第5話 インタビュー(前)

 伯爵は普段は仕事でアフリカにいるという。帰国している彼と偶々出会えたのはまたとないチャンスなのだと俳優は言っていた。

 一瞬、アラブ人の国で「偉大なマフティー」の世話になっていると思うかもしれないが、そういう縁故ではないのだと彼の説明は続いた。

 ともかく、伯爵に声をかけるのは簡単だった。撮影所を見物していた彼にちょっと話をして、パイロットに興味があると言っただけだ。それで彼は子供のような笑顔を浮かべ、一緒に飲む約束をしてくれた。

「貴方はずっと旅客機のパイロットを?」

 例の俳優は伯爵の視界に入らない位置で私達の話を聞いている。

「ある時までは曲芸飛行をしていましたよ。飛んでいる間じゅう、観客だけじゃなく、僕自身もスリリングな気分でした。一緒に組んだパフォーマーが、飛んでいる機体の外に出るなんてこともしたんですよ!」

 曲芸飛行は実に愉快だ、という夫の声が耳に蘇るようだった。私は少女の頃、彼のショーを何度も観た。

「だけど、イタリアが始めた戦争を機に辞めたんです」

「ドイツではなくイタリアなの? それじゃ貴方は、元々この国に住んでいたんじゃないの?」

「いえ、僕の生まれた家はここにあります。それまでほとんど半島から出たことはありませんでした。それでもエチオピアが侵略されたのが、人生の転機でした」

 彼の説明では、侵略行為への怒りから赤十字社に飛び入りし救急飛行機の操縦士になったのだという。彼は続けて、医師と薬は常に足りず、イタリア側の使用した毒ガスによりエチオピアの国民は酷い苦しみの末に息を引き取るのを待つばかりという有様が続いた、と語った。

「大変な思いをしたのね」

「それ以来、侵略行為というのは、どの国によるものでも嫌いですよ。その数年後にはフィンランドも……」

 ここまでの発言が全て真摯な言葉なら、伯爵はナチスに協力したいとは考えなかったことになる。ただ、私には発言のまだ真偽はわからない。俳優にも聞こえているだろうけれど、彼はどう判断するだろうか。

「フィンランドにも行ったのね。それなら『ロッタ・スヴァルド』はご存知? 私の故郷にも、彼女達のように負傷者を治療する婦人部隊があったの。女性だけの、救護飛行機部隊よ」

「もしかして、『白の飛行中隊』? 僕も新聞で見た事があります」

 伯爵は食い入るように私の顔を見た。私は彼の心を掴みつつあった。

「私はね、『白の飛行中隊』をモデルにした映画に出演したの。イタリアから監督が撮影に来たのよ。ただ、撮影が終わってすぐ、連合軍がイタリアを占領したから、その混乱の中でフィルムは何処かに行ってしまったけれど」

 出演できたのは、夫が監督に私を推薦してくれたお陰だった。夫は私の夢に最初から賛成してくれた。美しさに宗教と民族は関係ない、というのが彼の価値観であるらしかった。

 この時の監督が、私はユダヤ人なのだと知っていたかどうかはわからない。知っていたとしても、イタリア人は、ドイツ人ほどユダヤ民族を差別しないと聞いている。

「そんなことがあったんですか。惜しい事をしましたね、その映画が封切りされれば、僕は初日に映画館に並んだことでしょう。しかし、女優さんがルーマニア人だとは思いませんでした。訛りというものがまるでありませんね」

「かなり訓練したの。そう思ってもらえて光栄よ」

 これも夫に勧められたことだ。外国の映画業界に飛び込む前に、是非ともその国の人と寸分変わらず喋れるようになるまで訓練した方がいいのだと彼は言っていた。「こいつは田舎者だ」と思われたら、そんな役しか回ってこなくなる。私もそんな風に感じることはある。

「そうそう、世界中どこが撮影場所になっても、その国の言葉で『愛してる』ってどう言うのか覚えるのが私の信条なの。教えてくれるかしら」

Jagヤー älskarエルスカー dig.ディグです」

 伯爵は上機嫌のまま、ゆっくりとしたテンポで教えてくれた。

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