第28話 英雄の意思 <2>

 


 今や見る影も無いほど崩壊し、至る所に瓦礫の散乱しているクロフォード魔術学園の食堂内に、更なる破壊を顕すような爆音が響き渡る。


「ぐっ……、……ッ!」


 背中から広がる、全身を襲う激しい衝撃。


 もう何度目かも分からない、自身が終焉の黒殲龍シュヴァルディウスによって壁に叩きつけられた衝撃だ。


 もはや殆ど意識ない中で、黒殲龍を足止めする為に幾度となく立ち上がり剣を振るい続けて来たが、いよいよ身体中のどこにも力が入らなくなったようだ。


「“どうした、もう立てぬのか”」


 黒殲龍が、どこか呆れたように僕に問いかける。


 ───身体が痛い。苦しい。もう嫌だ、立ちたくない。もう戦いたくない。


 どこからか、誰かの情けない声が聞こえてくる。


 ───戦うのは怖い。自分が傷つくのも、誰かを傷つけるのも嫌だ。今すぐ逃げ出したい。


 分かってる。僕だ。アルフォンス=フリー僕自身ドの声だ。


 そうだ、僕は戦うのが嫌いだ。戦って傷つけられるのは怖いし、誰かを傷つけるのだって嫌だ。


 本当は終焉の黒殲龍シュヴァルディウスが現れた時だって逃げ出したかった。立ち向かうのは凄く怖かった。


「“所詮は、の贋物。貴様ではあの男のようにはなれない。貴様はあの男とは比べ物にならない程に弱い。貴様では、どんなに必死に足掻こうが英雄にはなれない”」


 黒殲龍が言う人物は、僕の先祖で、400年前に終焉の黒殲龍シュヴァルディウスを打ち倒した大英雄、ジーク=フリードの事だろう。


「“そうだ……、僕は、英雄じゃない……”」


 地面を押す手と両足に力を込め、立ち上がろうとする。


「(分かってる。今までだって、周りからずっと言われてきた)」


 上手く力が入らず僅かにガクガクと震えるが、それでも力一杯踏ん張って立ち上がった。


「“僕じゃ、英雄にはなれない……”」


 先程攻撃を受けた際に刀身を殆ど欠損した模造品の剣を、強く握り締める。


「“それでも、僕は……”」


 僅か十数cmの刀身に魔力を込めて、黒殲龍へ向ける。


「“僕は、僕自身を全うする……ッ!!”」


 戦うのは好きじゃなかった。


 それでも、一生懸命に剣を振り続けてきた。

 精一杯魔術を勉強してきた。


 親に失望されて、周りから馬鹿にされて、嫌な思いを沢山してきたけど、それでも、強くなる為に努力してきた。


 親や周りの期待に応えたいとか、名誉を得たいとか、そんな理由じゃない。


 例え英雄になれなくても、誰かの為に戦える人間になりたかったんだ。


 戦えない人達の代わりに戦えるよう、理不尽に傷つけれる人達を守れるようになりたかった。


 僕は英雄じゃない。僕じゃ英雄にはなれない。僕じゃ世界を救うことなんて出来ない。


 それでも、必死に強くなって、僕が守れるものくらいは守りたい。


 最後の最期まで、立ち上がり続ける。


「“だから、お前を皆の所へは行かせない……ッ!!”」


 黒殲龍へ向けて吼える。


 それを見た黒殲龍の表情が僅かに歪む。


「“によく似た、忌まわしい目だ……”」


 先刻まではどこか余裕に溢れた黒殲龍だったが、今は憎悪を孕んだ目に変わっている。


「“……死に損ないの虫ケラを小突く遊びにも飽きたところだ”」


 黒殲龍は自身の尻尾を大きく振り上げ、


「“もう死ぬがいい”」


 勢い良く振り下ろした。


 先程までの、痛めつける事を目的とした攻撃ではない。


 明確に“殺す”為の一撃。


 この日最大の爆音と共に強い衝撃波が生まれ、辺りの瓦礫も吹き飛ばされる。


 相手は立っている事が限界な程虫の息。黒殲龍シュヴァルディウス自身、止めを刺したと確信した。


 しかし、


「“まだ……、死ねないな……”」


 終焉の黒殲龍シュヴァルディウスは目を見開いた。


 黒殲龍の一撃を、僕は受け止めた。



「“お前を止める為に、僕はまだ死ねない”」



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