第9話

 無理。そう言い放つジンクの声は、リーレイの中で木霊こだまする。


「ど、ど~いうことですか~? それ」


 期待外れの返答に、リーレイは震え声で応じた。


「そのままだ。今、例えば昨晩の魔法を放ったとして、俺たちは奴の腹の中に入ることになるだろう」


「だから、それはなんでかって聞いてるんですけど」


「……この高密度の魔素地帯では見落とされガチだが、クリーチャーには一応、魔素を感知する器官が備えられている。俺が魔法を放とうとすれば、奴は防御体制をとるだろうな。そしたら、俺の魔法ではまず殺せない。」


「――っ!」


 リーレイは、世界樹林の大型クリーチャーとの戦闘経験がない。

 当たり前だ。これまで生きてこれたのは、他でもなく戦闘を避け続けた結果なのだから。

 安全性を第一に、それでも速いからリーレイはエースなのだ。

 更に、クリーチャーが持つ魔素を感知する器官は、世界樹林の中ではあまり役にたたない。周囲の魔素が濃すぎるからだ。経験のないリーレイが見落とすのは仕方ないとも言える。


 ならば事前にジンクと話せば良かったのだが、リーレイはジンクと終始喧嘩をしていたせいでそれをすっかり忘れていた。


(魔素を感知する器官かぁ。知識はあるけど、現実だとこんな問題になったりするんだ……)


 防御体制になった巨大クリーチャーを殺すのは容易ではない。

 だが、この距離では魔法を使っての、防御体制になる前の奇襲は、魔素を感知されて無理。


「な、なら、一気に連発すれば……」


「無理だ。俺の使う攻撃魔法は威力は高いが連射できない」


「……! じゃあ! 世界樹の魔素に隠れるように離れてから魔法を撃てば」


「ダメだ。それだと単純に威力が足りない」


「そんな……」


 リーレイの魔法も連発はできないし、ジンク程の威力がない。


「俺としては、気付かれない内に逃げることをおすすめする」


「それは一番ダメです。今から戻って、縄張りを迂回して、またルートを探す時間はない」


 リーレイはギリ――と歯噛みをする。


(詰んでるなぁー。私ってホント頭悪い)


 自己嫌悪の時間はないということを理解しつつも、リーレイは苦い表情を浮かべていた。


 だが、そんなリーレイに一つ、秘策が浮かぶ。


「軍人さん。今から作戦を話します。成功するかは賭けですが。協力して下さい」


 リーレイは真剣な表情で、足食いとかげを睨んでいる。


「なあ」


 ジンクの声は低く、少し小さい。

 その声はリーレイに聞こえていないようで、構わず話を続けている。


「良いですか? よく聞いてください。

 まず――」


「さっきから思ってたんだが、」


 リーレイは、ここでジンクの声に気づく。


「はい。なんですか?」


 リーレイは振り向いて、ジンクの方をみた。

 その顔はどこかつまらなそうで、リーレイをジンクをとても遠くの場所に見たような気がした。



「何故俺より弱いのに、俺に命令できると思ってるんだ?」



「――っ!」


 リーレイはその言葉に、すぐには返答できない。


 ジンクは興味なさ気にリーレイから目を逸らし、足食いとかげを見上げる。


「戦場に補給が来ないのは俺も困る。仕方ない。倒してやる。俺が、一人でな」


「それ、さっき無理って」


「それは、」


 ジンクはとかげに向かって左側に走りだす。


「無傷突破が前提の話だ」


 走りつつ、体内魔素を溜め、放った!!


