第33話 歴史に消えた男の話



 ギルバート王国の存する大陸を中心とした時、大陸の東側の海の先に「和ノ國」と呼ばれる国が存在する。


 和ノ國は大陸とは少々異なった独自の文化を持つ、大陸の一〇〇分の一にも満たない土地面積の非常に小さな島国である。


 そこにはかつて二十にも上る領土と領主が存在し、侍と呼ばれる戦士達による領土争いの合戦が続いていた。


 そして後に「戦国時代」と称される歴史上最大規模の領土争いが、実に百年に渡り和ノ國で行われた。


 その末に一人の男が史上初めて国土中全ての領土を統一し、征威大将軍と呼ばれる統治者となった。


 初代征威大将軍となった男は、元々は土地が小さければ人も少なく、武力も碌に持たないような弱小領土の領主だった。


 しかし、男は並み居る強豪の武将達を次々と打ち倒して勢力を拡大させ続け、その果てに全ての国土を統一した。


 和ノ國の歴史では、「初代の征威大将軍は並外れた知力と策略によって圧倒的な戦力差を覆し、常勝無敗を誇った」とされている。



 ……だが、事実は少々それと異なる。



 事実としては、弱小領土を全国統一に導いたのは初代将軍本人ではなく、彼の側近であり参謀を勤めた男の功績というのが正しい。


 側近と言っても、その参謀を勤めた男は初めから初代将軍の家来だった訳ではない。


 その男は、元々は初代将軍が治めていた領地のしがない農民であった。


 その農民は「天下人」となる野望や「地位を上げたい」といった願望など持ち合わせておらず、平凡な農家としての暮らしを営んでいた。


 しかし、自身の村が大規模な合戦に巻き込まれそうになった出来事を切っ掛けに、二度と村が戦火に巻き込まれる事がないよう、和ノ國に悠久の平穏をもたらせるよう、自らの手で天下を統一する事を決意した。


 とは言え、男には腕力や剣術の才能、弓術や槍術、忍術或いは妖術と称される術を扱う才能など、戦う為の才能は欠片も持っていなかった。


 だが男は、相手の考えを尽く見抜く、恐ろしい程の観察眼と洞察力を持っていた。


 更に、状況に最も適した台詞を導き出し、話術で相手を欺く能力、先を見通し自分が思い描いた状況を作り上げる先見性、そして何より、度胸が桁違いに優れていた。


 男はその能力を惜しみなく駆使して村が巻き込まれそうになった大規模な合戦を阻止すると、その成果を手土産に初代将軍となる前の領主に取り入り、瞬く間に参謀としての地位まで上り詰めた。


 参謀となった後は、嘘と偽りのオンパレード。


 時に敵対する二つの強豪陣営を騙して潰し合わせ、時に馬借と呼ばれる運送業者を騙して敵地に鈍を流通させ、時に敵陣の足軽を騙して補給物資を奪い、時に近隣の領主を騙して戦力を借り、時に相手兵士を騙して自陣に取り込み、時に敵将相手に虚偽の情報を信じ込ませて降参させた。


 和ノ國で「正々堂々」「礼儀を重んじる」「誇り高く」といった意味を持つ「武士道」と呼ばれる理念を踏みつけ蹴飛ばし唾を吐きかけるような戦を続けた男だったが、それが結果として最小限の流血で戦国の世を終わらせた。


 本来ならば、彼は稀代の策士として和ノ國で未来永劫語り継がれたはずだっただろう。


 ……しかし、彼の功績とその名前が世間に知られる事はなかった。


 戦時中においては彼の役割上、致し方なくその存在は秘匿されていた。


 その後、初代将軍は国土統一後に改めて彼の功績を世間に明かし、征威大将軍の立場を明け渡す事を参謀の男に提案した。


 将軍となれば国内最大の地位と名誉を取得し、一生涯贅沢な暮らしが保障される。


 だが、彼はそれを頑なに拒否し、本人たっての希望で彼の存在は秘匿され続けた。


 曰く、───「影の参謀って、何かカッコ良くね?」と。


 初代征威大将軍の参謀を勤めたその男の名は、黒崎一平。


 国土統一後、一平は将軍の家臣として立場を投げ捨て、自身が戦乱を終わらせた国を見て回る旅に出た。


 そして後に彼の子孫は大陸へと渡り、先祖から受け継いだ卓越した洞察力と話術を駆使し、商人としての成功を収めた。



 ──……それから時は流れ、一族の末裔は今、世界最強のドラゴンと対峙していた。


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