第27話 英雄の意思

 



 クロフォード魔術学園内の食堂。


 正午には多くの生徒が利用し、賑わいを見せていたその場所の様子は、今や変わり果てていた。

 壁や床、天井には凄惨な破壊の痕跡が刻まれ、規則的に並べられていた長机や椅子は、まるで大規模な嵐の後のように瓦礫と共に散乱してる。


 クロフォード魔術学園二年Aクラスの生徒であるテッド・エヴァンズは、食堂に惨憺たる破壊の痕を刻んだ凶徒、終焉の黒殲龍シュヴァルディウスによって焼殺される寸前であった。


 しかし、それはテッドが学園内で最も嫌悪する人物、アルフォンス=フリードによって阻止された。



「どうして……ッ、お前が俺を助ける……ッ!!」


「アルフォンス……ッ!!!!」


 テッドは思いもよらぬ人物の出現に、動揺と怒りから声を荒げる。


 しかし、アルフォンスはその問いに応える事なく、今にも倒れそうな程フラついた足取りでテッドに近づき、その側に屈む。


「……はぁっ……はぁ……。回復ヒーリング……っ」


「……ッ!」


 テッドの問いかけに答えることなく、満身創痍のまま息も絶え絶えに回復魔術を施し始めたアルフォンスに対してテッドは言葉を失った。


 後方のドラゴンはアルフォンスによる螺旋状の業火に全身を覆われたまま、大きく動く様子はない。


 次第にアルフォンスの回復魔術によってテッドの全身複数個所に及ぶ打撲や骨の損傷が徐々に回復し、テッドは患部から痛みが引いていくのを感じつつあった。


 しかし、それと同時にアルフォンスの疲弊感は増して息は一層乱れ発汗も激しくなり、回復魔術の質も僅かずつ衰えてく。


「……ッ! もういいッ…‼」


 その様子を見るに耐え切れず、再びテッドが声を張り上げる。


「俺の事は放っといて、てめぇだけ一人で行けよ‼」


 その言葉に対し、アルフォンスは力なく首を振った。


「駄目だ……。はぁ、見捨てたりしない……、君を、絶対に助ける……」


「……っ‼ ……どうしてだッ‼ お前が俺にそこまでする義理なんかねぇだろ‼ 俺は、お前に助けられる筋合いなんて……ッ‼」


 テッドが歯を食いしばり顔を顰めながら言うと、アルフォンスは答えた。



「夢が、あるだろう……?」



「は……?」


 突然、予想だにしていなかった返答をするアルフォンスに対してテッドはは惑った目を向けた。

「君にだって……、生きたい未来が、叶えたい夢が、あるだろう……。だから、助けるんだ……」


「そんなのッ‼ お前に関係──」


「──僕の夢は」


「!」


 反発しようとしたテッドの言葉をアルフォンスが遮る。


「僕の夢は……、強くなって……、誰かを助ける為に、皆の未来を守る為に戦える人になる事なんだ……」


「だから」と、アルフォンスは言葉を続けた。



「──絶対に、君を助ける」



「ッ……」


 憔悴し切っていてなお力強く言い放たれたその言葉に、テッドは一瞬言葉を失った。


「お前……。なんで、そこまで……」


「情けない子孫だけど、周りから蔑まれるけど……。それでも、世界を救った英雄の、皆の未来を守った英雄の子孫である事は……、『フリード』の名は……」


 どこか誇らしげな笑みを薄く浮かべながら、アルフォンスは続けた。



「───僕の、たった一つの誇りだから……」



「……ッ、アルフォンス……」


 テッドはアルフォンスに対して何か言葉を掛けようとしたが、それよりも早くアルフォンスが「よし」、と切り出した。


「取り敢えず、これで、動けるようになったと思う……、さぁ、立っ…」


「──アルフォンスッ‼」


「‼」


 アルフォンスがテッドに手を伸ばそうとした瞬間、テッドがアルフォンスの後方に目を見開き、声を上げた。


 それに反応したアルフォンスが咄嗟に背後へ振り向くと、先程まで業火に身を包まれていたドラゴンがその姿を表し、火の玉を二人に向けて放つのが目に映った。


付与魔術エンチャント‼」


 アルフォンスは携えていた模造品の剣に瞬時に魔力を込め、眼前に迫っていた火の玉を両断した。

