第12話

 弾丸の轟音が止む。


「……流石は軍人。防御が速~い」


 そう煽る男の名はジャギー。配達中のリーレイを襲い、ジンクに撃退された、野盗のリーダーである。

 そしてジャギーに狙われたのは、ジンクであった。


「ジンクさん!」


 リーレイは叫ぶ。だが、ジャギーは振り向き様に蹴りを食らわしてリーレイを黙らせた。


「ガッ――つう~~」


「わりぃな嬢ちゃん。理由ねえと女は殺れねえんだ。もう興味ねえし、黙ってていいぜ?」


 ジャギーはそう言って、ジンクの方を見た。


「綺麗な姉ちゃんだなぁ。まだ若かったろうに。死んじまうたぁもったいない」


 ジャギーは銃に魔素を再填している。魔素を放つ特殊な銃である。


 ジンクは、自分の腹を抱えて、ジャギーを睨み付けていた。


(くそ、数発、防御が間に合わなかった。こいつ、どこから)


「でもよぉ。お前は、俺の仲間を何人も殺してたよぉ~っな!」


 ダダダダダダダダ!


 再度、乱射。


 ジンクは、守らない。すでにを構えていた。


魔素出力マナ・キャノン!」


 その銃撃ごと、全てをなぎ払う魔素の剛力を放出する!!


 ズギュオオーン!!


 リーレイの頭上を掠める、ギリギリの角度の放出。


 攻撃とは最大の防御、抹殺するタイプの威嚇射撃を放ち、ジンクは今度こそ、目の前の野盜をほふろうとする。


 しかし、目の前にもう、ジャギーはいない。


「おぉ~怖え怖え。ほいじゃ、ここらで逃げるとするかねぇ。奇襲くらいでしか、ダメージを与えられる気がしねえや」


 聞こえるのは、ジンクの背後から。

 振り返れば、そこには嫌みな笑みを浮かべるジャギーが、傷一つなく佇んでいる。

 だが、それ以上にジンクを驚かせたのは、ジャギーの手に持たれている……ロケットだった。


「返せ!!」


 ジンクは吠えるが、どうやらそれは負け犬のものらしい。踏み出す足に力が入らない。

 それでも覚悟で力を入れて、ジンクは跳躍し、飛び蹴りを食らわせようとする。


「この奥で待ってるぜぇ。大丈夫。真っ直ぐ進めばたどり着くさ」


 そう言って、ジャギーの姿は目の前から一瞬で消えた。

 ジャギーが指を指していたのは、ちょうど行き先と逆方向である。

 ジンクの足は空を蹴り、そのまま倒れてしまった。


 這いつくばった時に感じる、土の匂いは、ジンクには懐かしい、敗北の匂いだった。


 ◯


 あの男、ジャギーはもはや、リーレイなど眼中になかった。



「行きましょう。取り返すんです」


「ダメだ。配達が優先だろう」


 互いに一歩も譲らない。前までのものとは違い、相手を尊重するが故の喧嘩であった。

 ジンクが続ける。


「あれは罠だ。もう壊されててもおかしくない。行っても無駄だ」


「でも、壊されてないかもしれないじゃないですか。それに、大切な物じゃないんですか?」


「それに、配達が失敗したら、戦線の維持が危うくなる。姉だったらそっちを選ぶ」


 ジンクは質問には答えない。


「……なら、一人でも行きますよ。私は」


 リーレイは立ち上がって、アグルーに飛び乗る。


「お前……バカか?」


「よく言われます」


「なんでそこまでする」


 リーレイは即答出来ない。衝動に任せた行動だからだ。だが、答えはすぐに出た。


「ジンクさんには色々と、手伝ってもらっています。そのジンクさんが奪われるだけなんて、私は嫌だから。そういう、エゴです」


 ジンクはそこに、決して動かない意思を感じて……。


(ちっ。面倒な)


