえら逃げろ!」


魔素出力マナ・キャノン


 ジンクは、魔素を右腕から放出し、それを回す。さながら、大剣のごとく。


「ヘヴォっ!」


 十数名は曲芸のように軽々弾き飛ばされ、その光の束は、ジャギーの方まで回ってくる。


転移魔ティア――」


(あぁ、魔素足りね――)


 ジャギーもまた、いとも簡単に吹き飛ばされた。


 ゴスっ――


 世界樹の一つにぶつかる。


「魔素の熱で、お前達を焼き殺すこともできた。、うるさい女に感謝することだな」


 そう言ってジンクは、ジャギーからロケットを取って、その場から立ち去ろうとする。


(……上の?)


 ジャギーは上を見上げた。魔法が解かれたのだろう。ジンクから目を離すことができた。


 そこでは、一頭の大鷲が、空を飛んでいた。


 カハっ。ジャギーは渇いた笑いを浮かべる。


(なるほどな、うるせぇ女は、俺の敵だわ)


 バサバサと、大鷲が降りてくる。

 化け物の隣には、赤い服を着た、白く長い髪の少女が横に立つ。


「俺はよぉ、意気地無しだからよお」


 ジャギーはぶつぶつと、独り言を言っている。


「こういう戦い方は、ビビって出来ねえんだ」


 ジャギーは唱える。


転移魔法ティアラ



 瞬間、ジャギーが飛ぶ。



 



 カハっ。


 ジャギーは苦痛に顔を歪ませながら、それでも、笑った。

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