第20話 ピットブルの悲鳴

 アオイのマンションから帰りの車の中。


「この番号は別荘主の追跡装置の番号だ。 追跡しておいてくれ」


 美月に殿岡の車に仕掛けたGPS追跡装置の監視を頼んだ。

 彼は目を覚ました後に死体の処理を誰かに依頼するに違いない。その誰かが知りたかった。


「分かった……危ない事なの?」

「相手しだいだね」

「君って何者?」

「名探偵コ■○」

「ちょっとぉ、真面目に聞いてるの!」


 ディミトリは笑っているだけで答えなかった。

 行く先々で死を振りまく存在なのだから、あながち間違ってはいない例えだと考えていたのだ。


 その後、振り込め詐欺グループからかっさらった売上を回収して帰宅した。

 この売上金は剣崎に渡す事にしたのだ。やばめの紙幣なら剣崎に渡してしまうに限る。


(まあ、替わりにブラックサティバの売上金が手に入ったからな……)


 思惑と違って少ない金額だったが、ある程度の金が手に入ったので機嫌は良かった。


 翌日、加藤理子から電話が有った。


『沢水さんのお願いってどうするの?』


 理子はディミトリが沢水の父親の件に消極的なのを気にしていたのだ。


「もう、手を打った」

『へ?』


 意外な返事に理子は変な声が出てしまっている。


「剣崎のおっさんに情報収集を頼んだのさ」

『あっそ、手が早いのね』


 理子も剣崎の事は知っていた。ブラックサテバを殲滅した時に会っているのだ。

 ディミトリの事をしつこい位に質問されたのを覚えている。


「粗方、察しが付いたからね」

『どういう事?』

「突き止める相手は実行した奴と命じた奴だろ」

『そうだけど』

「あの手帳のヒントで分かったんだ」

「奴らが探しているのは、多分偽札の行方だろうからね……」

『偽札?』

「ああ」

『何でそんな事を知っているのよ……』

「まあ、強奪した奴に心当たりが有るからさ」


 強奪した本人だとは言えないので、ディミトリはすっとぼけた。


『で、突き止めてどうするの?』

「それは相手の出方しだいだ」

『?』

「権力にあぐらかいてる奴なら、俺じゃなくて剣崎のおっさんの出番じゃね?」

『それもそうね』


 確かに政治的な荒事だったら公安警察の領分だ。


『危ない事に首を突っ込むのが好きなんだと思ってたわ』

「辞めてくれ、俺は金が欲しいだけだ」

『その割には嬉々として住み慣れた戦場みたいに銃を振り回すじゃない』

「いや、眼の前の火の粉を払っているだけさ」

『火の粉の方にワザワザ避けているようにしか見えないわ』

「何時だってそうだったろ」

『まあ、確かにね……クスクス』


 そう言うと二人で笑ってしまった。


「兎に角、これ以上は沢水に関わり合うのは止めときな」

『何で?』

「どういう結果になっても彼女の望んだ通りにはならないのは目に見えている」


 着地点が胡散臭さい事になりそうである。これ以上、彼女に手を出して欲しく無いのだ。


「平穏無事な生活を送りたいんだろ」

『そうなのよねー』


 どうやら理子は首を突っ込むのを止める気は無いようである。お節介な性格が追加されたのかもしれない。


(困ったお嬢さんの俺だ……)


