第43話 ユフィア・クインズロード <3>

 

 私は、その日の放課後もシオンと過ごす予定だった。


 そこで私は、昨日シオンに言えなかった事、言いたかった事、言わなければいけない事、それらをちゃんと言葉にして伝えようと思っていた。


 ただ、午後の授業後のホームルームの後、私はシオンとすぐには一緒にいられなかった。


 理由は、先に行かなければいけない所が他にあったから。


 今日の実技の授業後、私の着替えの上に一つのメモ用紙が置かれていた。


 それに書かれていた内容は、


『貴方に大切なお願いがあります。放課後、誰にも告げずに"第二東棟一階、一番奥の空き教室"に一人で来て下さい』


 といったものだった。


 差出人は不明、用件も不明瞭だったけど、私は書かれている通りに、放課後一人で指定の教室まで行く事にした。


 もしかしたら、何かに困っている人がいて、私にしか頼れないような事情があるかもしれなかったから。


 誰かが私を頼るのであれば、それを無碍むげにはしたくなかった。


 私に助けられる人がいるなら、助けたいから。

 きっと、シオンだって同じ事をすると思うから。


 だから私は、メモの要請通りに用件を伏せて、シオンに少しの間教室で待っていてもらうようにお願いした。


「ごめんなさい、シオン……。先に少し、用があるから、ちょっとだけ待っていてくれる?」

「……何かあったのか?」


 シオンはどこか心配そうに尋ねた。


「う、ううん……!大した事じゃないよ……!」

「……俺も、一緒に行こうか?」

「だ、大丈夫……!私一人で、すぐに済ませてくるから……!」

「……そうか」


 シオンに隠し事はしたくなかったけれど、メモには『誰にも告げずに』と書いてあった。きっと、あまり不特定多数の人に知られたら困る事なのだろう。

 だから、とても心苦しかったけれど、メモの内容についてシオンには言えなかった。


「じゃあ俺は先に一人で始めてるから、ゆっくり済ませてきな」

「うん、ごめんねシオン……、すぐ、戻るからね……!」

「ああ、また後でな」


 ニコリと笑うシオンに対して軽く手を振り、私は教室を後にした。


 ◆


 メモに書いてあった第二東棟には一切ひと気が無く、静まり返っていた。

 きっと、メモの差出人は誰にも聞かれたくない話があるのだろうと私は思った。


 私は第二東棟一階の廊下を進み、突き当たりの、一番奥に在する教室の扉を開けた。


 中を覗くと、教室の中央あたりに立つ女子生徒の後姿が目に入った。


「(あの子が、メモの差出人かな……)」


「あ、あの……」


 私がその女子生徒に近づいて声を掛けようとした、──その時だった。


「!!」


 突然、何者かが背後から布状の何かを私の口元に強く押し付けてきた。


 私は反射的に、背後から密着している人物から離れようとしたが、驚いた私は思わずそのまま鼻で大きく息を吸ってしまった。


「………っ」


 どこかツンと来るような、ほのかに甘い匂いを感じたのを最後に、私の意識は途切れた。



 ◆ ◆ ◆



「……ちゃんと眠ったみたいね」

「顔、見られてないよね?」

「平気よ。手足縛るから、手伝って」

「分かった」


「ねぇ、本当にバレないかな?」

「荷車に乗せるまでに誰かに見られなければ、ね。気を付けて運ぼ」

「だね」

「あ、猿轡さるぐつわもしなきゃ。上体ささえてて」

「うん。よいしょっ」


 ◆


 ………


 ……


「お嬢ちゃん達、大きな荷車引いてどこに行くんだい?」


「魔術の実験で使う素材を、山まで取りに行くんです!」


「そう~、偉いわねぇ。でも、山奥は熊や狼が出るかもしれないから、あんまり奥まで入ったら危ないわよぉ」


「はい!気を付けます!」


「頑張ってねぇ」


「有難う御座います!」


 ………


 ……


 …


「ね、ねぇ」


「どうしたの?」


「もし今、荷台の中のクインズロードさんが起きたらどうするの?」


