廊下を歩いていると、何人もの白衣の大人と自分と同じ年齢くらいの子供とすれ違った。

どうやら今いる一番大きな屋敷が診療の中心となり、そこから町が広がっているようだった。


ここにいる全員が医者を目指し、学びにきているのだとしたらなんという特殊な家なのだろうと思った。

少なくとも生まれた国であるドイツでは見たことがなかった。


屋敷から程なく離れた場所にぽつんと真新しい洋館が建っていた。

きぃ、と静かに音を立てて扉を開ける。

ドアノブを捻って開ける仕組みは一緒だが、扉自体は背が低く、幅も狭いように感じた。

とは言っても15歳の駆には十分な大きさであったのだが。


冬摩とうまって人いるか?」


父に教わった「ごめんください」の挨拶もなく、先ほど聞いた名前が先に口から出てしまった。


部屋は見渡せるだけ1室のみのようで二人の若い男がいた。


ぼそぼそと何かつぶやきながら奥で怪しげな装置に液体を注いでいる白衣の男。

何かを閃いたのかぱっと笑顔になり夢中で記録を取っており、こちらには気づいていないようだった。


「冬摩は俺だけど」


手前の丸テーブルで書物を読んでいた藤色の着物を羽織った男が答えた。


下を向いていた時は気づかなかったが驚くほどの美人だった。

肩にかからないくらいの灰色がかった髪は真っすぐ伸び、透けるような肌に切れ長の目は真っ黒で東洋の美人とはこの人のことを示してるのだと、そう思った。


前に有名な歌劇団が近くに来ているということで両親と共に1度だけ観劇をしたことがあったが、そこで出てくる女性も皆綺麗だとその時は思った。

大きな目に高く盛り上げた髪、高価なドレスと過剰なほどの宝石を首に下げて着飾った派手な女たち。

遠くの席から眺めるだけではみんな同じように見えた。


しかし目の前にいる人は決して華美でなく、地味な着物を乱れなく着ているだけでこうも品良く、美しく見えるのだった。


「冬摩は俺だ。嘘つかれてるぞ、お前」


こちらに目もくれず、手元は忙しく動かしたまま白衣の男の声だけが奥から届いた。

くくっと詫びる様子もなく着物の男が笑う。


「俺は紫苑しおん。本当はあっちが冬摩。

冬摩に何か用?」


「今日からここに住むことになったんだ。

一緒に学ぶことになるからって当主が挨拶してこいと」


当主の座を競うとかなんとか言っていたがそれは伏せておいた。

駆自身、そんなことに興味がなかったからだ。


それより冬摩の操る装置に気が惹かれた。

特に咎められなかったため近くまで寄ってみる。


「何か成分を抽出する仕組みか?」


「あぁ。分かるのか?」


「いや、沸かした蒸気を冷やして次のビンに集めているからな。それくらいは」


「冬摩はいろんな植物から薬を作る研究をしてるの」


「へぇ」と素直に感心する。

それでここは花の匂いと薬品の匂いが混ざっているのか。

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