第39話 特待生 エリオット・フリーガン
「──……クソッ!!!!
二年Aクラス所属であり学年序列四位の男子生徒ケヴィンは、苛立たしげな怒声と共に近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばした。
「何なんだ、何なんだよあの野郎……っ!!」
ケヴィンは興奮気味に息を切らしながら、整髪剤でオールバックに整えられた髪を掻き毟り、自らが蹴散らしたゴミの上を踏んで歩く。
そんな彼の後ろを、同クラスであり学年序列六位と七位のマルコ、ドミニクも払うようにゴミを蹴飛ばしながら
「何が『君達にだけは絶対に負けないと思ってる』だ……。 思い返しても心底腹が立つ……」
「俺達よりも努力してるだとか、卑怯な手でも使えば良いとか、上から目線でいちいち癪に障るんだよ、あいつ……!!」
授業終了後、寮までの帰路において三名は三者三様に苛立ちを見せる。
その原因となったのは、本日の実技の授業中の出来事。
だが、三人が圧倒的に有利な条件を設定して彼を
元々彼らが嫌っていたアルフォンスが先日のドラゴン事件を切っ掛けに周りから褒め称えられるようになり、その事が気に食わないからと本日の計画を立てたが、結果は大失敗。
その上、今までは悪口を言われるがままに落ち込んだ様子を見せていた筈のアルフォンスが彼ら3人に対して堂々と反論し、最後には3人が何も言い返せなくなるほどの
そのような出来事がつい数時間前に起きたばかりの彼らは、物に当たり、憎しみを言葉にしていても一向に怒りは収まる気配がなかった。
「クソッ、あいつ、マジでよ……!! どうにか、どうにかあの野郎に……、……あああああクソッ!!!」
ヘイトの対象であるアルフォンスに対して、ケヴィンは再びアルフォンスの鼻をどうにか明かそうと画策しようとする。
しかし、本日あそこまで絶対的に有利な状況を作ったのにも関わらず失敗した以上、もはや自分達の実力ではどうにも出来ない事を嫌と言うほど痛感させられ、最終的には怒りのままに吼えるしかなくなるケヴィン。
そんな彼が酷く興奮した様子で息を上げながら廊下を歩いていると、丁度曲がり角に来たタイミングで角の向こうから来た背の低い男子生徒とケヴィンが衝突した。
「……ッ」
「あっ……!」
直後、140cm程の小柄な生徒はぶつかった衝撃で両手に持っていたバケツを落としてしまい、中に入っていた液体がケヴィンのズボンにもろに掛かる。
そして更に、床で跳ねた液体がマルコとドミニクのズボンにも付着した。
「うわっ!」
「ちょ、きたなっ!」
茶色く汚れた水を浴びせられて思わず声を上げたマルコとドミニクだったが、一番大きく汚れたケヴィンは、
「………は?」
と、まるで今の状況が理解できないかのような声を出した。
「おいチビ!お前ふざけんなよ!」
「どうしてくれんだよ、おい!」
「あ、うぅ、あ……」
マルコとドミニクの二人から責め立てられ、男子生徒は怯え
すると、
「何なんだよ、どいつもこいつも……マジでふざけんなよ……」
怒り心頭の二人の側で、ケヴィンは嘆くように俯きながら髪を掻き毟った。
「あ、あの……、ご、ごめんなさ──」
背の低い男子生徒が謝罪の言葉を口にしようとした直後、突然
「うっ……」
ケヴィンは勢い良く男子生徒の胸倉を掴み上げて廊下の壁に叩き付けると、血走った目で男子生徒を睨み付けた。
「おいチビ……、お前、ちょっとこっち来い」
◆ ◆ ◆ ◆
…………
………
……
「ふざけやがって!!このクソが!!」
「うっ……!!」
人目に付きにくい学園の敷地内の建物の陰で、怒声と悲痛な呻き声が響く。
壁を背に両肩を押さえ込まれた姿勢で腹部に膝蹴りを入れられた小柄な男子生徒は、苦しそうに呻きながらその場に崩れ落ちた。
「おら、テメーが汚した靴なんだからテメーで綺麗にしやがれ!!」
地面に低く屈んだ男子生徒に対し、ケヴィンはその頭部を容赦なく踏みつけ、グリグリと靴の裏を
「うぅ……ご、ごめんなさい……、もう、許して、ください……」
痛みと苦しさから涙を流し、地面に押し付けられる事で顔を土に汚されながら、男子生徒は必死に懇願する。
「うるせぇ黙れゴミ!! Dクラスのゴミが、Aクラス様の服を汚しやがって……ッ!!」
「うっ……うぅ……」
Aクラスならば赤、Bクラスなら青、Cクラスなら灰色で所属クラスを示すラインが無く、ライン無しのDクラスに所属していると見て取れる生徒に対してケヴィンは罵声を飛ばす。
「いや、ちょっと待て、これ……」
しかし、ラインが無い代わりに制服にある物が施されている事にドミニクが気付いた。
