第44話  ユフィアとシオン



 山の中に一人置き去りにされているところをシオンに助けて貰い、彼におうちまで送って貰った日の翌日。

 私を眠らせる為に使われたという薬品の影響は朝には既に残っておらず、魔術も問題なく使えるようだったので私はテレンス魔術学校へ登校した。


 私が自分のクラスに入室しても特段変わった様子はなく、クラスメイト達は前日の出来事については知らない様子だった。


「おはようユフィア。体調はどうだ?」

「あっ、シ、シオン……っ。お、おはよう!体調は、もうすっかり大丈夫だよ……!」

「……?なんか変だが気のせいか?」

「へ、変じゃないよっ!本当に、シオンのお陰でもう平気……!」

「そうか。まぁ、なら良かった」

「それより、昨日は私のせいで、ごめんね……」

「馬鹿言え、ユフィアのせいじゃないだろ。でも、今日こそは点火イグニッションを成功させるつもりだから、放課後付き合って貰えるか?」

「うん、勿論……!」

「良かった。いつも有難うな。それじゃ、また放課後に」

「うん!」


 あまり昨日の事を思い出させないようにさせてくれているのか、シオンは昨日の事については深くは触れず、いつも通りに接してくれた。


 でも、私はどうしても昨日のシオンの事を思い出してしまい、体調は元に戻ったのに、未だに胸のドキドキは収まらなかった。


 それから、いつも通りに授業が始まり、私もいつも通りに授業を受けていたが、ふと気掛かりな事が生まれた。


 それは、昨日私を山に置き去りにした犯人について。


 私を最初に第二東棟に来るように指定したメモ用紙は、実技の授業後、更衣室の私の衣服の上に置かれていた。


 だから可能性としては、同じクラスの女の子の犯行である可能性が一番高かった。


 このまま放っておけばまた何かしらされるかもしれなかったし、せめて犯人だけでも知りたいと私は思った。


 シオンは私を「あそこに放置した奴」から直接私の居場所を聞いたと言っていた。


 つまり、シオンは昨日の出来事の犯人を知っている。


 犯人が判明したところでどうすれば良いかはまだ分からなかったけれど、せめて犯人の名前だけでも聞きたいと思った私は昼休みにシオンから直接聞こうと思った。


 昨日のシオンの姿が頭に焼き付いて、彼の事ばかり考えてしまっていた為に犯人の事なんて少しも考えていなかったのは、我ながら恥ずかしかった。


 実技の授業終わりの昼休み、早速シオンから話を聞こうと思って彼を捜したが、彼の姿は全然見当たらなかった。


 昼食を取るのも忘れて彼を捜し回ったが、それでも彼に会う事は出来なかった。

 

 午後の授業が始まる前に、私が諦めて教室に戻ると、少ししてシオンも教室に戻ってきた。


 そして、彼は私の席に立ち寄って声を掛けた。


「放課後、魔術の練習とは別件の話がある。授業終わりに、に来てくれ」


「…………っ!……わ、分かった……」


 それだけ言うと、彼は自分の席に戻り授業の準備を始めた。


 私も授業の準備を行い、普段通りに授業を受けた。


 ………


 ……


 …


 放課後、シオンに断りを入れて授業の内容を少しノートにまとめた後に、シオンに言われた通りに第二東棟へと向かった。


 そして一番奥の空き教室の扉を開けると、中には三人の生徒がいた。


 一人はシオンで、もう二人は先日の放課後にシオンと口論になっていた二人の女子生徒だった。


 シオンの様子は至って普段通りだったが、女子生徒二人の顔色は異様な程に青ざめており、入室してきた私に対して怯えるような目を向けた。


「えっと……、シオン、これは……?」


「この二人が、お前に話があるらしい」


「なぁ?」と、シオンが二人に声を掛けると、彼女らは凄い勢いで私に頭を下げた。


「「クインズロードさん、本当にごめんなさい!!!」」


「……え?……えと……」


困惑する私に対して、彼女たちは必死な様子で言葉を続けた。


 二人は、昨日私を山に置き去りにした犯人は二人で、元々嫉妬で私を憎んでいた事や、

 そんな私が誰かと楽しげに過ごしているのが気に食わなくて、精神的に追い詰める事を目的に犯行に及んだ事、

 本当は少し怖い思いをさせるだけのつもりで、夜に私の両親が捜索願を出せば朝には救助されるか、或いは翌日の昼には私が自力で拘束を解いて助かると考え、あわや命を奪いかける事になるとは到底想定していなかった事、

