第3話 伯爵
ある撮影の日のことだった。休憩時間に外でコーヒーを飲んでいた私は、一人の男性に話しかけられた。
「この映画の女優さん?」
この人を一目見た時、私は覚えのある雰囲気を纏った人だと感じた。夫も、初めて会ったときはこんな風だったのだ。多分だけど、彼もパイロットだ。
「そうだけど、貴方は?」
「ああ、失礼しました。ここで時々働いていた者です。久しぶりに帰ってきたら、映画の撮影をしていると聞いて、気になったんです。もしよかったら、サインをくれませんか」
私は頼まれるままに彼の持っていたポストカードにサインした。悪い気分じゃなかった。こんな風に、これから沢山の人達が私の容姿と演技を愛するようになる。それが私の生きている意味であり、世界に見せたい姿だ。
その時、私達に例の俳優が近寄ってきた。
「伯爵、こんな所でお会いできるとはありがたい。私をご存知でしょう、元パイロットとして、貴方のお話を是非伺いたいと思っていたところでした」
彼がやや大仰にそう言うと、伯爵と呼ばれた男性は用事を思い出した素振りをして、慌ててその場を後にした。
露骨に態度を変えたのは、聞かれたくない用件だと悟ったということだ。もしかすると彼の求婚相手の伯爵令嬢の親族なのかもしれないけれど、それならあからさまに避ける理由は何処にあるのだろうか。
「逃げられたか……。向こうは僕のことを知らない筈だが、流石は曲芸飛行士だ、捕らえるのが容易じゃなさそうだな」
彼はそう呟いた。
「あの人、もしかして貴方の想い人の家族なんじゃないの。印象を悪くするのは危ないわよ、ご存知のとおり、彼らは『一族』って考え方なんだから」
「いいや、実のところ、僕の本命はあの伯爵なんだ」
「どういうこと?」
私は考えるより先に尋ねていた。
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