「このバッジ、こいつ、
「あっ、マジだ」
「は? このチビが?」
国にとって有益となる技術保有者の能力を高める為、クロフォード魔術学園では卓越した魔術関連の能力を持つ人材を特別待遇で通わせる仕組みが存在し、特待生となる生徒にはそれを示すバッジが制服に施されている。
三人の前にいる小柄な男子生徒の襟元に施されているバッジは、まさにその特待生を示す物であった。
思い出したように、ドミニクが続ける。
「確か、俺らと同じ二年に武器練成魔術の特待で入学した奴がいた筈だ。確か、ドワーフの
「……確かに、やけに小せぇし、耳も尖ってる様に見えるな」
「……薄汚ぇ色してると思ったら、
やや浅黒い色の肌を罵ると、自身が最も憎んでいるもう一人の
三人の予想通り、小さく
ドワーフと言えば、長く尖った耳と大きな鼻、そして異様に低い身長が特徴の、工芸技術に長けた種族として有名である。
そんなドワーフの中でも、歴史に名立たる名匠のドワーフの子孫であり、武器練成に関しては既に世界クラスの技術を持つエリオット。
しかし、魔術に関して彼が優れているのは武器練成魔術に限り、特待生用の特別カリキュラム以外ではDクラスで基礎的な魔術の授業に付いて行くのがやっと、というのがエリオットの魔術の力量である。
故に、エリオットにはAクラスの生徒三人に囲まれ踏みつけにされている現状を打破する事などは出来ようもなかった。
「ムカつくぜ……、お前みたいな雑魚が、優秀な俺らよりも良い待遇でこの学園に通ってるのがよッ!!」
「がっ……!! う、うぅ……」
ケヴィンに力強く蹴飛ばされ、地面に倒れ込むエリオット。
「うぅ……ひっく、ご、ごめんな、さい……、ごめん、なさい……」
泥だらけの姿で
「そんなんで許す訳ねぇだろうが、ボケ。虫の居所が悪い俺に
しかし、嗚咽交じりのエリオットの謝罪でさえ、ケヴィンは聞き入れる気が無かった。
「おい、そのバッグ見せてみろよ。何か面白いもん入ってるんじゃねぇの?」
「あっ……!!」
ドミニクがエリオットに近づくと、エリオットが背負っていたバッグを取り上げる。
「や、やめて……! お、おねがいし、します……! それは……───」
「
「うっ……!!」
必死に止めようと手を伸ばしたエリオットだったが、ドミニクに蹴り飛ばされて阻止される。
バッグを開いて中身を地面に落とすと、大小の金槌、何かを挟み込むような形状の金属、黒く汚れた布、ハンドサイズの箒の様な物、オイルの様な液体の入った小瓶……といった物が転がった。
「ああ? 何だこれ、しょーもね」
それを見たドミニクは、如何にもつまらなさそうに声を漏らす。
「ん? これは何だ?」
「……ッ!!! そ、それだけは……!!」
布に包まれた、30cm程の細長い何かをマルコが拾い上げると、エリオットが酷く焦った声を上げた。
「何だこれ……? 剣か?」
布を広げて中身を出すと、それは一本の短剣だった。
「おいおい、何だそりゃ!!」
「ひっでぇ出来だ! 刃も柄もガタガタじゃねぇか!」
「冗談だろ? これじゃまるでガキの工作だな」
短剣を目にした三人は、その形の悪さに思わず声を上げて笑った。
「おい、まさかお前がこれを作ったのか?」
「これなら俺にも打てそうだぜ!はははっ!」
「武器練成の特待生が、くくっ、笑わせる」
と、エリオットへ目を向けると口々に嘲笑する。
「お、おねがい、します……っ!! そ、それは、返してください……それには、な、何もしないで、ください……っ!!」
「!」
「おっと、手が滑った」
「ああっ……!!」
ケヴィンはマルコの手から短剣を取り、ワザとらしく地面に落とすと、それを踏みつけにした。
「おっと、何だ? 足元にゴミが」
「や、やめて、ください……! ひっく……、ふ、踏まないで……!!」
悲痛な表情を浮かべながら、嗚咽交じりに必死に懇願するエリオット。
その姿を見て、ケヴィンは興が乗り始めたように笑う。
「武器練成の特待生がこんな出来の悪い剣を打つ訳がないだろうから、こりゃ失敗作か」
「や、やめて……」
ケヴィンの言う通り、それは本来なら失敗作と履き捨てられるよな出来の短剣だった。
彼ら、いや、殆どの人にとって、それはただの粗悪品の短剣に過ぎないだろう。
しかし、エリオットにとっては違う。
その短剣は、エリオットにとっては思い出の品であった。
エリオットの祖父は彼が幼少の頃に亡くなっているが、その祖父とエリオットが一緒に作った最初で最後の短剣。
人と上手く会話が出来ず友達のいないエリオットは、寂しい時にはいつもその短剣を手入れし、大好きな祖父と過ごした楽しい日々を思い出していた。
