蓬菊の花が咲く
鰯
第1話
ぴちゃん、ぴちゃんと水の滴る音で目が覚めた。
「ん…水道…閉め忘れたのかッ…」
瞼を擦りながらそんなことを考えながら、体を起こそうとした瞬間身体中に激痛が走った。思わず声を上げそうになるのをなんとか耐え痛みに顔を歪めながら目を開けるとそこには見たことのない光景が広がっていた。薄暗い小屋ーなのか分からないがーの天井から水が滴り落ち床に染みを作っていた。
「んでこんな場所にいるんだよ」
状況を把握しようと記憶を思いだそうにも身体中に走る痛みが思考を邪魔して一向に思い出せる気配がない。それどころか普段使わない頭を使っているからか頭痛までしてきた。俺は諦めてもう少し周りを見渡すことにした。見渡した限り普通の小屋?らしいがただかなり古びている割にはしっかり手入れがされているように見えた。埃ひとつ見当たらない。やっぱりここから出ないと何も分からない。そう結論づけ、だいぶマシになった体を起こし、月明かりが照らしている扉に向かった。
「あれなんだ?」
体を引きずりながら扉の近くまで辿り着くと紙が落ちていることに気づいた。端が水溜り浸かって濡れてはいるがまだ読めそうだ。
■月■8日
■■が生まれた。不妊治療の末やっとできた子供だったからすごく嬉しい。だというのにお医者様がこの子は長く持たないと言ったの。どうして?そんなわけないじゃないだってだってやっと会えた私の可愛い可愛い子供なのよ?死ぬわけがないじゃない。どうやらこの子は生まれつき心臓が悪いらしくて移植しないと助からないとのことだった。移植できる心臓があればこの子は助かるのね。
だったら■■■ば……
そこで文字は終わっていた。いや、正確にはここから先も何か書いてあったのだろう。だがその先はもうインクが滲んで読むことはできなかった。この文から察するにこれは自分の子供のことを思って書いた日記の切れ端らしい。子供のことをとても愛しているのが伝わってきた。……俺の親もそのくらい愛してくれればいいのに。
そんなことを考えていると外から足音が聞こえた。まずい!誰か来る!!急いで辺りを見回したが隠れるような場所はない。 とりあえず扉から離れようとしたが足を引きずっていたせいでバランスを崩し倒れてしまった。そのまま扉が開かれ月明かりが差し込んできた。
その姿を見た時、俺は言葉を失った。なぜならそこに立っていたのは
「あらおきていたの?おはよう
母さんが笑顔を浮かべて立っていたからだ。
思わずヒュと息を呑んだ。全身の血の気が引き顔からは一気に汗が吹き出し恐怖で体が動かず声も出なかった。なんでここにいるんだ?まさかここに俺を閉じ込めたのは母さん?と思考を巡らせていっていたら母親が俺の顔に手を添えてきた。反射的にビクッとなり目を瞑ると頬をするりと撫でられた。
「よかった。どこかに行っちゃってないか心配だったのよ?まぁ逃げていたらもう一度”おしおき”するだけど」そう言ってニッコリ笑う母親の目は笑っていなかった。”おしおき”。その言葉で理解してしまった。ああ、やっぱりこの傷は母親がやったのか。そう思うと同時に恐怖心も湧いてくる。もうあんな地獄のような日々に戻るのは嫌だ。それに今度こそ殺されるかもしれない。だからといってこのままじゃいずれ捕まるだけだ。なら、やるしかない。覚悟を決めて母親を睨むように見る。すると母親は不思議そうな顔をして首を傾げた。そして少し考えた後納得したような表情になり嬉しそうに笑いかけてきた。
「大丈夫よ皙。今回はやりすぎちゃったけど”前回”よりひどくないもの。」
「……えっ?」
予想外すぎる答えに思わず間抜けな声が出てしまう。前回ってなんだよ?また頭が痛くなってきたがそれどころじゃない。逃げなきゃ今度こそ命の保証がない。逃げなくては。
「あぁあぁぁぁあ!!!!!」
母さんを押し退けこの場から走り出した。どこまで続くかもわからない道をひたすらに。後ろからは母さんの怒鳴り声と共に何かを引きずる音聞こえる気がするが気のせいだと思いたい。
どれくらい走ったか分からない。だが体力の限界を迎えた頃、ようやく立ち止まった。
「ここどこだよ……」
見渡す限り木しか見えない。こんなところにいても無駄だとは分かっていたがどうしても動く気にはならなかった。
「もう疲れた」
その場で寝転がる。ひんやりとした地面が気持ちよく眠ってしまいそうになるが必死に耐える。母さんから逃げる。それしか考えてなかったが、これからどうするかは全く考えていなかった。しばらくぼーっとしていたが、ここでじっとしている訳にもいかずまた歩き始めた。
蓬菊の花が咲く 鰯 @iwa_si
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