第3話


 本来なら数日かけて魔王討伐記念祭が行われるが、今年は事情が違った。露天は憲兵によって追い出され、国を挙げて軍が編成されることになった。どれほど文明が進んでも、人の口に建てる戸はまだなく、魔王が復活し王を襲ったことは一夜にして広がった。

 単身乗り込んできた魔王に、王が果敢に立ち向かい、誰一人欠けることなく追い返した事も併せて広がっている。


 玉座に座っていた男、影武者は王の私室へと呼び出され、その重い足を引き摺るようにして渋々入室した。かしずく間もなく、王が立ち上がり怒鳴りつける。


「貴様のせいで、貴様のが影武者だとバレたせいで!どうしてくれる!魔族の襲撃が始まってしまう!」

「はあ……」

「どう責任を取るのだ!!」


 唾を飛ばしながら吠え立てる小太りの男、この国の王の姿は誰が見ても無様だ。胸元の護符アミュレットは、華美な装飾で飾り立てられていて、中心には高位の魔物の核が埋め込まれている。そういうところが、魔王の意に染まぬとなぜ気付かないのだろうか。

 影武者は不快な顔を隠しもせず、汚物を見るような目で王を見下ろした。普段と違う影武者の様子に、僅かに王がおののく。


「では私なりに、責任を……と思いましたが、はそれを望んでおられない様子」

「何を言っている……?」

「ここでお前の首を持ち帰ってもいいが、此度は見逃してやろうと言ったのだよ」


 影武者が闇に包まれ、その姿が変貌していく。すらりと伸びていた足は太くぬつるいた触手に代わり、豪奢な衣服は消え去って腹部からは岸壁のように堀の深い筋肉があらわになった。腕は二回りは太くなり、大樹の枝のようだ。表情は涼やかな顔から憤怒に代わり、刻まれた眉間の皺にはいくつもの恨みが込められている。


の許可さえあれば、貴様など塵も残さず滅してくれようものを……」

「ひぃぃ!!だ、誰か!!」

「王が重い腰を上げてくれたおかげで、私は任務を終える事ができる。そこだけは感謝するが、この屈辱はいつか晴らさずにはおれまいとも。なあ、愚鈍な人の王よ」


 魔物は、王の護符をむしり取る。いくら高位の魔物とはいえ、格下の核であればこの者に効きようもない。そして格下であれど、同胞の亡骸なのだ。目の前にあって、どうして置いていけるだろう。

 魔物が空中を裂くように手を動かすと、その奥にはまるで違う景色が現れる。その裂け目の中に、王の私室に飾られていた魔物の剥製や、魔物を素材とした調度品が吸い込まれていく。


「このとむらいが終われば、私の仕事はひとまず完了だ。震えて眠れ、愚鈍な王よ」


 未だ不明瞭な叫びを上げる王の腹を抉るように打ち込む。拳は鳩尾に深く刺さり、王の意識は消えた。

 魔物は目を見開いて、少し慌てたようにその息の根を確かめて、それから安堵の息を吐いて、家具と同じように裂け目へと吸い込まれていった。少ししてから、破れた貴族服が裂け目から吐き出されて、裂け目は音もなく消える。


 衛兵が異変に気付いたのは、翌朝のことであった。二度も侵入を許した衛兵は、王の強い叱責を受けることになったが、魔物には関係のないことである。

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魔王「最近人間調子乗ってない?」 山上 美智子(やまのうえ みちこ) @raibaruhatako

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