「手足と口元を縛って、木の蓋もしてあるんだから平気よ」


「でも、クインズロードさんなら魔術で簡単に開けられるんじゃない?」


「言ってなかった?彼女に吸わせた薬品は気絶させて暫く動けなくさせるだけじゃなくて、魔力の流れを乱す効果もあるから平気よ」


「あ、そうなんだ」


「それに、手足を縛るのに使ったロープにも魔力の流れを抑制する石を合成してあるから、あの子でもそうそう魔術は使えないわ」


「抜かりないね」


「当然よ。……誰かに聞かれたらマズいから、もうこの話は終わりね。もうすぐ街の外だから、それまでは怪しまれないようにね」


「おっけー」


 ………


 ……


 …



「よいしょ、っと」

「ここまで運べば、簡単には人目ひとめに付かないね」

「そうね。あはは、クインズロードさん、起きたらどんな反応するかしら?」

「怖くて泣いちゃうんじゃない?ふふっ」

「あははは、良い気味ね。いくら魔術の才能があったって、こんな簡単に無力になるんじゃ無様ぶざまだわ」

「ふふっ、そうだね。一人じゃこの状況をどうにかする事も出来ないくせに、いつも上から目線なスカした態度で、思い上がり過ぎよね」

「ほんと、ちょっと顔が良くて魔術の才能があるからって、調子に乗りすぎよね」

「まぁでも流石に、これで少しは懲りるんじゃない?」

「ふふっ、そうね。あ、でも分かりやすいようにちゃんとメッセージも残しておかなきゃね」

「それは大事だね。……っと、そろそろ戻ろ。学校に荷車とか戻さなきゃ」

「あ、そうね。バッグも第二東棟に置いたままだしね」


 ………


 ……


 …


「……ふぅ。誰にも気付かれずに済んだね」

「そうね。これで、誰もクインズロードさんの居場所は分からないわ」

「じゃあ、バッグも回収したし、帰ろっか」

「うん」


「……あっ、そう言えば!」

「なに?どうしたの?」

「個別回収の課題の提出日っていつまでだったっけ?」

「あー、確か今日ね。なに、まだ出してなかったの?」

「わー!すっかり忘れてた!私、提出してくるから先に帰ってて!」

「はぁ、しっかりしなさいよ。……分かったわ、また明日ね」

「うん、また明日!」


 ………


 ……


「(あれ?おかしいな、バッグの中に課題が入ってない……)」

「(あ、そうだ!休み時間に終わらせて、そのまま自分の席の引き出しにしまったままだ!)」


「(に、取りに戻らなきゃ……!)」



 ◆ ◆ ◆



「(……あれ……、ここ……どこ……?)」


 私が目を覚ますと、そこは見覚えの無い雑木林の中だった。


「(……動け、ない……)」


 必死に動こうとしても、身体にはまるで力が入らないうえに、両手は背中側でロープ状のものに縛られ、足も同様に縛られて動きが制限されていた。


「(……痛い……それに、苦しい……)」


 また、布のような物が私の両顎の間に噛ませるようにして頭部に強く結ばれていた為に息苦しく、締め付けられるような痛みも感じた。


「(どうして私、こんな所に……)」


 頭にもやがかかったように茫然とする意識の中、自分の身に何が起きているのか理解が出来ずにいた私は、ただ混乱していた。


 そして、目が覚めてから時間が経ち、少しずつ意識がハッキリとし始めてきた私は、どうしてこんな状況になっているのか把握する為、覚えている限りの記憶の整理を始めた。


「(……確か、手紙で呼び出されて、指定された教室に行って……それで……)」


 教室内に見えた後姿うしろすがたの女子生徒に声を掛けた直後、何者かに背後から襲われたのを最後に記憶は途切れていた。


「(………あれ、これ……なんだろう……)」


 記憶を思い起こしている途中で、ふと、自分の側にメモ用紙が落ちている事に気が付いた。


 私はどうにか上半身を動かしながら必死に覗き込み、書かれたいたメッセージを読んだ。


「(………っ)」


『お前に、誰かと仲良くなる資格はない』