 翌日、学校に行くと鮫島が寄って来た。


「昨日のデートは上手くいった?」

「そんなんじゃないよ、親父さんの事件を調べてくれって頼まれただけだよ」

「何処ぞの子供探偵みたいだな」

「いや、俺は死神じゃねぇし」


 本当は疫病神だが黙っていた。

 そんな鮫洲との日常会話を楽しんでいると、邪魔をして来るのが居る。


「ボケーッと突っ立って居るんじゃねぇよ!」


 いつも鮫洲にちょっかいを掛けてくる連中のコバンザメが突っかかってきた。

 別に二人は邪魔になるような場所に立っていた訳ではないのにだ。


「ああー、はいはい」


 面倒臭い奴だなと思ったディミトリが、適当に相槌を打つと何故か怒り出した。

 やはり手で蝿を払う仕草は拙かったらしい。


「粋がっているんじゃねえよ」


 そう言いながらディミトリの腹を蹴って来た。普段なら軽く交わすのだが今日は体のキレが悪く当たってしまった。

 だが、そこは運の悪い事に手当てをして貰ったばかりの場所だ。


「ぐあっ……」


 大した威力のない蹴りだったが、ディミトリは片膝をついてしゃがんでしまっている。


「え?」


 慌てたのは蹴った本人だ。酷く動揺してアワアワしていた。

 そして、傷口が開いたのか出血し始めているようだ。どんどんとシャツに血が広がっていった。


「どうした!」


 慌てたのは鮫洲も同じだった。あの若森が片膝を付いてしまっているのだ。何が有ったのかと心配になったのだ。


「ええ!」

「きゃあっ!」


 近くに居たクラスメートらちも悲鳴を上げていた。うめき声を上げて倒れかかっているのだから当然であろう。

 そして、先に登校して教室にいた沢水も気がついたようだ。飛ぶような感じで走ってくる。


「くっそ、血が止まらねぇ」


 ディミトリは歯を食いしばって片手で傷口付近を抑えていた。額に脂汗が浮かんできている。


「止血しないと……」


 沢水が自分の小さなハンカチをあてがってきた。


「ほ、保健室に連れて行こう……」


 鮫洲が提案して肩を持ち上げようとしている。


「早く」


 沢水と鮫洲に両方から抱えられてしまっていた。


「いや、一人で行けるし……」


 ディミトリは額に脂汗を浮かべながら強がってみせた。


「何言ってるのよ……」


 沢水が血の気が引いた顔で睨んできた。鮫洲は無言で脇を支えていた。

 鮫洲はディミトリが拉致犯を問答無用で撃ち殺しているのを知っている。この怪我もその関連ではないかと危惧していた。


 二人はディミトリを連れて保健室入り、椅子にそっと座らせた。保険医はもちろんアオイだった。

 昨日の今日で、また出血するような怪我をしているディミトリに目を剥いている。


(あっ、これは絶対に激怒しているパターンだ)


 瞬時にディミトリはアオイの感情を読み取った。怒っている時のアオイはかなり面倒な説教をかましてくる。普段大人しい人物が怒りだすと手に負えないのは良く分かっているつもりだ。

 だが、二人きりでは無いので彼女は黙って手当てをしていた。


「……」


 もちろん、アオイの背後には怒りのオーラがメラメラと燃え上がっている。

 きっと、獰猛で知られるピットブルですら鳴きながら逃げ出すに違いない。


「だ、大丈夫か?」

「平気か?」


 手当の間、蹴った当人と鮫洲は一緒にオロオロしていた。

 沢水は自分のハンカチとディミトリが着ていたシャツを洗っていた。血液は早く落とさないと跡が残りやすいのだ。

 彼女はきっと良いお嫁さんになるだろう。


「ここは私に任せて貴方たちは教室に行きなさい」


 アオイが三人に教室に行くように言った。授業開始の時間が迫っているからだ。


「でも、大丈夫なんですか?」


 鮫洲が心配してアオイに声を掛けている。


(ああああ、二人きりにしないで……)


 ディミトリは怯えた子犬のように鮫洲を見ていた。このままでは小一時間の説教が待っている。

 ピーマンよりも苦手な部類だ。


「君たちがいても何も出来ないでしょ」


 アオイの無常な一言で鮫洲たちが追い返されてしまった。


(ああ……待って……お願い…………)


 これで万事休すと思われていたが思いがけない助っ人が現れた。

 入れ替わるように担任が飛んできたのだ。


「怪我をさせられたと聞いたが本当か?」


 彼が怪我を良くしてしまうと保護者の祖母から相談を受けていたからだ。

 クラス内で虐めが発生しているのではないかと心配しているのだ。


「元の怪我は父親が残したバイクを修理していて、誤って工具を使って怪我をしただけです」


 ちょっと苦しいが、何となく筋が通ってそうな嘘を付いた。


「それが開いてしまっただけなので、彼がふざけて戯れたのが問題では無いですよ」


 シレッとした表情で答えた。傷口が刃物で付いているらしいのはアオイは知っているが何も言わなかった。

 彼女はディミトリを見張るために着ているので、この学校の問題には無関心なのだ。


「じゃあ、校内の怪我では無いと……」


 担任の顔が安堵するのが分かった。

 虐めや校内暴力が多発する学校は高校からの受けが悪いのだ。他の在校生の将来に影響を与えてしまう。

 その事を心配していたらしい。


「はい、そうです……」


 担任の不安を解消してあげたディミトリは自分の教室へと帰って行った。


(放課後にアオイに説教されるかもしれんが、この場は何とかなったな……)


 とりあえずは誤魔化せたと安心した。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラックコア3 百舌巌 @mosgen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