第45話 三人の会食

 


「(昨日の今日だけど、いるかな、シオン君……)」


 シオン・クロサキと共に昼食をとる約束をしたアルフォンス=フリードは、その約束を取り付けた翌日、早速さっそく昼休み時間に学園内の食堂を訪れた。


 アルフォンスに気付いた食堂内の生徒達は、ドラゴンから学園を救った英雄の登場にざわついた。


「(……やっぱり、まだ慣れないな……)」


「学園を救った本当の人物は自分ではない」という気まずさから苦笑いを浮かべるアルフォンスだったが、「(……まぁ、時間が過ぎれば落ち着くはずだし、気にしても仕方ないか)」と気を取り直した。


 シオンは「大体いつも二階席にいる」と言っていたので、アルフォンスは一階で昼食を受け取り、トレーを手に二階へ上がった。


 二階席でもはやり生徒達の視線を集めるアルフォンスだったが、なるべく意識しないようにしながら、シオンの姿を探した。


「!」


 シオンがいないようなら先に席を取っておこうとアルフォンスは考えていたが、その矢先にシオンの姿を発見した。


「よお、アルフォンス。こっちだ」


 四人席テーブルに食事の乗ったトレーを置いて待っていた様子のシオンが、アルフォンスに向けて手招きをする。


 シオンの合図通りにアルフォンスがそこの席に向かうと、シオンの右隣の席には既に他の生徒が座っていた。


「……えっ!?」

「!」


 その生徒が誰か分かった時、アルフォンスは驚愕に目を見開いた。


「ユ、ユフィアさん……!?」

「驚いた……。シオンの言ってた人って、アルフォンス君だったんだ」


 シオンの隣に座っていた生徒は、クロフォード魔術学園第二学年序列一位であり、アルフォンスと同じクラスに所属しS級の称号を持つ生徒、ユフィア・クインズロードだった。


 表情からは読み取れないが、どうやらユフィアも驚いているようだった。


「シオン君の言ってた一緒に食べる人って、ユフィアさんだったの……!?」


「ああ、まぁな」


 と、至極当然のように答えるシオンに対して、アルフォンスは全くの想定外の状況にポカーンと口を開けたまま、立ち尽くしていた。


 Cクラスのシオンと、学年序列一位のユフィア・クインズロードとの接点など、アルフォンスにはまるで想像が出来なかった。


 そもそも、普段クラスの誰とも話さないユフィアに一緒にご飯を食べるような友達がいる事さえ信じ難かった。


 それだけでも意外性が強すぎるのに、それに加えてその相手がシオンだとは。


 そんな、脳の理解が追いつかないアルフォンスに、シオンは至って冷静に声を掛けた。


「何してんだアルフォンス。早く座って、食おうぜ」


「あ、ああ……。そうだね……」


 明らかに不自然な状況の中で、ごく自然なシオンの態度はアルフォンスを更に混乱させる。


 困惑したままのアルフォンスは言われるがままに机にトレーを置き、シオンの向かいの席に着席した。


 ◇


 何気ない日常の中、気さくに友人と合流するかのように、シオンは至って平静な振る舞いをしていた。


 が、しかし。


 その実、彼は内心では大はしゃぎをしていた。


 理由は、「アルフォンス=フリードがシオンの理想のままのリアクションを取るから」に他ならなかった。


 前日、シオンは全ての功績をアルフォンスに押し付けた事以外は"本当の事"しかアルフォンスに言わなかったが、シオンが故意に思わせぶりな態度を取った結果、アルフォンスの中のシオンに対する認識は現在、"正面から終焉の黒殲龍シュヴァルディウスを返り討ちにした人物"であり、"決して只者ただものではない謎多なぞおおき人物"、となっている。


