駆が結のもとを訪ねると意外なことが判明した。

結は、心配で不安で困ったような顔をして駆に伝えた。


「父から突然、葵は道場の合宿に参加しているのだと聞かされました」


「でも葵、秘密で武道を習っているって言ってたぞ」


「ええ。家でも知っているのは私だけ。あとは冬摩や紫苑さんだけです」


結は落ち着きなく手を組み替えていて、やり場のない気持ちを持て余しているようだった。

結と葵はとても仲のよい姉妹で有名だった。

その葵が結に隠し事をしていた。

どうも合点がいかない。

何か怪しい、と駆も確信めいたものを感じた。

結の中の、父の言葉を信じたくとも疑ってしまうという葛藤が葵を心配する心と天秤にかかって、どっちにも傾かず揺らぎ続けていた。


「結、心配すんな。葵ならきっと大丈夫だ。

あいつの強さ、お前もよく分かってんだろ」


葵を真似て駆が拳を突き出してみる。

へろへろな形に照れ笑いをした。

結の手を取ると想像以上に冷たく、両手で包み込んで真っすぐ向き合う。


「俺らも調べて、何か分かったら知らせるからさ」


「はい。ありがとう」


結の体温が少しだけ上がった。



「十中八九、当主の嘘だろうな」


結から仕入れた情報を駆はすぐ冬摩へ伝えに自室に向かった。

相変わらず部屋は散らかっていたが、庭の花が日の光で輝き、駆を明るく迎え入れてくれているようだった。


「俺もそう思う」


本当に武術の合宿になど参加するのであれば、結にだけじゃなく冬摩や駆にだって葵は嬉々として喋っていたはずだ。

高く結った髪を揺らして、大きい目をきらめかせる葵の姿が簡単に想像できた。


「じゃあ葵のやつ、どこに行ったんだ?」


「結の話だと二日前から家にはいないらしい」ということも付け足した。


「考えたくないが、思い当る場所がある」


冬摩が短い爪を噛み、苛立ちを露にした。


冬摩の考えはこうだ。

葵は武術に励んでいるのが父に見つかり、酷く叱りを受けた。

戒めのため葵をどこかに監禁しているのではないかということだった。


「子供一人閉じ込めておけるくらいの空き蔵はたくさんある」


「そこに葵もいるかもれないってことか」


それが本当ならなんて残酷なのだろうと思った。

しかし、清香の大人たちは医療が全てでそれこそが最良と考える節がある。

駆の父も駆が次期当主となることに強いこだわりをみせていた。


「いいか、」と冬摩は続ける。


「人が水なしで生きられるのはせいぜい三日だ。このことを知らない清香の人間はいない。

三日以内に飲食物を運ぶ怪しい動きがあればそこが葵のいる場所だ」



食べ物が持ち運ばれている蔵はあっけないほどすぐに見つかった。

反省させることが目的で、可愛い娘の生命力まで奪おうなんて考えは当主でもさすがにない。


「冬摩。場所は見つかったがこれからどうする?

蔵には錠もかかっていたぞ」


「鍵なら問題ない。紫苑が開けれる。

明るいうちに迎えに行こう。

葵は合宿に行っていることになっているからな、突然帰ってきたってそれは合宿が終わったと思われるだけだ」


嘘の専門家である紫苑の後押しもあり確信を持って三人共に例の蔵まで行く。

外から見る分には小さめのよくある蔵だ。

清香には似た蔵がいくつかあったが使われていないで放置されているものも多いらしい。

その内の一つに葵がいる。

この為に付け替えられたような不自然な南京錠に紫苑が手をかける。


「まさか引きちぎるのか?」


「俺がそんな力持ちに見える?」


紫苑は針金を懐から取り出し、鍵穴に差した。

かりかりと音を立て、方向を変えながら引っかかりを探す。

手ごたえを感じたのか紫苑はにやっと笑った。

かちゃん、と錠が解かれる。


「…冬摩、冬摩か?」


扉を開けると部屋に一気に光が入った。

古いほこりの匂いとかすかにする人間の生命の匂い。


「冬摩!絶対に助けにきてくれると思った!」


葵が冬摩の胸のあたりを両手でぎゅっと掴み、今にも泣き出しそうな顔で見上げた。

掴まれた腕の力強さ、濁りのない瞳から葵の無事を確認し、冬摩はほっと胸をなでおろした。

他に怪我がないか、ざっと全身を見たがそれらしきものも見当たらない。


「紫苑。駆も」


紫苑の姿を見つけると今度はそっちに抱きつきに行った。

駆の顔を見て安堵の表情を浮かべる。


「どうして父はこんなこと…。

私が、私のすきなことをするより大事なことってあるのか」


ぎりぎりと歯を食いしばり、悔しさが声に滲む。

こうやって思ったことを口に出せること、それが葵の勇気であり、強さでもある。

葵は武道を習いながらも清香での講義や実習にも励んでいた。

看護に全く興味がないわけでもなく、駆が以前感じた人を助けたいという気持ちが葵には合っているようにも思った。


「ねーよ。葵はこれからも武道を続ければいい」


それが当たり前かのように冬摩は言った。

励ますように駆も大きく頷いた。


「あのね、葵ちゃん。

”そうでないといけない”ことって実はほんとうにとっても少ない」


「俺が男なのに女みたいだったり、清香にいるのに医学をやっていなかったり」と紫苑は優しく、優しく言った。


「でも紫苑は…」


「関係ないよ。誰もがもっと自由で自分らしくいてもいいんだ。

俺たちは葵ちゃんを嫌いになったり怒ったりしないよ」


「本当に?」


「うん」


葵はみんなを見渡し、駆たちは力強く頷いた。

背中を押されるように葵の瞳に光が宿ってくる。


「私は武道を辞めたりしない。誰がなんと言おうとその気持ちは変えられない。

父に伝えてくる。……もし、家を追い出されたら冬摩、私をもらってくれるか?」


「そんなのごめんだ。お前なら是が非でも自分の意見を通して、しぶとく清香に残るだろうよ」


「…ふふっ、冬摩ならそう言うと思った。一番の励ましになった。

ありがとう」


結局いいところは冬摩と紫苑に取られちゃったな、と駆は思った。

駆に役はないようで手近なあるものを探す。


「何探してんだ?」


「石、ないかと思って。この南京錠壊さないといろいろ面倒だろ」


「確かに。鍵を持ってた人が怪しまれるのはかわいそうだし、俺が疑われても困っちゃう。さすが駆」


手に納まる重めの石を見つけ、錠に叩きつける。

新品なだけあって丈夫だったが葵の最後の一手でひん曲がり、ちょうど開いた形になった。


「よし。これで俺たちは鍵を壊して蔵の中に入り、葵を助けた。

そういうことだ。いいな」


「ああ」


「さあ、景気づいたことだし、さっそく父のところへ急ごう」


「待って、葵ちゃん。そのまま行くつもり?」


「善は急げじゃないのか」


「だめだよ。そんな汚れたままで行ったら。子供が駄々をこねてると思われるだけ。

こっちの要求が公式的なものであると示すには身なりも整えないと。

お風呂で汚れ洗い流して、髪もきっちり結うんだよ。

一人でできなければ俺のとこへおいで」


「うん。そうか、分かった」


葵はもうすっかり普段のいきいきとした強さが戻っていて、三人は安心して勇気の背中を見送った。

駆は葵の無事を早く結に伝えようと急いで本部まで走った。

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