 今は自分達がいかに残虐な事をしてしまったか自覚し、深く反省している事、

 そして、これから先もう二度と私に対して悪意を向けるような真似はしない、といった事を、まるで泣き叫ぶように、涙ながらに必死に語った。


「本当にごめんなさい……っ、ごめんなさい……っ」


 彼女らは二人とも床にうずくまり、額を地面に押し付けるように頭を下げて謝罪の言葉を繰り返した。


「あ……、えと、その……」


想定外の事態に困惑しっぱなしの私は、戸惑いながら側に立つシオンに目を向けた。


「こいつらは、決して簡単には許されない事をした。本来は学校と保安機関に突き出されて相応の処分を受けるべきだろう。けど、二人をどうするか決めるのは……ユフィア、お前だ」


「そ、そう……だよね……」

 

 シオンにそう言われた私は、泣きながら頭を下げ続ける二人に目を向けた。


 そして、二人をどうするか、答えを出した。


「………分かった。もう……良いよ、二人とも。顔を上げて。二人の事、私はもう許せたから」


「え……?」

「ほ、本当に……?クインズロードさん……」


「うん。最初から、怒ってはいなかったから。また何かされるんじゃないかって、ちょっと怖かったけど……。でも、二人が本当に反省してるって分かったから、もう、良いよ」


「う、うぅ……有難う……」

「本当にごめんなさい……っ」


「本当に良いのか?ユフィア」


「うん」


 本当に、彼女達の反省は良く伝わったし、それに……なんだか罪悪感とは別の、何かに酷く怯えているような姿が可哀想で、これ以上二人を責め立てる気にはなれなかった。


 それに、辛い思いを帳消しにしてお釣りが来るくらいの素敵な思い出が出来たのは、ある意味で彼女達のお陰とも言えるので、今回はそれに免じる事にした。


 安心したように、私にお礼を言いながら涙を流す二人に対して、シオンは微笑ましそうに声を掛けた。


「だってよ。良かったな、二人とも」


「「ッ!!」」


 しかし、シオンの優しい雰囲気とは裏腹に、二人はビクッっと肩を強張らせ、怯えるような視線をシオンへと向けた。


「……?」


 私が首を傾げていると、シオンはそのまま二人に言葉を続けた。


「けど、またユフィアに何かあればその時は───」


「わ、分かってる!ほ、本当に、もうクインズロードさんには何もしないから!!」

「誓って、心から反省してるわ!!」


 シオンは二人の真意を測るように見つめると、


「……よし。これで、一件落着だな」


 と、私に向けてニコリと笑った。


「………うんっ」


「じゃあ、教室に戻るか」

「そうだね……!」


 それから、私とシオンは教室に戻り、シオンの魔術の練習に付き合った。


 シオンは自分からは何も話さなかったけれど、正直、私の知らないところでシオンが彼女たちとどんな話をしたのか、気にならないと言えば嘘になった。


 だから、私は後日彼にその事に付いて尋ねてみた。


 すると彼は、



 「めちゃめちゃ脅した」



 とだけ説明した。


 あの時の彼女達の怯え方はハッキリ言って異常だったので、


 「少し、……やり過ぎだったんじゃない?」


 と聞くと、


 「ユフィアなら二人を許すって分かってたからな。けど、ユフィアだけ怖い思いして、あいつらがお咎めなしじゃ俺の腹の虫が治まらなくてな。だから、容赦なく怖がらせた。まぁでも……、確かに、今思えば少し脅かし過ぎたかもしれん」


 と、彼は苦笑いを浮かべていた。


 彼女達は、下手をすれば山で拘束されていた当時の私よりも怯えていた。


 だから、少しだけ彼女たちに対して可哀想だとも思ったけれど、でもそれ以上に、私はシオンが私の為に怒ってくれた事が嬉しくて仕方なかった。


「……ありがとうね、シオン」


「ん?何の話?」


「………色々、たくさん、だよ」


「はは、なんだそれ」



 ───その後、私に対する嫌がらせは一度もなく、この事件はシオンのお陰で無事に解決した。


 これが、10歳の頃に私がシオンと知り合い、仲良くなり、私に夢が出来るまでの数ヶ月間の、ちょっとした昔話だ。



 ◆ ◆ ◆


 

