第11話

「お前は、自分が何をしたのか分かっているのか?」


「全ては愛する祖国のためです」


「犯罪者が」


「やらなきゃ死ぬならやるでしょう?」


「それが本音だろ」


「分かってるじゃないですか」


男女一組の小気味いい掛け合いが聞こえてくる、世界樹林内部。


「後悔はないな?」


「そっちがあるならやめましょうか?」


「ない」


「派手にいきましょう」


「了解した」


「準備はいいですね?」


「そんなものいらない」


「心の準備ですよ」


「戦場でそんな暇はない」


「ここは空ですよ? ルールはないんです」


「帝国の空だ」


「頭硬いですね」


「なんとでも言え」


「ならいきますか」


「さっさとしろ」


「……あのですね」


「さぁっさとしろっ」


「分かりましたよ!」


バサっ――――!!


大鷲、アグルーが翼をうって、進路を変える。

目指すは化け物、足食いとかげの鼻の先。

そこは人間の生存圏外、手負いのとかげの射程範囲。


白髪少女は鈴を鳴らして、この世に自分を証明する。

黒髪軍人は巨砲を構えて、己の存在を確かめる。


! アグルーっ!」


アグルーは、足から荷物を落とした。


!!


無数に見えるその輝きが、化け物の額に降り注ぐ。星の雨が降っている。

足食いとかげも見とれているのか、上を見上げて唖然としていた。


「今です! 軍人さん!!」


キュイイ――ン!!

魔素の集まる音がする。ジンクは右手を敵に構えて、八発目をいい放つ。


魔素出力マナ・キャノン!!」


咆哮と同時、右手の平から放たれる純然たる魔素の塊が、世界樹の王に牙をむく。


魔法きば結晶ほしにぶつかり、まるで花火のように、爆ぜる。


ドゴォぉぉぉん――!!


「グガァァアエヴウ!!」


大量の魔素で、目の前が真っ暗になったらしい奴は、世界樹に頭をぶつけて目を回していた。


その表皮は、怯んで防御体制を維持できず、白い皮を露出させる。


あとはもう一度ぶっ放すだけ。しかしリーレイは何を思ったか、集中しているジンクに話しかけた。


「足食いとかげは基本的に、夫婦めおと二匹で縄張りを作ります。子供が生まれたら、親は子を食べるんです。生まれたてで、親を食い殺せる子だけが、また子孫を残せる」


リーレイは続ける。


「だから、弱きあしを食べるとかげで、足食いとかげと言います」


「何が言いたい」


ジンクのマイブームは話を聞くことらしく、撃つのを待って、耳を傾けていた。


「知ってますか? 人は自分の器を、自分一人では満杯に出来ません。他人を頼らないと、人は一人前にはなれないんですよ」


「それは……」


足食いとかげに言ったのか、それとも……。

ジンクは考える。己を、考える。


「それは、知らなかった」



ドゴォぉぉぉん!!



子殺しの果ての化け物、一頭の足食いとかげはその日、命を閉ざした。


合計九発。ジンクの魔法をこれ程受けきったのは、後にも先にもこの一頭だけである。



激戦から、数時間後、深夜。


ググっと。リーレイは全身を伸ばしている。


あの後、すぐに出発……はせずに、全身水洗いして、くまなくウンコを落として、出発。

ギリギリまで飛び終わった後、興奮して眠れず、ジンクと共に、今はキャンプを作ってご飯にしていた。


「いや~ひっろい縄張りだった~。でもおかげで、だ~いぶショートカット出来ましたね。クリーチャーは慎重です。すぐには縄張りを広げない。あの辺りはしばらく安全でしょう」


リーレイは気楽そうに、焚き火の前でそう言った。

ジンクは黙々と、足食いとかげの肉を食べている。


「想定より、討伐に時間がかかったので、あと六匹ほど、今度は小型のクリーチャーを狩ってほしいんですけど、いいですかね?」


おずおずと、リーレイ申し訳なさそうに声を出す。


「……(コクり)」


対してジンクは何でもなさそうに頷いた。本来この森に、ジンクの敵になるようなクリーチャーはいないのだ。

リーレイはほっとした後、気になっていたことを聞いた。


「そういえば、結局何発撃ったんですか? あの魔法。三発以上は撃ってましたよね? 体ダイジョブですか?」


「九発だ。問題ない」


ガタン、と。リーレイはいきなり立ち上がった。


「きゅ、九発!? あの巨砲を!? 無理ですよ。人間じゃない。っていうか、クリーチャーでも無理ですよ!」


リーレイは大げさ過ぎる程に驚いていた。それほどのことをジンクはしているということだろう。


「現に出来ている。信じなくても別にいいがな」


「いやだって、本来あり得ないじゃないですか。遺伝とかじゃ説明がつかない」


「……教えてやる。その前に、お前のことを教えろよ」


「ん、いいですよ。何か知りたいことがあるんですか?」


ジンクがリーレイ自身のことを質問したことはない。彼の中で、いったいどんな変化があったのだろうか。

ジンクはほんの少しだけ目を逸らし、言う。


「お前の名前、なんていったか、忘れたんだ」


「――! リーレイです! 自分と誰か、誰かと誰かを繋げる。そんな意味の名前ですよ!」


「……そうか。俺はジンクだ。名前に意味はない。あと少し、よろしく頼む。リーレイ」


「~~っ! はい! ジンクさん!」


リーレイは、出会って間もない他人と、確かな絆を結べたような気がして、それが堪らなく嬉しかった。

一方ジンクは少し顔を赤らめている。存外、可愛い男である。


「……俺の体内魔素が何故常人を遥かに超えているのか、だったな」


「あ、はい」


「三つあるんだ。俺の体には、魔素を溜める臓器が。いわゆる、人体改造ってやつだな」


「……はい?」


「昔、金の代わりに引き受けたんだ」


「へ、へぇ」


あまりの現実味の無さに、リーレイはそんな声を漏らした。

何故、金が必要だったのか、なんて質問を、リーレイはしなかった。金が必要でない人間などいないからだ。

だが、困惑は顔に出ていたようで、ジンクは自分から語りだした。


「姉がいたんだ。それで、死んだ。死体を買って、弔うために、金が必要だったんだ。全く聞かない話でもないだろう」


「そう、かもですね」


この国では、見つかった死体は教会が預かることになっている。帝国に根強く残る宗教だ。それが嫌なら、莫大な金を教会に支払うしかない。


「大切なお姉さんだったんですね」


「ああ」


「どんな人だったか、聞いてもいいですか?」


ジンクの自分主義な考えは、そういうところから来ている気がして、リーレイはそれが気になった。


「この人だ」


ジンクは服で隠しているロケットを、服の外に出した。


パカッ――と。ジンクはロケットを開く。


だが、リーレイにはそれが見えない。


「よぉ」


代わりに、線の細い、ひょろい男が見えた。


――ダダダダダダダダン!!!

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