 無骨な字でそう書かれていたメッセージを読んだ時、私は何で自分がこんな状況になっているのかを理解した。


「(そっか……。騙されたんだ、私……)」


 誰の筆跡か分からないように敢えて無骨な書き方のされているであろうその字は、私を学校で呼び出したメモ用紙と全く同じ書き方だった。


 きっと、犯人が分かり易いように同じ書き方をしたのだろう。


 そのお陰で、学校で貰ったメッセージから既に私を騙す為のものだったのだと、容易に理解出来た。


 その場に残されたメッセージから察するに、犯人は私がシオンと仲良くする事が気に食わなくてこんな事をしたのだろう、と私は思った。


 昨日シオンと放課後に話していた女子生徒達のように、私の事を嫌っている生徒はきっと沢山いる。私が誰かと仲良くしているだけで気に食わないと思う生徒による犯行なのだと、私は結論に至った。


 私は、ただ───


「(───誰かの力に、なってあげたかっただけなのに……)」


「(他の周りの人から嫌われても、シオンとさえ一緒にいられたら……それで良かったのに……)」


 嫌われ者の私は友達と一緒に過ごす事さえ許されず、誰かを助けようとすれば騙される。


 それが酷く悲しく、みじめで、思わず両目に涙がにじみ、目の前の景色が歪んだ。


 ………


 ……


 …


 しばらく悲しみに暮れた後に私を襲ったのは、強い恐怖心だった。


 私のいた森の中は近くで人が通るような気配など一切無く、既に日は落ち始めていた。


 更に、私の身体は未だに力が入らず、手足を縛るロープを魔術でほどこうとしても魔術さえ発動出来ず、自力で動く事が出来なかった。


 また当時、両親は王都に出張していた為、家には誰もいなかった。


 つまり、私がいなくなった事に気付く人間が存在せず、誰かの捜索が入る事にも期待出来なかった。


 私がどこにいるのか、私自身を含めて誰も知らない。そんな状況下で誰かの助けなど入る訳がなかった。



 ───このまま、誰も助けに来ない。



 時間が経つにつれて、その恐怖は現実味を増していった。


 どこかも分からない森の中、身動きの取れないまま魔物や熊に襲われるかもしれなかったし、そうでなくとも、このまま誰にも見つからずに飢え死にするかもしれなかった。


 恐怖と焦燥感から、私の心は今にも押し潰されそうだった。


「(怖いよ……辛いよ……。誰か、助けて……)」


 目が覚めてから何時間経っただろうか。


 完全に日の暮れかかった頃、絶望の中で私が心から縋った相手は───。



「(助けて、シオン……っ)」



 ──その時だった。


 ガサガサと、草木を掻き分け足元の落ち葉を踏み鳴らすような足音が、遠くの方から聞こえて来た。


「(………ッ!)」


 私がいなくなった事やここにいる事を知っている人物はいないはず。だから、きっと私を捜している人ではない。


 先程まで人の気配など一切なかった森に、日の暮れた時間から植物等の採集に来る人もいないだろう。


 だとすれば、魔物か獣か、或いは山賊のたぐいか。


 いずれにせよ、見つかれば命の保障はなかった。


 どうにか見つからないように私は必死に息を殺した。


「(お願い……、こっちに来ないで……っ)」


 しかし、祈りも虚しく足音は徐々に私の方に近づいて来た。


 そして、足音の主は私のすぐ背後で足を止めた。


「(………ッ)」


 私は体を強張こわばらせ、覚悟するようにギュっと目を強く閉じた。


 その直後。



随分ずいぶん気持ち良さそうな森林浴だな。でも、もう日も暮れてるし帰ろうぜ」



「………っ!!」


 聞こえてきたのは、その時私がこの世界で最も聞きたいと願っていた声だった。


 困惑する私に、背後に立つ人物は言葉を続けた。


「ナイフでロープを切るから、じっとしてろよ」


 ギリギリと音を鳴らしながら、ひんやりとした、平べったい金属のようなものが何度か私の手首を撫でるような感触のあとに縛っていた物から解放され、私の両手は自由になった。


