第34話 黒き龍の瞳に映るは

 


「〝この我は四百年もの間、貴様に復讐する事だけを考えていたのだからなぁ……‼〟」


「……」


 巨大な口が自身を飲み込む程の至近距離で放たれた言葉を前に、シオンは一切動じる事無くただ正面を見据えた。


「(……やっぱり、そうだったか)」


 終焉の黒殲龍の言葉を聞いて、内心ではそれが凡そ予想出来ていたようにシオンは納得した。


「(まぁ、そりゃそうだよな。だって、終焉の黒殲龍は───)」


 それは、黒殲龍が大英雄ジーク=フリードに対する復讐心を滾らせているという事実、───では無い。


 シオンは、生まれつき並外れた観察眼と洞察力を持ち合わせている。


 そしてそれは「トランスゾーン」に入り普段より桁違いの集中力となっている今、相手のあらゆる発言の真意を読み取ることが出来る程に研ぎ澄まされていた。


 そんな今の彼は、先程の黒殲龍の発言を受けて見抜いた。



 ──終焉の黒殲龍の言葉は、であると。



『〝また貴様に逢えるとは、こんな奇跡願ってもいなかった……〟』


『〝この我は四百年もの間、貴様に復讐する事だけを考えていたのだからなぁ……‼〟』


 これらの黒殲龍の言葉が全て嘘、それはつまり……。


「終焉の黒殲龍はジーク=フリードの手によって四百年もの間封印されていたにも関わらず、彼とは二度と会いたくないと思っており、復讐などもっての他」という真逆の真実を意味していた。


 更に言うなれば、黒殲龍がシオンをジーク=フリードであると認める前後から並々ならぬ恐怖心を抱いている事を、シオンは既に察していた。


 しかしそれは、シオンにとっては何ら予想外の事ではなかった。


 いや寧ろ、彼はその可能性が大きい事を最初から分かっていた。


 だからこそ、自身がジーク=フリードであると信じ込ませる策に出たのだ。


 ……本来ならば、自身を四百年間も封じ込めた相手に対して強い憎しみを抱いている筈だろう。


 しかしそれでも、「終焉の黒殲龍がジーク=フリードに対して強い恐怖心を抱いている」であろうことは、黒殲龍と対面する前からシオンには容易に予想がついていた。


 いや、彼でなくとも、大英雄の童話を読んだ事のある人なら誰しもがそれを予想出来るだろう。


 なぜなら、どんなに子供向けに簡略化された本であろうと、黒龍と大英雄の物語にはとある史実が必ず記述されているからだ。


 終焉の黒殲龍は初めてジーク=フリードと邂逅し深手を負わされた時から三年もの間、ただひたすらジーク=フリードから──と。


 終焉の黒殲龍とジーク=フリードとの戦いの歴史を搔い摘むと、「初めて出会った時に黒殲龍はジーク=フリードに半殺しにされ」、「逃げ延びた黒殲龍を有志の仲間と共に見つけ出したジーク=フリードが再び半殺しにし」、「またもや逃げ延びた黒殲龍を追い詰めたジーク=フリードが半殺しにし」、「辛うじて生き延び密かに隠れ続けていた黒殲龍を炙り出したジーク=フリードが欠片も残さず消し飛ばし」、「ついに殺し切ったと思った黒殲龍が実は生き延びており、それを知ったジーク=フリードが──」、といった事を、終焉の黒殲龍が討ち倒されるまで(実際は封印されるまで)続けていた、というもの。


 そう、終焉の黒殲龍はその絶対的な不死性を持つあまりに、無限に殺しに来るジーク=フリードからただひたすら逃げ続けていたのだ。


 そんな黒殲龍が、四百年の封印が解けた末に再びジーク=フリードに会いたがっていたなど、ある訳がない。


 そして、シオンが「黒殲龍はジーク=フリードを警戒するだろう」と考えた理由はもう一つ。


 それは今の黒殲龍があまりにも弱過ぎるということ。


 先程までアルフォンス=フリードとの戦いを見ていたシオンは、まさに世界最強たる力を目の当たりにした。


 しかしそれでも、かつての終焉の黒殲龍の記録と比べるとあまりに弱過ぎた。


 かつての黒殲龍は前腕の一振りで大きな山を半分以上削り、黒炎の塊を放てば一つの都市諸共消滅させたとされている。


 それと比べると、今の黒殲龍は比較にも及ばない程に弱い。


 恐らく、封印が解けて間もない今はまだかつての力が殆ど戻っていないのだろう。


 その様な状況で全盛期でさえ足元にも及ばなかった自身最大の脅威であるジーク=フリードに対する復讐など、実行する訳がない。


 それらを考慮した上で、「自身をジーク=フリードであると思わせる事が出来れば黒殲龍は警戒し、安直に攻撃はして来ないだろう」と、シオンは考えたのだ。


 そして、黒殲龍がジーク=フリードの事を自身を唯一倒しうる存在として多少なりとも警戒しているならば、救援が来るまでの時間稼ぎが出来ると思っていた。


 だが、相手が酷く怯えながら虚勢を張るほどジーク=フリードに対して恐怖心を抱いているならば、話は変わってくる。


「(折角封印が解けて自由の身となったのに、運が無かったな。終焉の黒殲龍)」


「(もし今ここにいるのが俺でなければ、お前はこれから世界中を蹂躙し、大好きな〝〟人の恐怖心〟を存分に楽しむ事が出来ただろう)」


「(……だけど、相手が悪かったな)」


 そしてシオンは、「限界加速リミット・アクセル」を発動した。



 ──こっからは、俺の独壇場だ。


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