魔素出力マナ・キャノンっ!」


 世界樹林の中でもなお燦然さんぜんと輝く魔素の光は、かの大とかげに見事命中する。

 だが、黒い斑点のようなものが命中箇所には現れていて、それがジンクの巨砲を完全に防いでいた。


「ちっ」


 ジンクは舌打ちをしながら、走り続ける。


 一方、置いていかれたリーレイは、目を丸くさせて、その光景を眺めていた。

 しかし、それも少しの間のことで、すぐに声を荒げる。


「ちょ、軍人さん!」


 世界樹林に轟く声は、しかし己の偏見で詰まっえたジンクの耳にも、大とかげにさえ届かない。

 リーレイは苛立ちを顔に出して、アグルーに飛び乗る。


「こんにゃろ~~。目にもの見せてくれるわ」


 一応自分のために戦ってくれている男に対して、随分な言葉である。

 そうしてリーレイは、どこぞの空に舵を切る。


 その目はもう、イレギュラーに焦る少女の目ではない。


 それは〈イーグル〉のエースの目に他ならなかった。


 ◯


 防御体制とは、普段は内在している魔素を弾く硬い皮を、表に露出することで魔法や強い衝撃に耐える無敵の形である。

 その体制をとっていると、表皮から魔素を吸収できないため、普段は体の中にしまっているが、危険を感じるとクリーチャーは構えをとるのだ。


 ドオォォ――ン!!


(これで、四発目だな)


 世界樹の枝の上、ジンクは一人、化け物を見下げる。


 ピュッ!


 攻撃を食らった足食いとかげは、反撃とばかりに赤い弾丸を口から放つ。


 ジンクはその攻撃を知っているかのように、攻撃が放たれる前から、次の枝に跳んでいた。


 ジンクは考える。


(防御体制に魔素感知、どちらか一つを攻略しないと無理だな。防御がなければ、一撃で終わる)


 しかし、奴の防御体制を打ち崩すにはあと何発魔法を放てばいいのか、ジンクには分からない。見た目では傷一つないのだ。

 ジンクは、内部にダメージを負っている筈だと信じつつ、別の案を考える。


(魔素を感知してる器官は、あそこで合ってるよな?)


 ジンクは、足食いとかげの鼻の上の辺りを見つめていた。

 ここまでの戦闘による、ジンクのカンが正しければ、足食いとかげはあそこで魔素を感知し、

 あそこに大量の魔素をぶつければ、一時的にでも魔素を感じづらくなるかもしれない。そうして反応できず現れた表皮に、さらにもう一撃加えれば。

 ジンクはそんな微かな希望を抱く。


(よし、)


 この男、決めてしまえば体が早い。


 ジンクは枝から飛び降りて、まっすぐ、僅かな希望に向かって落ちる。


 大とかげはぐ~るりと回って、その巨大なしっぽをジンクに打ち付けようとする。


 だが、流石戦闘のプロというべきか、ジンクは咄嗟の判断で手の平をしっぽにかざして、叫ぶ。


魔素出力マナ・キャノンっ!」


 五発目。その巨砲をもって、しっぽは弾かれた。無論、外傷は全く見えないのだが。

 ジンクは魔法の反動を使って、再度頭にむかう。


 ゴン――っ!


 障壁を張って、落下の衝撃に耐えた。


 そして、そこは確かに目指した落下点。


 ジンクは右腕を構える。


(そろそろきついな)


 思うが、ジンクは魔素を溜め始める。

 足食いとかげはその脅威を文字通り目と鼻の先で感じて、首を左右に振る。

 ジンクは落ちない。

 六発目。


魔素出力マナ・キャノン


 膨大な魔素の砲撃。この魔法でいったい何百の命を奪ってきたのか。


 ドゴォぉぉぉん!!


「イアァガガヴヴ」


 今日初めての悲鳴。手応えは十分。もしかしたら、魔素感知器官は弱点なのかもしれない。それなら、もう一撃加えるまでもないのだから、ジンクはそんな淡い期待を持つ。


「やったか」


 だが、その言葉がいけなかった。


 表皮にはまだ、傷一つない。


 ジュワ~~


 煙が上がる。

 下を見ると、靴が溶け出していた。


(毒か!?)


 ジンクはすぐに地面を蹴って、化け物から飛び降りる。


(だが、魔素を感知する器官は弱まって……?)


 ジンクは異変に気づく。

 落ちる時間が妙に長いのだ。


 やっと地面にたどり着いた時、ジンクは信じられないものを見た。


 ただでさえデカイ大とかげの体は、その大きさを三倍近く膨らませていた。

 肉はどうやら柔らかいようで、世界樹の隙間をにゅるりと抜けている。


 ジンクの攻撃は確かに有効だった。


 しかし、手負いのとかげは、ここでは最強だ。


 とかげの全身が、黒く変色する。

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