食堂へ着くとかなりの人で混雑していた。

開いている席を見つけ冬摩と向かい合って座る。


「冬摩、隣いいか」


上から声が降ってきて見上げた。

ぱっちりとした瞳に長い髪は高い位置で結ってあった。

「この顔どこかで見たことがあるような、ないような…」駆が考えを巡らせていると、冬摩の許しを得て腰を下ろした。


「聞いてくれよ、あおい。さっき結のやつがさ、」


冬摩は頭はいいのに口が悪く、紫苑ほどではないが見てくれも良いため一見近寄りがたい雰囲気があるが実は違う。

本当はよく喋り、笑った顔は親しみやすさを感じる。

今のように話しかけてくる人も少なくないが、女性は珍しかった。


「結姉さんと何かあったのか。興味深いな」


「ああ。こいつのことひよこみたいだ、とか言い出して。

笑い堪えるのに必死だったぞ、こっちは。

しかもこいつ、どうやら結のこと気に入ったらしい」


「ふーん」とにやにやして葵と呼ばれた女が品定めをするように駆を見た。


「結姉さんは競争率が激しいぞ」


「な、なんなんだよ、お前ら。勝手なこと言いやがって。

それに姉さんってなんだよ」


「私は結姉さんの妹の葵だ。君のことは聞いているぞ。

私たちは皆同い年、15歳3人組となるな」


「それでこいつの顔、見たことあると思ったのか」と駆が心の中で先ほどの結とのやり取りをひっそり思い出し、意志の強そうな目やさばさばした語り口は全く似ていないと思った。


そして結は次の当主となる者との婚姻が決められている、と葵が言った。

清香は世襲制ではなく、一番優秀な医者が次の当主に選ばれる。

それが本家の人間であっても、外の人間であっても関係なく。

ただ、現当主のように自分の血族に当主を継いでもらおうと考える者も少なくなく、長女の婿にと画策しているだろう。

しかもあの美しい人と夫婦になれるのであれば断る輩もそういないはずだ。


「結のために当主になろうとしてるやつも実際、結構いるな」


「うん。全く、そんな理由で医学を学ぶとはな」


葵が憤った様子でたっぷりと盛られた米をかきこむ。


「私は、結姉さんには普通に幸せになってもらいたいのに。父も余計な事をする」


怒りの気持ちが膨れていくにつれ、葵の箸も進んでいくようだった。

「よく食うやつだな」と駆が眺めていると、詰め込みすぎたのか苦しそうに胸を叩いていた。

冬摩に水を渡され一気に飲み干す。

落ち着きのなさが駆にも通じるところがあり他人事と思えなかったが、おかしくて笑った。

落ち着いた葵が「ふぅ」と息をついてゆっくり湯飲み茶碗を置く。


「口に入るだけを入れて食べるのだと、紫苑に言われたばかりだったな」


今度は少しづつ、ただし急いでどんどん口に運ぶからあまり意味はないように思われたが葵の満足そうな顔に駆も冬摩も何も言わなかった。

そういえばさっきも「紫苑に怒られるから」といった発言を聞いたことに気が付いた。


「お前たちは紫苑に口答えできないようになってんのか?」


「あいつが行儀悪いのが嫌いなだけだよ」


「たしかに、無作法なのに口煩いときがあるな」


「紫苑もお前たちと一緒にここで育ったんじゃないのかよ。

それに比べると随分育ちが良さそうに見えるな」


「不躾で悪かったな」といった目線が冬摩と葵から注がれたたが「ごめんて」と両手を合わせる。


「紫苑は清香の人間だがここで生まれた訳じゃない。

清香を出た母親が外で産んだ子だ」


「紫苑が清香に来たのはたしか…6年前だったか。

私たちが9つの時で紫苑が12か13の時」


「13」


「13だったか。母親と喧嘩したとかなんとかで前の職場を飛び出してきた。

大怪我をしながらな。

手当をした冬摩の叔父にそのまま引き取られることになったんだ」


冬摩の両親は冬摩が生まれてすぐ病気で亡くなったと聞いていた。

それでその後代わりに冬摩を育てたのは父の兄である叔父だと言うことも。

話を聞く限り冬摩の叔父というのはどうもお人好しのようだ。

優秀な医者であることは以前聞かされていたが、駆はまだ会ったことがない。


その後に聞きたい質問は続かず、なんとなく駆は黙ってしまった。

冬摩と葵は気にも留めず食事を続けている。

駆は清香のこと、そこで働く人々のこと、級友や同士のこと、知らないことがまだまだたくさんあると思った。


「葵はこれから道場に行くのか?」


「いや、今日は一日実習なのだよ」


やれやれといった感じで葵が答える。


「清香に道場なんてあったか?」


「私が指導を受けているのは隣町の道場だ」


今度ははつらつとした表情で葵は拳をひゅっと駆に向けて伸ばした。

素早い動きに駆も感心し、清香の人間で医療以外をやろうとするのは珍しいなと思った。


「こいつ、父親に隠れて道場行ってんだ。なかなかやるだろう」


冬摩がにやにやと、まるでいたずらをする共犯者のように笑った。

駆は厳格で頑固そうな当主である葵の父親のことを思い出した。

葵が道場に通っていることが明るみに出たらさぞ怒るだろう。

しかし、そんな挑戦的な態度の葵のことが一層面白いやつだと思った。

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