 そのような人物が、今度は「接点があるとは到底思えないような学園最強の女子生徒」を友達として紹介してきた。


 そうなれば、アルフォンスの中でのシオンに対する「只者じゃない」という認識は更に強くなり、「一体何者なんだ」と困惑する。


 その困惑こそ、まさにシオンの望んだものだった。


 シオンはアルフォンスに対して「別に、大した事じゃないだろう」とスカした態度でいるが、その実「学園最強?俺、友達だけど?」と、内心では滅茶苦茶ドヤ顔を決めていた。


 前日、アルフォンスに昼食時に一緒になる人物がユフィアだと言う事を伏せた時点から、シオンの「只者じゃない奴ムーブ」は始まっており、現在の状況は全て彼の計算尽くだった。


 驚きを隠せない様子のアルフォンスを見て、シオンはニマニマしそうになるのをどうにか堪え、真顔を維持していた。


 しかしそこで、シオンにとって想定外の事が起きた。


 それは……。


「お、おい見ろよ、あのアルフォンス=フリードと同席してるの、S級のユフィア・クインズロードだぜ……!」

「うちの学園のトップツーじゃねぇか!」

「学園最強のユフィアさんと、英雄のアルフォンス君が並んでるなんて……!」

「二人揃うと、とんでもないオーラだな……。同じ学生とは思えねぇ」

「それにあの二人、恐ろしい顔面偏差値の高さだ……」

「待てよ、あの二人が揃ってるのも中々の光景だが、それより気になるのは……」


「学園トップツーと一緒に飯食ってるあのC級グレーライン……、一体何者だ……?」


「(…………ッッ!!!!)」


 シオンの耳に聞こえたのは、観衆オーディエンスからの驚きの声だった。


 クロフォード魔術学園では、己の実力や権威を誇示する為に、格下のクラスの生徒とは馴れ合わないという悪しき文化が根強く存在している。


 彼らにとって、格下のクラスの生徒とつるむと言う事は、=己と同格だと認めるという行為に等しいのだ。


 そのような認識の強い生徒達にとって、稀代の天才と言われるS級二人と、あろうことかC級の生徒が一緒に肩を並べて食事をしているなど、異様な光景でしかなかった。


 更に、授業においても、年に数度の特別な課外授業を除けばAクラスとCクラスで一緒になる事はまずない為、そもそも交流の発端さえ想像も出来ない。


 にも関わらず、二人揃うだけで圧倒的なオーラを放つS級の生徒二人と、ただのC級の生徒が同じテーブルで食事をしてるという異常事態。


 観衆から驚きの声が上がるのも当然だった。


「どうしてあの二人が、C級なんかと……」

「いや、でもあのC級も何だか異様に雰囲気がある気がするぞ……」

「ああ、あれだけオーラの強い二人と一緒にいるのに、全く不自然じゃない」

「それに、綺麗な銀髪と金髪の二人に目を引かれてしまいがちだけど、あの黒髪の人も劣らないくらい整った顔をしているわ……」

「もしかして、あのC級グレーライン……」


……!?」


 突如、想像を絶する快感が不意打ちのようにシオンを襲った。


 学園最強の二人と並び、観衆から「只者じゃない」という目を向けられる。


 これではまるで、シオンの日頃の妄想そのものであった。


 シオンの中に沸き、徐々に膨れ上がっていくその快感は計り知れず。


 その快感に、常人であればまず耐えられなかっただろう。


 目尻はだらしなく垂れ下がり、口元の筋肉は制御出来ないほどに吊り上り、よだれを垂らし雄叫びを上げながら踊り狂うのは間違いない。


 しかし、シオンは持ち前の強靭な精神力と天才的な表情筋の支配により、平静な振る舞いを貫いていた。


 彼だって、高らかにガッツポーツを上げながら、歓喜の声を叫び、踊り狂いたい衝動に駆られていた。


 それでも耐え抜いたのは、流石シオン・クロサキ。世界最強のドラゴンをも退けた男だと言わざるを得ないだろう。


 そんな彼に、右隣に座るユフィアが小声で耳打ちをした。


「……ねぇ、シオン。何だか凄く注目を集めちゃってるけど、良いの?いつもは目立たないようにしてるのに」


 普段、シオンとユフィアが食堂で一緒になり、二人で食事をする事になった時には、窓際にあるカウンター式のテーブル、それも一定間隔に仕切りがあり、誰と誰が一緒にいるのか周囲には分からないような席で食べるようにしている。