 それから、7年の月日が経った。


 15歳でテレンス魔術学校を卒業した後、私とシオンは王国北部にある地元を離れて、王国西部にあるクロフォード魔術学園に入学した。


 地元にも魔術の高等教育機関はあったけれど、シオンがクロフォード魔術学園を受験すると言ったので、私も迷わずそこを選んだ。


 だから、私とシオンが疎遠になる等という事はなく、クロフォード魔術学園の二年生になった今でもシオンと一緒に昼食をとったり、週に2、3回、放課後にシオンと魔術の自主練習を行ったりしている。


 私は高位の魔術こそ使えるけど、戦術や読み合いといった魔術を使った戦闘のセンスがあまり良くないので、シオンに練習に付き合って貰ったり、逆にシオンの覚えた新しい魔術の発動に力添えをしたりしている。


 今日はシオンと放課後に会える予定の日だったので、私は待ち合わせ場所の実技訓練場に向かっていた。


 私とシオンがいつも使っている実技訓練場は、放課後はあまり生徒の利用がないエリアにある。


 だから、訓練場までの経路は普段は静まり返っているのだけれど、何やら道沿いにある建物の裏から喧騒が聞こえてきた。


 気になったので建物の陰から様子を見ると、シオンがA級の生徒三人と戦闘をしている衝撃の光景が目に映った。


 「(………っ!!!)」


 私は思わず加勢に入ろうとしたが、よく見ると、シオンはA級の生徒三人を圧倒しているようだった。


 恐らくシオンは、彼の切り札の「限界加速」を使用している。


 現在は魔術の精度の関係で一瞬の間に動ける範囲はあまり広くはないが、それでもあのA級の生徒達のような攻撃方法では絶対にシオンに当てる事など出来はなしない。


 シオンは彼らからの攻撃を全て躱し、次々に強烈な殴打や蹴りをお見舞いしていく。


 それを見て、私が加勢する必要はなさそうだと思い、また、事情を知らない私が無闇に手を出すのも良くないとも思ったので、様子を見守る事にした。


 ただ、シオンがいつ魔力切れを起こすか分からなかったので、念の為いつでもシオンに手を貸せるように魔法陣だけは展開しておいた。


 そして結果的に、魔法陣を用意しておいた判断は正解となった。


 A級三人組のうち、倒れ込んでいる二人を背にしながらシオンが残り一人の方へ歩み寄っている途中で、チカリ、と強い光が発生した。


 すると、それを間近で浴びたシオンは目が眩んでしまった様子で、その隙に三人はシオンに向けて魔術を繰り出した。


 シオンは三方向から迫る魔術をかわせそうになかった為、私は咄嗟に魔術を発動し、シオンの足元から三頭の巨大な水の龍を出現させ、3つの魔術を全て消し飛ばした。


 きっとシオンならば、それが私の魔術だとすぐに気付いただろう。


 「(下手をすれば、シオンは大怪我を負っていたかもしれない……)」

 

 そう思うと、私は今すぐにでも三人を叩き潰したい衝動に駆られた。

 

 でも、私は当事者ではないので、どうにか怒りを抑えながら、彼らをどうするかはシオンに委ねる事にした。


 シオンの合図を待っていると、三人組の内の一人と会話を済ませた様子のシオンが右手を上げた。


 そして、彼は私にも見えるように立てた親指の先を地面に向けた。


 『───やっちまえ』


 それが、彼の出した合図だった。


 私は、一切の容赦なく巨大な水の龍を三人に叩き付けた。


 