 続いて足を縛っていたロープも切断され、最後に口元を縛りつけていた布が解かれた。


 そして、その人物は私の正面に回り込んで私と目を合わせた。


「平気か、ユフィア」


 私の名を呼んだ彼は、涼しげな口調に反して、前髪から汗をしたたらせる程に汗だくだった。


 けれど、普段と何一つ変わらないその優しい顔が目に映った時、私の中にあった強い不安感や恐怖心が全てどこかへと消え去り、代わりに安心感や喜びといった感情と、ない涙が溢れ出た。


「(どうして……、貴方あなたが……ここに……?)」


 感情の整理が付かないまま、私は力の入らない喉から絞り出すように、震え声で彼の名を口にした。


「シ……オン……」


 すると彼は、あからさまに顔をしかめて肩をすぼめた。


「おい嘘だろ……。人の顔見て泣き出すか普通?ショックだよ、俺は……」


「ち、ちが……っ、わ、わたし……」


「分かってる。冗談だよ」


 袖で額の汗を拭いながらそう言って笑うと、彼は私の上体を起こして近くの木を背に座らせてくれた。


「……ん?何だこれ」


 ふと地べたに目をやったシオンが、落ちていたメモ用紙に気付いたようだった。


「あ……、それ……」


 紙を拾い上げたシオンが、書かれていたメッセージに目を通した。


「ははっ、誰かと仲良くなるのに"資格"だってよ。意味分かんねぇな」


「………っ」


 彼は、まるで小さな子供の可愛らしいイタズラでも見るかのように、朗らかに笑った。


 不思議だった。


 彼のたった一言で、さっきまで私の心を覆っていた暗い影が跡形もなく消えるように、胸の中がスッと晴れやかになった。


 誰かが私に向けた強い悪意も、彼の優しさの前では大したものではないように感じられた。


 そして彼は手の中のメモ用紙をクシャっと丸めて上着のポケットに仕舞うと、反対のポケットから小瓶を取り出した。


活力回復液エネルギーポーションだ。飲めそうか?」


 そう彼に尋ねられた私は頷いて小瓶を受け取ろうとしたが、上手く力が入らず、腕は殆ど持ち上がらなかった。


 それを見た彼は、


「まだ薬品の影響が結構残ってるな……。俺が飲ませても大丈夫か?」


 と提案してくれた。


「う、うん……」


 私は少し恥ずかしかったが、彼に甘えさせて貰う事にした。


「よし、出来るだけこぼさないように頑張って飲んでくれ」


 そう言いながら、彼は左手をそっと私の顎の方に添えて、右手で優しくポーションを飲ませてくれた。


 彼の手が優しく私の顔に触れている事と、彼の真剣な顔がすぐ目の前にある事が相まって、軽くパニックを起こしかけていた事は今でもよく覚えている。


 ゆっくり時間を掛けて私に小瓶一本分のポーションを飲ませてくれた後、彼は再び口を開いた。


「本当はもう少しゆっくり休ませてやりたい所だが、もう殆ど日が落ちてる。完全に夜になる前に山を降りたいんだけど、歩けそうか?」


 彼に確認されたので、私は片手で木を支えにしながら両足に力を込めた。


 彼の飲ませてくれたポーションのお陰か、先程までとは比べ物にならないほど回復し、私は自分の足で立ち上がる事が出来た。


 しかし、まだ完全に回復してはおらず、ふらついて倒れそうになった所をシオンに支えて貰った。


「ごめんなさいシオン……、私、まだ……」


「気にするな。仕方ない事だ。……しかし、歩けないとなると、そうだな……」


 彼は少し悩んだ様子だったが、すぐに意を決したように口を開いた。


「……悪いけど、俺がユフィアを背負っていくしかない。嫌かもしれないけど、我慢してくれ」


「………へっ!?……シオンに、おんぶして貰う、ってこと……!?」


「まぁ、そうだな……。俺は汗だくだし、気持ち悪いよな。けど身の安全が最優先だ。嫌だろうけど腹を括ってくれ」


「き、気持ち悪くなんかないよ……っ!!シオンの汗なら、全然平気、い、嫌じゃないよ……!……で、でも、私を背負って街まで帰るなんて、シオンが大変だよ……」