 更に、シオンとユフィアが二人で魔術の練習を行う際にも、敢えて利用者の少ないエリアにある実技訓練場を利用し、二人が一緒にいるところを周りに知られないようにしている。


 "二人っきり感"の強く出るそれらの場所の利用はユフィアにとって非常に好ましいものではあったが、それらは全てシオンが提案した事であり、理由は「S級のユフィアとC級の自分が一緒にいるところを周囲に隠し、目立たないようにする為」であった。


 その為、今回このような事態になり、ユフィアはシオンに「隠さなくて良いのか」と確認をとったのだ。


 それに対し、シオンはユフィアと同じように小声で答えた。


「ああ、問題ない。───むしろ、これで良い」


 そう、彼にとっては、まさに注目されている状況これで良かった。


 彼が今までユフィアとの関係を周りに隠し続けて来たのは、「ただのC級でありながら、実は裏で学園最強と交流がある」という優越感に浸る為でもあるが、それに加え、こういった状況を作る為の布石でもあった。


 更に言うなれば、彼が普段「実力を隠しているように見えるように振舞っている」のも、全てはこういった状況になった時に「あいつ何者なんだ!?」と周囲を沸かせる為の前振まえふりと言っても過言ではない。


 ゆえに彼がこの状況を拒もう筈もなく、まさに大歓迎のシチュエーションであった。


「そう……。シオンが良いなら良いけど、ちょっと、恥ずかしいね……」

「お前ら二人は目立つからな。まぁ、あまり気にするな。じきに慣れる」

「うん、分かった」


 ◇


 席に着いたアルフォンスは、周囲のざわつきよりも、目の前の二人に意識が集中していた。


 日頃から無表情で無口を崩さず、孤高という言葉が最も似合っているようなユフィア・クインズロードが、男子生徒と肩を触れ合わせながらお互いに顔を近づけて小声で会話をしている。


 これまでのユフィアのイメージからはまるで想像もつかなかった光景に、


「(シオン君とユフィアさん、本当に昔馴染みなんだぁ……)」


「(ほえー)」っと、アルフォンスは胸中で呟いた。


 未だにアルフォンスに衝撃の余韻が残っている中、シオンとアルフォンスに対して、ユフィアが口を開いた。


「……そう言えば、シオンはどうしてアルフォンス君と仲良くなったの?」


「ああ、それは──」

「アルフォンス」


 ユフィアの質問にアルフォンスが答えようとすると、それをシオンが途中で遮り、ガタっと椅子を鳴らして席を立った。


 そのまま向かいのアルフォンスの席まで歩き、肩を組むようにしながらアルフォンスの耳元に顔を寄せたシオンに対し、


「え?なに、シオン君、どうしたの!?」


 と、アルフォンスは激しく動揺しながらシオンに尋ねた。


 問われたシオンは、「実は……」と、手で自身の口元を覆い隠すと、アルフォンスの耳元で小声で話し始めた。


「ユフィアは、俺があの日ドラゴンと顔を合わせた事を知らないんだ」

「え、そ、そうなの?」


 シオンの声量に合わせて、アルフォンスもユフィアに聞こえないような小声で聞いた。


「ああ。あいつには『ドラゴンが来た日に俺は食堂に行っていない』って伝えてある。もし、それが嘘だってバレたら……、大変な事になる」

「大変な事に……!?」

「そうだ。本当にとんでもない事になってしまう。だから、俺があの日に食堂にいた事は内緒にして欲しい」

「君が言うなら、よっぽどの事なんだろうね……。分かった、内緒にするのは良いけど、それじゃあユフィアさんの質問には何て答えるの?」

「今から俺が上手い具合に話をでっち上げるから、アルフォンスはそれに話を合わせてくれ」

「わ、分かった。頑張るよ」

「悪いな……。頼んだ」


 言うと、シオンはアルフォンスから離れ、元の席に着いた。


 シオンの言う"とんでもない事"とは、具体的に言えば「凶悪なドラゴンの前に立ちはだかったなどという危険な行動をユフィアが心配し、更にそれを隠されていた事に深いショックを受け滅茶苦茶凹み大泣きする」という事態だったが、変に深読みしたアルフォンスはまるで世界の危機であるかのような緊張感を持ち、ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。