 ………


 ……


 …


「悪い、待たせたな」

「ううん、気にしないで」


 シオンは小柄な男子生徒と少し会話した後、私と合流した。


「すごく楽しそうだったけど、何のお話してたの?」

「ああ、あいつ、エリオットっていうんだけど、武器練成魔術の特待生らしくてな。今度、鍛冶場を見せて貰える事になった」

「そうなんだ、良かったね……!シオン、前から見てみたいって言ってたもんね」

「ああ、すげぇ楽しみだ」


 シオンは無邪気に笑っていた。

 嬉しそうな彼を見ていると、私まで幸せな気持ちになれた。


「それにしても、さっきはマジでやばかった。まさかあそこで光射フラッシュとはなぁ」


 と、実技訓練場に向かって歩きながら、彼は先程の戦闘の事に付いて触れた。


「そう言えばあれ、魔法陣を向けられる前に、避けられなかったの?」


「そりゃ無理だ。もう魔力なくて限界加速使えなかったし」


「そうだったんだ……。すごい余裕綽々よゆうしゃくしゃくだったから、まだ魔力に余裕があるのかと思ってた……」


「いや、それがもう全然でな。ユフィアが助けてくれなかったら正直んでた。ありがとな、本当に」


「ううん。シオンの助けになれたなら、私はそれだけで嬉しいから」


「やっぱ良い奴だな、ユフィアは。でも、もうちょっと加減しても良かったんじゃないか?」


「そ、それは……。シオンが危険な目に遭いそうで、頭に来ちゃったから、つい、力が入っちゃって……」


「そうだったのか。俺はてっきり殺す気満々だったのかと」


「そ、そんな訳ないでしょ……っ!」


 私が怒ると、シオンは楽しそうにケラケラと笑った。


「もうっ……。……そういえば、どうしてあの人達と揉めてたの?」


「ああ、俺も最初から見てた訳じゃないんだけど、状況から察するに、エリオットが三人から一方的に暴行を受けて、挙句に大切なものを壊されそうになってたみたいでさ。あまりに頭に来たもんだから、俺が連中をぶちのめしてやろうと思ってな」


「まぁ、返り討ちに遇いかけたけどな。わはは」と、シオンは笑った。


「あの小柄な子とは、知り合いだったの?」


「いや、今日初めて知り合った」


「じゃあ、全然関係ない人の為に、シオンは戦ってたんだ」


「関係あろうとなかろうと、助けが必要な人が目の前にいるのに、見過ごす訳にはいかねぇだろ」


「………そうだね。ふふ」


「何だよ?なにが可笑しい?」


「ううん、なんでも。ただ、シオンらしいなぁって」


「なんだ、そりゃ」


「ふふ」


「……変な奴だ」



 シオンは昔と比べると少し、……いや、かなり変わったと思う。


 もともと"カッコ良い"を強く求める傾向にはあったけれど、初等部時代はまだ子供らしさのある、可愛らしいものだった。


 彼が変わり始めたのは、だいたい14歳、中等部二年生ぐらいの頃。


 それくらいの頃から、彼は急に黒い衣服や物を異様に好むようになったり、

 「そっちの方がカッコ良いから」という理由で目標だった「最強の魔術師」から「最強の魔導剣士」にシフトチェンジしたり、

 誰もいない場所で独り言を喋り大声で笑うといった異常行動があらわれ始めたり、

 「目立たないようにするのではなく、目立つ事を避けているように振舞う事が重要なんだ」等と難解な言語を口にするようになったり……。


 テレンス魔術学校で周りから慕われていた姿はもはや面影もなく、彼はすっかり変人になってしまった。


 ……けど、それでも、私の彼に対する憧れは、昔から何一つ変わらない。


 なぜならそれは、彼の根っ子の部分だけは、昔からずっとそのままだから。


 優しくて、思いやりがあって、努力家で、正義感が強くて、自分以外の誰かの為に己の身を犠牲に出来るような、そんな素敵な彼の芯の部分は、昔から何一つ変わってなどいないから。


 だから彼は今でもずっと、私にとっては世界一の憧れの人だ。


 ………


 ……


 …



「あ、そう言えば」


「どうしたの?シオン」


「明日、一緒に昼飯を食う約束をしてる奴がいるんだけど、ユフィアも一緒で平気か?そいつは一緒でも大丈夫らしいんだが」


「そ、そうなんだ……。私、シオン以外の生徒とお食事した事ないから、上手に話せないかも……」


「まぁ、急に仲良くしろって言われても難しいよな。でも俺が間に入るから、あまり気負わなくて良いぞ。そいつも、すげぇ良い奴だから心配しなくて良い」


「わ、分かった。シオンがそう言うなら、私は大丈夫」


「良かった。じゃあ明日、食堂でな」


「うんっ」


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