「言ってるだろ、すぐにでも山を降りることが最優先だ。それに、ユフィアは軽そうだし楽勝だ。あまり男の子を舐めるんじゃあない。……ほら、しっかり掴まれ」


 言うと、彼は背中を丸めながら私の目の前で姿勢を低くした。


「………っ」


 彼に後ろから抱きつく形になると思うと、緊張して思わず躊躇してしまった。


「……どうした、やっぱり嫌か?」


「い、嫌じゃない……!……えと、じゃあ、……お願いね」


「おう」


 私は意を決して彼の胸の前に両腕を回した。


 すると、彼は私の膝裏辺りを持つようにして私の体を背負い、ゆっくりと立ち上がった。


「よし、落ちないようにちゃんと掴まっとけよ」


「う、うん……っ」


 言われた通りに、私はギュっとシオンの背中にしがみ付いた。


「じゃあ、行くぞ」


 と、シオンは平然と歩き出した。


「……─~~~っ」


 しかし、一方の私はシオンの体に密着している事と、私の顔の真横で揺れるシオンの髪から彼の洗髪剤の香りが漂い、その香りが私の鼻腔を襲うせいで正常な精神状態ではなくなり、軽いパニック状態に陥ってしまっていた。


 ………


 ……


 …


「……シオン、本当に大丈夫?私、重くない?」

「平気だ。むしろ軽すぎるくらいだな。ひょっとして内臓入ってないんじゃないか?」

「は、入ってるよっ」


 まだドキドキは止まっていなかったけれど、ようやくパニック状態が落ち着いてきた私は、シオンにずっと聞きたかった事を尋ねた。


「ねぇ、シオン……」


「ん?」


「どうして、私があそこにいるのが分かったの?」


「そりゃ、からな」


「えっ、聞いたって……、誰から?」


「決まってるだろ。だよ」


「え、えぇ……!?ど、どうやって聞いたの?そ、それよりも、何で私がその人に連れて行かれたって分かったの?」


「あぁ、そりゃたまたまだな。ほんと偶然、運が良かった」


「ぐ、偶然……?」


「ああ。やけに遅いユフィアを教室で待ってたら、教室に忘れ物を取りに来た生徒がいてな。何かちょっと引っ掛かったから、そいつにお前の事聞いてみたんだよ。そしたら、いかにも知ってますって反応するからさ。最初はしらばっくれようとしてたけど、


「・・・。」


 開いた口が塞がらないとは、まさにこの事だと思った。


 つまり彼は、全くのヒントのない状況から私の居場所を突き止めたんだ。


 それも、直感で当てた犯人を直接問いただして口を割らせるなんていう、驚異的な手法で。


「……凄いね、シオンは」


「言ったろ、たまたまだよ」


「ううん、凄いよ、シオンは」


 本当に、本当にシオンは凄い人だ。


 どうして、そんな凄い事を簡単にしてのけるんだろう。


 どうして、私なんかを汗だくになるほど必死で助けてくれるんだろう。


 どうして、たった一言で私の心を明るく照らす事が出来るんだろう。


 どうして、嫌な顔一つせず私を背負って歩いてくれるんだろう。


 どうして、彼はこんなに優しいんだろう。



 ───どうして、彼はこんなに素敵な人なんだろう。




「シオン」


「どうした?」


「私、夢が出来たよ」


「お、どんな夢だ?」


「それは……、まだ、内緒」


「……そっか」


 彼は、微笑ましそうに笑った。


 ……まだ、彼には言えない。


 言えばきっと、彼に甘えてしまうから。



 私は、彼とずっとずっと一緒にいたい。


 私も、彼のように素敵な人になりたい。


 彼は、いずれ必ず最強の魔術師になる。


 だから私も、そんな彼の隣にいられるように、立派な魔術師になる。


 最強の魔術師を支えられるような、隣にいても誰にも文句を言われないような、そんな魔術師になる。


「ずっとあなたの隣にいたい」、いつか胸を張って彼にそう言えるようになるまでは、彼には打ち明けられない。


 だから、必ず私は"最強の隣にいられるような魔術師"になる。



 ───それが、私の夢だ。


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