「どうしたの?シオン」


 アルフォンスとの小声でのやりとりを疑問に思ったユフィアが、シオンに問いかけた。


「アルフォンスのズボンのチャックが開いてたから、こっそり教えてやったんだよ」

「!?」

「そ、そうだったんだ。ごめんなさい、アルフォンス君。デリカシー無い事聞いてしまったわ」

「!?……あっ、いや、良いんだ、もう誰かに見られる心配はないしね!ありがとう、助かったよ、シオン君」


 アルフォンスは、早速シオンの話に合わせた。


「それで、俺とアルフォンスが知り合った経緯だったな」

「うん、聞きたい」

「知り合ったのは、実は昨日なんだ」

「昨日?」


「(そっか、僕たちが本当に会ったのは黒殲龍の時が最初で、それから昨日まで僕は学園に来てなかったから、黒殲龍の件を隠す為に会ったのは昨日って事にするんだね)」


「ああ。昨日、食堂二階席ここでいつも通り昼飯を食ってたら、何やら周りがざわついてな」


「(昨日僕がここに来た時の話かな?とにかく、彼の話をよく聞いて、矛盾がないように話を合わせよう)」


「気になって周りの視線の先を見てみたら、料理のお替りがセルフ用に置いてあるテーブルの側で喚いてる生徒がいてな」


「(……あれ、そんな人いたかな?あ、そうか。その生徒が切っ掛けで知り合った事にするんだね)」


 シオンに話を合わせられるよに、頭の中で架空の状況を整理するアルフォンス。

 ──だが、話はアルフォンの予想だにしていなかった方向へと進んだ。


「よく聞いたら、空になったパンのバケットの前で『パンがない!僕のパンがない!』って泣き叫んでたんだ」


「す、凄い人がいたんだね……」


「ああ。周りも皆ドン引きだったな」


「それで、どうしたの?」


「実はな、その泣き叫んでいた男子生徒こそ……、───んだ」



「(…………。…………ッ!?)」 



 想定を遥かに超えためちゃめちゃな設定に、アルフォンスは思わず咀嚼そしゃく中の食べ物を吹き出しかけた。


「あまりに可哀想だったから、俺が手を付けてなかったパンをアルフォンスにあげたんだよ。そしたら、こいつ泣いて喜んでさ。それで、仲良くなったんだ」


「(待ってシオン君!?そんな話、信じて貰えるかな!?嘘がバレたらマズイんだよね!?もっと他にあったんじゃない!?)」


「そ、そうだったんだ……」


「(ユフィアさん!?)」


 しかし、アルフォンスの心配とは裏腹に、ユフィアはシオンの話を疑わずに信じた様子で、更に言えば、明らかに引いていた。


「アルフォンス君、パン、好きなんだね……」


 17歳の男がパンがないと言う理由で人前で泣き喚き、更にはパンを恵んで貰い喜びの涙を流す。


 そんな男に侮蔑以外の、それも理解を示すような言葉を掛けるなど、なんと思いやりに溢れていることだろうか。


