(2)

学舎に通っていない紫苑は置いといて、駆の清香での生活のほとんどを冬摩と過ごしていた。

駆の当てられた級では、すでに父からの教えで知っていることが多く、担当者に級上げのお願いをしようと考えていた。

というのも早く冬摩と一緒に講義を受けられるようになりたいからだ。


学務職員室へ冬摩に連れていってもらい、そのまま食堂へ向かった。

ここの食堂は大きく、自分たちのような学生のほか、医者である大人たちや雑務員など全員が使う。


清香の敷地は広く、本部だけでも駆はまだ冬摩がいないと迷子になってしまいそうになる。

食堂に向かっていると言うが、いつもと違う道を通るともうここがどこなのか駆には分からない。


もうすぐ着くという食堂のすぐそば、就学前の子供たちが集められ遊んでいるガラス張りの部屋があった。


「あれ、紫苑じゃないか」


子供たちの中に見慣れた藤色の着物が見えた。


「あぁ。ここがあいつの持ち場だからな。

と言っても誰も強制してないし、毎日来てるわけでもないがな」


元々は食堂の女性たちが面倒をみながら仕事できるようにと部屋を設けたが、子供たちに混ざって紫苑が居つくようになったらしい。

面倒見もいいようで子供からも親しまれている。


「邪気のないのがあいつには心地良いんだろう」


「ふーん」と返事をしたが冬摩の言った本意は駆には分からなかった。

子供たちはたくさんいて、ここにいる子たちももう何年かしたら医者を目指し、当主になるため争ったりするのかな、と考えて部屋を見回した。


「おい、おい、冬摩。あの女誰だ?」


駆に強く裾を掴まれ、持っていた教本を落としそうになった。

反対の手で部屋の向こうにいる人を指さすため、「紫苑に見つかったら指で人をさすなって怒られるぞ」と手をあげてそれを制す。


「誰のことだよ…。ん、ゆいのことか?当主に挨拶行ったとき会わなかったのかよ」


冬摩が確認すると駆が示していたのは間違いなく当主の長女である結だった。

しかし駆は納得いかないように首を捻る。


「あいつ、あんな風に笑うか?」


「結はいつもこんな感じだが」


結も紫苑に混じって時々こうやって子供たちの相手をしてやることがあった。

医者も看護師も気の強いのが多い中、ここにいる結と紫苑だけがやんわりとした雰囲気をもつ者だった。

二人が並んでいる麗しさは、子供たちの笑顔も相まって癒しの空間となっている。


「俺が行ったとき、あいつすげーぶすっとしててだな、」


「感じが悪かった」と駆が言い切る前に結の髪がふわっと揺れ、温和な笑顔が露になる。

大きな瞳にそれを縁取る長いまつ毛。

優しそうに目尻をさげながら子供たちの声に耳を傾けている。

健康そうな頬や細い指に触れてみたい、と思った。

駆が今まで出会った女の子たちの誰よりも可憐だった。


清香にきて一番に美人だと思ったのは紫苑のことだが、彼の隙のなさやどこか不思議な雰囲気に冷たさを感じていた。

しかし今目に映す結はどうか。

美人と一括りで言うにはあまりにも紫苑と異なり、明るくて温かで全てを包み込んでくれるような聖母的雰囲気に惹かれた。


結が駆たちに気づいたのかこちらへ寄ってくる。

ガラスの窓を開けると子供たちの遊び声が聞こえた。


「駆さん、ですよね。前に一度お会いした…。

あの時はすみません、父もいましたし、」


ここで結が駆のことを上目遣いにちらっと見て、口元を隠してくすっと笑った。


「私、あなたの髪型がひよこのようだと思ったら、可愛らしくてつい。

父の前でそんな無礼はできませんでしたから」


駆は母親譲りの金に白を混ぜたような色に弱い癖のかかった髪型をしていた。

この国ではまず見かけることない、駆が外国の人だということがはっきりと分かる特徴だった。


「…くくっ。…ひよこだってよ」


冬摩が隣で声を殺して笑っているが、結は「違うんです、」と手を振る。


「あの時は初めての場所に戸惑っているようでしたからそのように思いましたが、今は冬摩とも仲良くなって生き生きとした蒲公英のように思います。

瞳だって青空のように綺麗です」


結に瞳を覗き込まれ、見つめるその瞳にこそ駆は吸い込まれそうになった。

一瞬の出来事が永遠のように感じられ、我に返った結は恥ずかしそうに俯いた。


「お前こそ笑った顔、あんなに可愛いんだな。ずっとそうしてればいいのに。

初めはなんて愛想のないやつなんだと思ったぞ」


駆はにかっと歯を出して笑いかけ、「じゃあな」と食堂へ行ってしまった。

真っすぐな好意に顔を真っ赤にした結や、「面白いことになりそうだ」と冬摩や紫苑が聞き耳を立ててたとは知らずに。

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