 二つに裂かれた炎の塊は二人の後方でそれぞれ着弾し爆音を上げながら爆ぜた。


「〝必死の治療を台無しにしてやろうと思ったが、残念だ〟」


「立って‼」


「あ、ああ…!」


 アルフォンスは剣をドラゴンに向けたままテッドの方へ振り向き、血相を変えて行動を促した。

 致命的な負傷は治ったものの、未だ全身に残る鈍い痛みを堪えながらテッドは立ち上がり、ドラゴンが崩壊させた食堂の壁穴に向かい駆け出す。


「……っ‼」


 しかし、続く足音が聞こえない事を不審に思い後方へ振り返ると、アルフォンスは未だドラゴンと対峙していた。


「……おいっ! アルフォンス、何やってんだ‼ お前も早く来いっ‼」


「……僕は、一緒には行けない」


「……は⁉ お前何言ってんだ……っ‼」


 アルフォンスは僅かに後方へ振り向いて視線を向けた。


「出口の側で、倒れてる生徒がいる。……多分、足を怪我してる」


 テッドはアルフォンスの視線の先の出口に目を向けて、食堂内に唯一取り残されているその生徒の姿を確認した。


「黒殲龍が黙って僕たち三人を見逃す筈がない……。僕が奴を食い止めるから、その間に彼を連れて逃げて欲しい」


「おっ、お前は、お前はどうする‼」


「君達が逃げられたら、僕も隙を見て退避するよ」


「お前死にてぇのかっ‼ 良いから早く……」


「──このままじゃ‼」


 アルフォンスを説得しようとするテッドに対して、アルフォンスは声を張り上げた。


「このままじゃ、三人とも死ぬだけだッ」


「……ッ‼」


 アルフォンスの言葉にテッドは反論の出来なかった。


 今はどこか不敵な笑みを浮かべたまま二人を見ているだけのドラゴンだが、いつまた攻撃をしてくるか分からない。


 怪我人一人を抱えて三人一緒にドラゴンから逃げ延びる事は、まず不可能だろう。


 仮にテッドがアルフォンスに加勢しようにも、まさに足手まといになるだけ。


 この状況では、いくら説得しようとも絶対にアルフォンスは一人で残る。


 全員が生き残る可能性が最も高い選択肢があるとすれば、少しでも早くテッドと怪我人の生徒がこの場を去り、アルフォンスが一人でドラゴンの隙を見つけて逃げること。


 それらを理解したテッドは、自分の中で結論を出した。


 血が滲むほど強く拳を握り締めて僅かに俯くと、テッドは顔を上げて「……分かった」とアルフォンスに声を掛けた。


「すまない、アルフォンス。お前をここに残して、俺は逃げる」


「……ありがとう。彼を、頼んだ」


 アルフォンスは強張った表情を僅かに緩めてテッドの決断に感謝を伝えると、向き直って再びドラゴンと対峙した。


「……っ」


 滲んだ視界でその姿を見届けるとテッドも出口の方へ向き直り、出口の側に倒れている生徒の方へ向かって駆け出した。


「〝行かせぬ〟」


「〝させるか‼〟」


 駆け出したテッドの背中に向けてドラゴンが放った火の玉を、アルフォンスが斬り裂く。


「〝面白い。あの男の贋物が……。精々足掻いてみるが良い〟」


 歪に笑ったドラゴンは、駆けるテッドに向けて次々と火の玉を放つ。


 高速で飛び交うそれらに対し、アルフォンスはテッドに当たらぬように軌道上で両断していく。


 全身の負傷と疲労によって意識が霞んで行く中、アルフォンスはただひたすら火の玉を切り裂く事だけに意識を集中させた。


 模造品の剣に掛けた付与魔術の力が弱まり、火の玉を切り裂く精度も段々と下がり、防ぎ切れなかった火の玉が徐々にアルフォンスの身体に被弾するようになるが、それでも彼はただひたすらに剣を振り続けた。


 ……そんな中。


「……アルフォンス‼」


 と、遠くの後方からテッドの声が響いた。


「お前には、言いたい事が山ほどある‼」


「だから、だから……‼」と、テッドは言葉を続けた。


「……絶対に、死ぬんじゃねぇぞ‼」


「……!」


 その言葉に対してアルフォンスは、


「(……ああ‼)」


 と胸の中で答え、剣を握る両手に力を籠めた。


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