 しかし、その優しさがまたアルフォンスにとっては辛かった。


「(けど……、こうなったら、シオン君の話に合わせるしかない……っ」


「……あ、ああ……」


「(彼には返し切れない恩がある、それに比べたら、これくらい……!!))」


 アルフォンスは、シオンに話を合わせる事を決心した。


「凄く、好きでね……。パンが食べられないと、癇癪かんしゃくとか、めちゃめちゃに起こしちゃうんだ、僕……、は、はは……」


 必死に笑顔を浮かべながら、アルフォンスは乾いた笑い声を上げた。


「そ、そう……」


 しかしユフィアは、無表情からでも分かるくらい、……引いていた。


「(耐えろ……耐えるんだ、僕……。命の恩人の頼みなんだから……っ)」


 アルフォンスは、精神こころにダメージを負った。


「(悪いな、アルフォンス)」

 と、シオンから送られてきたアイコンタクトに対し、

「(良いんだ、君の為なら、お安いご用さ……)」

 と、アルフォンスもアイコンタクトを返した。


「……ま、まぁ、僕とシオン君の出会いはそんな感じかな!」


 アルフォンスは、必死に気持ちを切り替えた。


「それよりも、僕はシオン君とユフィアさんの関係こそ気になるな!」

「私達の?」

「うん。シオン君から昔馴染みとは聞いてたけど、具体的にどういう関係なの?」


「俺とユフィアは王国北部の同じ街出身で、地元の魔術学校の初等部時代にクラスが一緒になって仲良くなったんだ」

「うん。懐かしいね」


 シオンの話を肯定したユフィアは、無表情ながらにどこか嬉しそうだと、アルフォンスは感じた。

「きっと、昔の二人には素敵な思い出が沢山あるのだろう」と、アルフォンスも微笑ましく思えた。


「そうなんだ。二人の接点が全く想像出来なかったけど、それなら納得だね」

「まぁ、知らない人からすれば意外かもな」


「うん、意外なのは間違いないね。今でもそう思うし。二人はさ、学校が休みの日は一緒に遊んだりもしてたの?」

「ああ。よくひとの犬を勝手に放したりして遊んでたぞ」

「わ、悪ガキだ……」

「あとはそうだな、食い逃げとかもよくやってた」

「普通に犯罪だ……」


「嘘、全部うそ」


 真顔で語ったシオンの後に、ユフィアが冷静に否定した。


「休みの日は、私はいつも家で魔術の自主練習をさせられてたから……」

「(本当は、シオンと一緒にいたかったけど……)」


「そうだったんだ。何かごめんね。まぁ僕も似たような境遇だから、気持ちは分かるよ」


「名家ってのは大変だな」


 三人の中で最も過酷な鍛錬を長きに渡って積んできた男が、非常に暢気な事を言い、暗くなりかけた話題をまとめた。


「まぁ、ね……。あ、そう言えば、同じ学校出身って事は、シオン君はクロフォード魔術学園ここに入学する前のユフィアさんも知ってるんだよね。やっぱり、昔から魔術は凄かった?」