形が悪くても、剣を打つエリオットの姿を、嬉しそうに、優しく見守ってくれていた祖父との思い出の品。
それはエリオットにとって唯一無二の掛け替えの無い物であり、何よりも大切な短剣だった。
「や、やめて……、うぅ、踏まないで……」
「触るんじゃねぇっつってんだろうが!!」
「あうっ……!!」
短剣を踏みつけている足にしがみ付き、必死に短剣から引き離そうとしたエリオットを、再びケヴィンが蹴り飛ばす。
「武器作り名人ならもっと良い剣なんて幾らでも作れるだろ? こんなゴミ大切にしてたって時間の無駄だろうから、これは俺が処分してやるよ」
「……っ!?」
エリオットの顔が、絶望に歪む。
「だ、だめ……! そ、それだけは、お、おねがいします……、やめて……っ」
「黙ってろ!」
「っ!!」
「う……うぅ……、お、おねがい、します……っ、それだけは……っ」
顔をクシャクシャに歪めて泣きながら、エリオットは手を伸ばして切願する。
しかし、無情にもエリオットから距離を取る様に、短剣はケヴィンによって少し離れた位置へ蹴り払われた。
「心配しなくても、未練が残らないように綺麗に処分してやるからよ、お前はそこで見てな」
と、ケヴィンは
「や、やめてっ! お、おねがいだから、こ、壊さないで……!!」
ケヴィンへ向けて、必死に叫ぶエリオット。
しかし───、
「
無情にも、赤き稲妻はエリオットの短剣に降り注いだ。
「あっ……、あぁ……」
涙で滲んだ残酷な光景を前に、エリオットは掠れた絶望の声だけが漏れた。
「おい見ろよ!!木っ端微塵だぜ!!はははははっ!!!」
マルコが高らかに笑いながら指差した先には、浅く
それを目にした三人は愉快そうに笑う。
「やけに大事そうにしてるから、どんなもんかと思えば!」
「本当にただの出来損ないのゴミじゃねーか!!はははっ!」
「しょーもねー!!くくっ!!」
「う、うぅ……ぐすっ、うぅ……」
自身にとって最も大切な宝物を失った事実に、エリオットはただ悲しむ事しか出来なかった。
───『……で、できた! できたよ、お、おじいちゃん!』
───『あぁ、良い剣じゃ。流石、わしの孫じゃエリオット。こりゃ、わしもすぐに追い抜かれてしまうのぉ』
───『ほ、ほんと!? ぼ、ぼく、おじいちゃんみたいなショクニンに、な、なれるかな!?』
───『勿論じゃとも。エリオットは、こんなに素晴らしい剣が打てるんじゃからのぅ』
───『へ、へへへ……。あ、あのね、おじいちゃん! ぼ、ぼく、この剣、ずっと大事にするからね……! これは、大好きな、おじいちゃんと一緒に打った剣だから……!』
───『ほっほっほ、嬉しい事を言うのぉ、エリオット。おじいちゃんも、エリオットが大好きじゃぞ!』
───『わ、わっ、くすぐったいよ、おじいちゃん!』
───『ほっほっほ!』
エリオットの中で思い起こされたのは、幼き日の記憶。
大好きだった祖父との、楽しかった日々。
彼にとって、何よりも大切な思い出。
「うう……、あ、ああああ、あぁ……」
──ごめんね、おじいちゃん……、ごめんね……っ
何よりも大切だった短剣を失ったエリオットが、深い悲しみと胸を貫くような痛み、そしてとても大きな喪失感に耐え切れずに咽び泣いていた、
その時───。
「なぁ、この短剣さ、滅茶苦茶カッコいいぜ。地面なんか見てないで、君も見てみろよ」
ふと、エリオットのすぐ側で聞こえたその声は、先程の三人のうちの誰とも一致しない声だった。
「俺の両親、商人でさ。目利きにはかなり自信があるんだ」
「うぅ……、ぐすっ……。………?」
困惑したままエリオットが顔を上げると、信じ難い景色が目に映った。
「………っ!!!!!」
エリオットの目の前には黒髪の男子学生が屈んでおり、その手には
「な?良い短剣だと思わないか? 形は不恰好だけど、作り手の丹精が込められているのが伝わるし、何よりよく手入れされてる」
「ど、どうして……そ、それ……」
困惑するエリオットに対し、男子学生は続けて言う。
「この短剣には、誰かの大事な想いが詰まっているのが良く分かる。これは、この世界に唯一無二の一本だ」
と、男子生徒はとても優しい声色で語る。
「けど、こんな素敵な剣を壊そうとする不届き者がいるみたいでな。だから、君にこの剣を守っていて貰いたいんだ」
そう言って、男子学生はエリオットの目の前にそっと短剣を置いた。
すると男子生徒は「代わりに───、」と、エリオットに背を向けて立ち上がると、
「クソ野郎共を
と、その視線をケヴィンらに向けた。
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