「なら、俺も行くしかないな」


「ん、いいんですか?」


「一人で行くことに何のメリットがある?」


「……その言葉、数時間前の自分に言ってあげたらどうですか?」


「俺と違ってお前は弱い」


「な、私、〈イーグル〉の中じゃ強い方なんですよ!」


「その虚勢、ここでは何の役にもたたないから止めておけ」


「ぐぬぬ~」


 返す言葉が見当たらないのか、リーレイは口をつぐむ。


「何時間以内に終われば、配達に間に合う?」


「どれくらい戻るのか分からないですが……まあ、夜の間に終われば、十分だと思います。あ、勿論、小型クリーチャーは狩ってもらうことになるんですけど……」


 リーレイは、どうするにせよジンクを頼らざるをえないことを痛感して、口ごもった。

 ジンクはリーレイの動揺など気づかない。


「それで、何か作戦はあるのか?」


「え、あー、えっと~、そのー」


 リーレイは明らかに挙動不審になる。


「ないならないと言え。俺にはある」


「案外、やる気満々じゃないですか」


「ムカついてるからな」


「素直ですね」


「説明するぞ」


 コクり……。リーレイは頷いた。


「まず、俺が一人で突っ込んで……」


 ヴォルシア帝国の夜は長く、寒い。

 だが、二人の闘志は燃え上がる。

 静かに、だが、熱く――……


 ◯


 線の細い、痩せこけた男が一人、世界樹の上に膝をつき、潜伏している。ジャギーだ。

 その背後から、複数人の男達がジャギーに近づいてくる。


「遅えぞお前ら。何してた?」


「リーダーが速すぎるんスよ。今待ち伏せ中っスか?」


 ジャギーに近づいてきた男の内一人が、そんなことを言う。


「そうだ。大事そうなモン盗ってきたから多分来るだろ」


「なんで女拐わなかったんすか? そっちの方が確実そうだし」


「〈イーグル〉にお金積まれちゃった~」


 ジャギーはニタニタしながらそう告げる。


「殺すなってことスか?」


 部下の一人はアホ面でそう聞いてきた。


「そうだ。殺さねぇだけで金くれるってんだから、こんないい話はねえさ」


「っていうか、それ俺らの居場所バレてません?」


「お前らよりも足の速い仲介人がいんだよ」


 ジャギーは呆れた顔でそうこぼす。


「なら逆に、こんなことしない方がいいでしょ。いったい何のために?」


 部下の男はわざとらしくそう聞いてくる。答えは既に知っているのだ。

 ジャギーはそれに、わざとらしく答えてみせる。


「でも報復はした~いのさ~。そうじゃねえと死んだ野郎共に申し訳がたたねえよ。金は欲しいが報復優先だ。女は殺しても仕方ねえ」


 その言葉に野郎共の一人、パーターは満足する。この人がリーダーでよかった、と、そう思う。


「他の奴らも配置についたな?」


「へえ、問題ないッス」


「総勢113人、15引いて98人。全員集めたんだろうな?」


「ぬかりなく」


「よくやった。ギリギリセーフだ。今、来た。嬢ちゃんは……見えねえな。警戒しとけ」


 ジャギーは遠くに自分の敵の姿をとらえて、右手をあげる。


「あのクソ野郎をあの世に落としゃ、あいつらも復讐できるだろ。今頃、軍隊作ってるしな」


 カカっ。そう渇いた笑いを漏らして、右手を下ろす。


「やれ」


 ダダダダダダダダダダダダダダダダ――


鳴り止まぬ銃声が、辺り一帯そこかしこから聞こえてくる。

轟音の先の人間は一人。必殺の陣形。

たとえ相手が大型のクリーチャーだろうと、化け物軍人であろうと、90人以上からの一斉掃射を食らって生きていられる筈はない。

ジャギーにはそういう自負があった。


しかし――


「一回止めろ」


ジャギーは異変に気付き、全員に止めの合図を出す。


そこには――


「撃ってきたのは75人、これで全員か? いや、違うか。ジャギーはどこだ?」


ジンクは、全身を障壁で覆い、いたって冷静に、地面から上を見上げていた。


「いや、固すぎねぇ?」


ジャギーは血の気が引くような、寒さを感じた。ジンクの闘志に熱を奪われる。


「これより、存在証明せんそうを開始する」


――怪物が、笑っている。

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