「大した事ないよ」


 謙遜するユフィアだったが、アルフォンスは確認するようにシオンに目をやった。


「ほんと?」

「いや、大した事ありまくりだったな」

「だよね」


 うんうん、とアルフォンスは頷いた。


「うちの地元を8割焼け野原にしたり」

「えっ」

「してない、してない」

「地元の近くの山を更地にしたり」

「えぇ!?」

「嘘、うそ」

「さ、流石に冗談だよね、良かった」

「ぶっ!?あっははははは!それは流石に僕でも冗談だって分かるよ!」


 その異常な光景を想像し、思わず笑い声を上げるアルフォンス。


 しかし、当のユフィアは無言で俯いていた。


「えっ……」


「……」


 アルフォンスが困惑の声を出すも、未だにユフィアからの否定の言葉が入らない。


「もしかして、それは本当……?」


 コクリ、と、シオンは真顔で頷いた。


「しかもその中年男性は、俺らの地元の学校の実技指導員だった人だ」


「えっ、えっ?どうして……そんな事に……」


 驚愕の表情を浮かべるアルフォンスに対して、ユフィアは観念したように口を開いた。


「………だってあの人、シオンの事、……悪く言ったから……」


「そんな軽い理由で少女に衣服を八つ裂きにされて空中で振り回された悲しき中年が、この世には存在するんだ」


「え、えぇ……」


 アルフォンスは、引いていた。


「私にとっては、軽い事じゃない……」


「そ、そっか……。ユフィアさんは、友達思いなんだね……」


 ドン引きしながらも、アルフォンスは必死にフォローを入れた。


「ちなみに、それから地元でユフィアは"号泣ごうきゅう半裸はんら中年ちゅうねんまわおんな"の異名で呼ばれていた」


「な、長いね……」

「私、そんな名前で呼ばれてたの……」


 ユフィアは、精神こころにダメージを負った。



「──それにしても」


 シオンとユフィアの昔の話題がひと段落した後、アルフォンスが再び話を切り出した。


「ユフィアさんがこんなに喋るなんて、失礼かもしれないけど、ちょっと想像出来なくて驚いたよ」

「そうか?」

「うん。クラスでこんなに人と話してる所なんて、見た事ないから」

「……そうかも」

「何だユフィア、お前クラスで話すような相手いないのか。俺と一緒だな」

「えぇ!?シオン君、クラスで仲の良い人いないの!?え、な、なんで!?」


「こんなに優しくて気兼ねなく話し易い上に、話をしていて楽しい人なのに」、とアルフォンスは驚きの声を上げた。


「俺は馴れ合いを良しとしない。孤高の体現者、歩く一匹狼とは俺の事だ」


 アルフォンスの疑問に、シオンは真顔で答えた。


「今、めちゃくちゃ馴れ合ってる気がするんだけど……。それと、一匹狼は元々歩くよね、普通に……」


「そんな事より、ユフィアはクラスに話す相手がいないのか?一人も?」

「(そんな事より)」

「うん……。今はシオンが側にいるから話せるけど、やっぱり、人と仲良く出来る様に喋りかけるのは、得意じゃない」

「あ、でも、そう言えば最近はエリザさんとたまに話をしてるよね」

「エリザ?エリザ・ローレッドか?」

「そう、学年三位のね」

「あれは……、話してる、というより……、『もう一回勝負しなさい』とか、『次は負けない』とか、そういうのに受け答えをしてるだけだから……」

「あ、そうだったんだ。ごめんね、何か勘違いしちゃって。てっきり、そこそこ仲が良いのかと」


「まぁ、あのイカレ女とはあまり関わらない方が良い」


 そう口にしたのは、意外な事にシオンだった。


「え?シオン君、エリザさんの事知ってるの?」

「知ってるも何も、俺はこの前あの女に半殺しに───」


「ちょっと、誰がイカレ女よ!!あんたにだけは言われたくないっつーの!!!」


 彼の言葉を遮るように怒声を発しながら現れたのは、赤髪の女子生徒。


 学年序列三位であり、まさに話題の当事者、エリザ・ローレッドその人であった。


「え、エリザさん?」


 突然のエリザの登場に困惑するアルフォンス。


「よっ」

「よっ、じゃねーんだわ!!慣れ慣れしくすな!!」


 軽く手を上げて気さくな挨拶をするシオンに対し、エリザは純度の高い敵意を返した。


「えっ、何、シオン君、エリザさんと知り合いなの?」

「ああ、まぁ。ちょっとな」

「っていうか、こっちこそ聞きたいわよ。一体どういう集まりなのよ、これ。あんた、二人とどういう関係?」

「昔からフレンドと昨日からフレンドだ」

