第10話
体が黒く変色したということはつまり、全身が鉄壁の防御体制ということで。
それは、ジンクの作戦が全くの無意味で、ここから先の攻撃が通用しなくなるということで。
絶望、その二文字が、ジンクを襲う。
ビュンッ!
大とかげが何かを吐き出す。
今度口から飛び出したのは、赤い弾丸ではない。超高速で繰り出される、舌であった。
「――っ!?」
立ち尽くしていたジンクは、その攻撃を避けられない。
「
咄嗟に障壁を前に出すが、展開される前、不完全な状態で呆気なく破壊される。
ゴッ――。
鈍い音がする。
舌は粘着性があるらしく、ジンクを捕らえて離さない。
出てきた時と同じ速度で、今度は引き戻される。
「ぐっ」
その瞬間にはもう、ジンクは右手を前に向けていた。
「
七発目。限界は近い。
しかし、その攻撃をまた、魔素感知器官に食らっても、とかげはピンピンしている。その上更に、脊髄反射で舌が引っ込む速度は加速していた。
(世界が、ゆっくりだ)
心地よい感覚に、脱力する。
ジンクは自分のことを愚か者だとは思わない。最善の選択をしたと信じている。
(どうしたら、俺は生き残っていただろうな。姉ちゃん)
ぼんやりと、そんなことを思う。
ふと、リーレイが立っているであろう場所に目をやる。当然、そこにリーレイの姿はない。
(懸命だな。当たり前か。……そういえばあの女、何か考えがある風だったな。……それを聞いてやっても……、いや無理か)
ジンクは思い直す。意識は過去と現在を反復しながら、安らかに終わりを迎えようとしていた。
(弱いくせに、指図する奴は嫌いだ。そういうクソのせいで、姉ちゃんは……)
意識はまだ続いている。現実が鬱陶しくて、ジンクは目をつぶった。
だが、思い出すのは、理想とは程遠いものばかりだ。
「――っ! ~~っ!!」
(くそが。俺は、戦争好きなんかじゃ、ねえ。ちくしょうが)
その最後の思いは、命を懸けて国のため戦う軍人としては、あまりにも幼稚で、小さな、愚痴であった。
「――さんっ! 軍人さんっ!!」
声が響く。
風を切る音が聞こえる。体に纏わり付く現実が、ジンクの意識を引きずり戻す。
(……風? それに、この声は)
目を開けると、そこには少女がいた。
白い髪に赤い服、水色の目をした、命の塊のような少女、リーレイである。
チリン――。リーレイの首下の鈴が焦るように音を鳴らした。
どうやらジンクは、とかげの舌の上で転がされているのではなく、鷲の背中の上に寝転がっているようだった。
「大丈夫ですか!? 危うく飲み込まれそうでしたよ!?」
ジンクはリーレイのその顔を見て、不快感を顔に出す。
「ビービーと、
「な、命の恩人に対してなんて口の聞き方ですか!」
「俺はお前に巻き込まれただけだろ」
「飛び出していったのは軍人さんですよ」
「倒せと言ったのはお前だ」
「う。……あの、ごめんなさい。謝罪を先に言うべきでした」
無謀な作戦に、ジンクを頼ったのはリーレイだ。
流石に自分に非があると感じて、リーレイは頭を下げた。
「いや、別にいい。状況はどうなってる? なんだったか、勝てる算段があるんだろ?」
ジンクはムクリと起き上がって、下を見る。そこには当然のごとく、足食いとかげの姿があった。
ビュンッ! 足食いとかげは舌を伸ばすが、飛行中のアグルーにはかすりもしない。
「……? 頭でも打ったんですか? それとも突然機嫌が良くなったんですか? 悪態以外で、会話するなんて」
「お前撃ち落としてやろうか? いいから説明しろ」
リーレイは不思議そうな顔をしながら、語り出す。
「魔素感知器官を破壊します。ジンクさんの魔法を使えば、難なく壊せる筈です」
「はあぁぁ~~」
それを聞いて、ジンクはため息を漏らす。ジンクにとっては期待外れなことこの上ない。
「それはもうやった。そして、見れば分かると思うが、あいつは巨大化して、その上全身防御体制だ。全く無意味な作戦を話すな」
苛立ち混じりにそう告げると、いよいよジンクは、どうやって逃げるかを考え始める。
「あれは、死期が近い証拠ですよ」
リーレイは、ニヤリと笑う。
「……は?」
「内出血によって大きく腫れてるんです。今にも死にそうじゃないですか。死にそうだから、命も
「腫れ? あれが、腫れだって言っているのか?」
「はい! 凄いですよ。軍人さんは。もう勝ったも同然ですが、あれだとまだ3日は暴れまわります。きっちり仕留めましょう」
ジンクは、言いようのないごちゃ混ぜの感情で、リーレイの方を見つめていた。
「つまりあいつに、俺の攻撃は通じてた、のか」
「大ダメージです。ただの外付け機構である前に、弱点なんですよ、魔素感知器官は」
ジンクはそれを聞いて、ホッとして、嬉しくて、諦めた自分が悔しくなったりして、褒められて喜んでいる自分に呆れたりして、本当にぐちゃぐちゃだった。
それでもジンクはそれを表には出さない。
「なら、もう一発やれば殺せるのか?」
「いいえ、今の状態では致命傷にはなりません。先程以上の魔素を、魔素感知器官に浴びせて、更にもう一撃与える、合計二発必要です。出来ますか?」
リーレイは問う。直接見てはいないが、相当数撃っていたことは音で分かるからだ。いくらジンクといえど、体内魔素は無限じゃない。
一方ジンクは、リーレイの言葉に肩を落としていた。
「二発は出来る。だがさっき以上の威力は無理だ。出力には限界がある。更にだ。あいつの皮膚は毒で覆われた。着地が出来ない。さっきよりも遠い距離で、さっき以上の威力なぞ出せる筈がない」
ジンクはそう言う。だがしかし、リーレイはそれどころではなかった。
ジンクと、初めてまともに会話をしている、その感動で、リーレイはいっぱいだった。
表情を戻して、リーレイは答える。
「それはダイジョブです。安心して下さい。ようは、魔素を浴びせればいいんですよ?」
リーレイは、悪い顔をしている。
ジンクはそれに、よくいるコソ泥の顔を重ねた。
「さあて、配達をしましょうか」
アグルーの足の下の荷物が、ガシャリと音をたてた。
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