寄りどりみどり

mito

第1章(1)



扉を開けるとそこは異様な世界だった。


薬品と花の混じった匂い。


ぽこぽこと音を立て、小さく沸かし続ける青い液体。


楽し気に笑う白衣と、姿勢よく書物へ向かう着物。


できたての建築物の香りとちぐはぐで統一性のないこの空間が、これからの新しい生活と風変りな二人の関係性を示しているようだった。





両親に連れてこられた場所は、父にとっては実家で、かけると母にとっては初めての場所だった。

この高い塀の向こう全部が1族の所有地だという。

駆は父親がこんなにいい家柄出身だとは思っておらず感心した。


門をくぐった後も家が連なり、時々見かける洋館が目立った。

まるで一つの町のように感じた。

高い建物はないが、次々と門が並ぶ姿は壮観だった。


水の流れる音がすると思ったらほどなくして川を見つけた。

敷地内に川が流れているなんてなんと豪奢なのだろうと赤い橋を下を見ながら渡ったら魚が泳いでいてまた驚いた。

森に行かなくてもここで水浴びができるのかと考えていたら一際大きい屋敷の前に着いた。


清香せいか家”


医療の提供を生業とし、清香の人間ならば男は医者に、女は看護の道へ進むべく幼少の頃から教育を受ける。

創設者である本家の親族と、分家の人たちがいるが、今はそれ以外の外からもたくさんの人が働き、その違いは見た目では分からない。


駆の父も例にもれず医者であり、長い留学から戻ってきたところだった。


3人で当主に挨拶に行くと、父は現当主とは随分と親し気であった。

年頃は父と同じくらい、しかし恰幅の良さに威厳を感じ「怖そうだ」と駆は思った。

久しぶりの再会を喜んでいるのも束の間、こそこそと仕事の話を始めてしまった。


手持ち無沙汰になった駆は当主の長女を紹介してもらったが、不愛想に会釈をするだけで業務へ戻ると持場へ行ってしまった。


母は始終居心地が悪そうにおろおろしていたが、低い天井や畳の独特の香りに意識を注いでいた駆が気づくことはなかった。


「本家の人間で君と同じ年の子がいる。

変わり者だが優秀で、将来、君と当主の座を争うことになるよ。会ってくるといい」


当主は話し込みをきめたのか体よく駆を部屋から追いやった。

日本語の分からない母はそのまま同席するらしい。

駆がドイツ語で母へ行ってくると伝えると困ったような笑顔で見送った。


母の不安そうな顔は少々気がかりではあったが、新しい出会いに胸を膨らませ教えてもらった小さな洋館へと向かった。

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