「あんた喧嘩売ってんの?」

「ま、まぁまぁ、エリザさん、落ち着いて……」


 額に青筋を浮かべるエリザをアルフォンスがなだめる中、ユフィアがシオンに問いかけた。


「シオン、エリザさんと知り合いなんて、私知らなかった……。二人は、どういう関係?」


 ユフィアは無表情で声色も至って平坦なものだったが、どこか寂しそうで、少しだけ拗ねたような雰囲気が感じられた。


「こいつと私の?……うーん、そうね……」


 問われたエリザは、関係を言い表すのが難しいのか、トレーを持つ手とは反対の手を顎に当てて唸った。


 しかし直後、シオンはその答えをサラっと口にした。


「端的に言えば、""だな」


「「!?」」


「はぁ!?ちょ、あんた何言ってんの!?」


 シオンを除く三名が、同じように驚愕した。


「エリザさん、シオンの、パ、……下着、見たの?」


「ち、違うわよ!!違くはない、けど、こいつが自分から見せてきたのよ!!!」


「シオン君!?」


「俺が入った倉庫で、何故かエリザが着替えててな。事故で下着を見てしまったから謝罪したんだが、こいつが『あんたのパンツも見せろ!』って怒り狂うもんだから、仕方なく」


「いやぁ参った参った」、と言わんばかりにシオンは腕を組みながら口にした。


「エリザさん、年頃の女性が見知らぬ男性にそれは、ちょっと流石に……」

「……痴女」


「「(まぁ、見たい気持ちは分かるけど)」」


「ちっがーう!!!」


 口に出した声と胸中の声、どちらも同意見を出したアルフォンスとユフィアに対し、エリザは必死に否定の怒声を上げた。


「あんた、まじでいい加減にしないと締め殺すわよ!?」

「ま、まぁまぁエリザさん、落ち着こうよ。冗談なのは分かってるからさ……!それにほら、皆、凄く見てるから……っ」


 鼻息を荒くするエリザだったが、アルフォンスに窘められながら周囲を確認すると、怒り狂う自身に食堂内からの視線を集めてしまっている事にハッと気付いた。


「(落ち着きなさいエリザ・ローレッド。ローレッド家の娘がこんな頭のおかしい奴に怒る事ほどみっともなく、無意味な事はないわ……)」


「あんた、マジで覚えてなさいよ」


 深く息を吐き、最後にシオンを睨みつけてどうにか気を静めたエリザは、今度はシオンではなくユフィアの方へ向き直った。


「私とこいつの関係なんて今はどうでも良いわ。そんな事より、私はユフィアさんに話があるのよ」


「私に?」

「ええ」


 身に覚えのなさ気なユフィアに対して、エリザは頷いた。


 すると、先程から昼食の乗ったトレーを片手に立ちっぱなしのエリザに、シオンが声を掛けた。


「じゃあ、座って話したらどうだ?そこ、空いてるぞ」


「え、いや、私は……。っ、そ、そうね。そうさせて貰うわ」


 シオンに言われ、一瞬拒否しそうになったエリザだったが、流石にトレーを持ったまま会話を進めるのは気が引けたのか、言われた通りにアルフォンスの左隣の空席、ユフィアの正面の席に座った。


「それで、私に用って?」


 改めて問いかけたユフィアに、エリザは話を切り出した。


「ユフィアさんあなた、騎士学園との対抗戦の選抜、断ってるらしいじゃない」


 エリザの言う騎士学園との対抗戦とは、今から3週間後に行われる、王国内の騎士学園とクロフォード魔術学園の代表者5名ずつによる、実戦形式の試合である。


 クロフォード魔術学園の代表者の選抜は教師陣による指名で選ばれるが、どうやらユフィアはそれを断っているという話だった。


「ええ、そうね」


「……どうしてか、理由を聞いても良いかしら?」


「それは……」


 僅かに言い淀んだユフィアは、一瞬、ちらりとシオンの方を向いた。


「?」


 シオンは首を傾げた。


「……あんまり、大勢の人の前で見世物みたいに戦うのは、好きじゃないから」


 改めてエリザの方へ顔を向けたユフィアは、そう答えた。


「え、そんな理由だったの?何か、もっと別の事情とかじゃなくて?」


「……ええ、そう」


「それだけの理由なら、代表になりなさいよ!じゃないと、私が困るわ!」


「ん?どうしてエリザさんが困るんだい?」


 エリザの言い分に、アルフォンスが疑問を呈した。


「アルフォンス、あんたもそうだけど、私も既に代表入りが決まってるのよ。それなのに、序列で上位のユフィアさんが出なくて、下の私が出場するなんて、まるでお情けで出場権を貰って張り切る道化みたいじゃない!コケにされてる気分だわ!」


「ふぉっふぉっふぉ、少女よ。コケにされたくなければ、強くなりたまえ。誰にも何も言われないくらい強くなって、周りを黙らせるのじゃ」


 突然割って入ったきたしゃがれ声。それは右隣のユフィアの髪を口元に垂らすように当てているシオンだった。


「黙れ、喋んなお前。あと、ユフィアさんの髪で仙人せんにんの髭みたいにすなよ」


 エリザは、ノータイムでシオンにキレた。


「ふぉっふぉっふぉ」


「それやめろ。っていうか、ユフィアさんも怒りなさいよ。嫌でしょ、綺麗な髪をそんな奴の口元に当てられたら」


 仙人ごっこを続けるシオンにキレたエリザは、ついでにユフィアに苦言を呈した。


 しかし、ユフィアのエリザに対する返答は予想外のものだった。


「シオンにされて嫌な事なんて、ない」


 ドン、と、ユフィアは真顔で言い放った。


「ユフィアさん……そんなキャラだった?……冷静に考えて?仙人髭せんにんひげの物まねに使われてるのよ?女の子にとってこんな屈辱ないでしょ?」


「シオンの役に立てるなら、銀髪に生まれて良かったと思う」


「驚いた、うちの学年一位ってあたおかだったのね」


 とんでもない事を真顔で言い放ったユフィアに対し、エリザはもはやツッコミを放棄した。


「っていうか、今更だけどあんたシオンって言うのね。今日初めて知ったわ」


「そう言えば名乗ってなかったな。ファミリーネームは"ローレッド"。シオン・ローレッドだ」


「えっ!?嘘!?あんたもローレッドって言うの!?私と同じじゃない!」


「ふぉっふぉっふぉ、嘘じゃよ」


「お前マジで殺す。表に出なさい、決着を付けるわよ」


 ガタッ!っと勢いよく立ち上がったエリザに対し、シオンは余裕に満ちた態度で返答した。


「俺と戦いたければ、まずは俺のを倒してからにして貰おうか」


「はぁ?弟子?」


 露骨に顔を顰めながらシオンを睨み付けるエリザ。


「紹介しよう、俺の一番弟子、アルフォンス=フリードだ」


 バン!とシオンは手を広げ、アルフォンの方へ向けた。


「あんたマジでテキトーな事ばっか言ってるとどつくわよ……。アルフォンス、勝手に弟子にされてるわよ。あんたも何か言ったらどう?」


「うっ……うぅ……。シオン君の愛弟子なんて……、光栄が過ぎる……っ!!」


「やだちょっと、こいつもあたおかじゃない」


 喜びを噛み締めるように涙を流すアルフォンスに対して、エリザはドン引きしていた。


「どうなってんのよ、うちの学園のトップツーは……」


「ふぉっふぉっふぉ」


「ふぉっふぉっふぉじゃねぇんだわ。言っておくけど、あんたが一番イカレてるわよ」




 ◆


 その日、精神にダメージを負ったり、ブチギレたりする中でも、四人はそれなりに楽しい食事の時間を過ごしたそうな。


 そして、その四人の中には、


「お、おい見ろ、今度は二年の学年3位のエリザ・ローレッドまで一緒だ!!」

「ローレッドって、あの名家か!」

「トップツーが化物過ぎて目立ってないみたいだが、聞けば、既に四年生の中に入れてもトップクラスの実力があるらしい!」

「今年の二年はレベルが桁違いだな……」

「おい見ろよ、あのC級、ローレッドとも知り合いみたいだ」

「本当に、一体何者なんだ……彼……」


 という観衆の声が耳に入り、平静を装いながらも内心テンションぶち上がりまくっていた男も、混ざっていたという……。


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