第21話 エリザ・ローレッド

 

 クロフォード魔術学園の第一演習ルームにて、二年Aクラスの生徒達は授業で模擬試合を行っていた。


 八つ展開されている試合用フィールドのうちの一つで向き合っている、二人の女子生徒。

一人はAクラスに所属する学年序列三位のエリザ・ローレッド。


そしてもう一人、彼女と向き合うように立つのは幻想的とも言えるほど美しい銀髪の少女。


「(──今日こそ勝つわ)」


 敵意を剥き出しに睨みつけるエリザとは反対に、見るもの全てに冷たい印象を与えるような、感情をまるで感じさせない表情で佇む銀髪の少女の名は、ユフィア・クインズロード。


 クロフォード魔術学園では、非常に優秀な生徒に対して最も優れていることを証明するA級の称号が与えられる。


 そんな中、A級の範疇、そして魔術学生としての領域を遥かに超越した生徒にのみ特例としてS級の称号が与えられる。


 そして、実技試験において学園が始まって以来初めて基本属性の魔術の評価でオールSを叩き出し、学園史上でもわずか三人しかいないS級魔術学生の称号を与えられた傑物こそが現在エリザと向き合う銀髪の少女、ユフィア・クインズロードだ。


 彼女こそがクロフォード魔術学園の第二学年序列一位であり、その実力は学園史上最強との呼び声も高く未だかつてエリザが一度も勝利したことのない相手である。


「いくわよ‼」


「……ええ」


 強い口調で言い放ったエリザに対し、ユフィアは無表情のまま、ごく平静な様子で答えた。

滅し穿つ旋風の雨射ヴィンディヒ・シュトゥルム・ランツェ‼」


暴虐の碧水龍グラオザーム・シュトルーデル


 先手を取れるようにエリザはすぐさま詠唱を行い、ユフィアに向かって無数の風の矢を魔法陣から繰り出した。


 対するユフィアは非常に淡々とした様子でやや遅れ気味に紺碧色の魔方陣を展開し、龍を象った巨大な水の魔術を魔法陣から放射した。


 巨大な岩をも粉砕する無数の風の矢を真正面から受け、被弾した表層から飛沫を上げながらも水の龍は勢いを落とさずに轟音を響かせながらエリザに迫る。


「くっ……‼」 


 間近に迫った水の龍に抵抗する為に、エリザは歯を食いしばりながら更に魔法陣に魔力を注ぐ。


「……はあああああっ‼」


 エリザの咆哮に呼応するように風の矢の弾幕は威力を上げ、それに塞き止められるかのように水の龍は勢いを落とした。


「……」


 だが直後に水の龍はその口を大きく開き、まるで吼えているかのような轟音を上げると、その口で全ての風の矢を飲み込みながら再び勢いを増してエリザに迫った。


「……ッ‼」


 エリザは更に魔力を込めて対抗しようとしたが、それも虚しく巨大な水の龍に飲み込まれてそのままフィールドの障壁に叩きつけられた。


「……かはっ!」


 障壁に追突した衝撃に耐え切れず、肺から込み上げてきた息を吐き出したエリザはそのまま地面に倒れ込んだ。


 しかし、歯を食いしばりながらエリザはすぐに腕を支えに上体を起こす。


「まだ……負けてない……ッ‼」


「……」


 その様子を、ユフィアはやり無表情のまま見つめる。


 エリザはフラフラと立ち上がりながら、力なく腕を上げて魔法陣を展開する。


 彼女はそのまま試合を続行しようとしたが、


「もう終りですよ、エリザさん」


 と、模擬試合の監督を務める教師に背後から声を掛けられて止められた。


「……!」


「どう見てもエリザさんの負けです。次のペアが控えていますから、フィールドを交代して下さい」

 試合を止めに入った監督教師はエリザにフィールドからの退出を促す。


「まだ終わってません! 私は戦えます!」


「いいえ。模擬試合の監督者として、これ以上の試合の続行は認められません。疲弊した状態での試合は通常時より遥かに大怪我の可能性が高くなりますからね。 模擬試合の授業はこれからもありますし、そもそも勝ち負けに拘るものでもないのですから、今日はこれで切り上げて下さい」


「……っ」


 強く反発してきたエリザに対して、教師は諭すように言った。


 少々気持ちが昂ぶっているエリザとは反対に酷く冷静な態度の教師に対して、これ以上抗議したところで試合の続行は認めて貰えないとエリザは悟った。


「……分かりました」


 ユフィアに対して一言「有難う御座いました」と模擬試合後の挨拶をし、悔しさを噛みしめるように俯きながらフィールドから退場した。


 続いてユフィアも無表情のまま「こちらこそ、有難う御座いました」と言い、フィールドから退場した。


 模擬試合のフィールドから出ると、エリザの方にチラチラと視線を向けながら、ヒソヒソと小声で会話をしている数人組の女子生徒達の姿がエリザの目に映った。


「……煩わしいわね、ホント」


 決してその声が聞こえる訳ではないが、エリザにはその女子生徒達の会話の内容は大方予想が付いていた。


 何故なら、以前クラスの女子生徒達がエリザに対して、「エリザさん、毎度よくやるよね」 「ユフィアさんに勝てる訳がないなのに」「ユフィアさんとじゃ、根本的に才能の差があるのが分からないのかしら」「エリザさん、プライドだけは高いっていうか」「あんなに必死になって、何だか哀れよね」、などと陰で言っていたのを偶然耳にした事があったからだ。


 恐らく今回も「エリザさん、またやってるわよ」などといった、エリザを哀れむような、蔑むような内容の話をしているのだろうとエリザには容易に想像が出来た。


 外野に好き勝手言われるなどエリザにとっては非常に屈辱的な事であったが、彼女はそれを甘んじて受け入れていた。


 彼女達に何か言い返したり、彼女達と今から模擬試合を行って力の差を思い知らせてやる事は容易い。


 しかし「そんな事をしたところでユフィア・クインズロードに勝てないという現状は変わらない」と自分に言い聞かせ、いずれユフィアに勝つことで彼女達を見返してやるのだと固く誓っている。


 怒りをぶつけるように演習ルームの的に魔術を繰り出し続けているうちに監督教師が授業の時間が終了したことを告げたので、彼女は演習ルームから退出し、更衣室へ向かった。


 一年生の頃のエリザはいつも今回のようにユフィアとの模擬試合において決着を認めず、強引に試合を続行しようとしては監督教師に止められていた。


 クロフォード魔術学園に入学するまでは稀代の天才魔術師と言われていた自分が、同世代の生徒に負けるという事が許せなかったからである。


 魔術師の名門ローレッド家に生まれ、小さな頃から周りの子達や時には大人の魔術師さえもを魔術で負かし、天才魔術師であるという強い自負を持っていた彼女だったが、学園に入学して初めて同世代の人間に魔術で敗北した。


 初めはそれを認める事に非常に強く抵抗し、それまで以上に魔術の鍛錬を行い、ユフィア・クインズロードに勝利しようと意地になっていた。


 しかし、どれ程努力しようとユフィアとの差は開くばかりであった。


 入学から一年が経ち、二年生になった頃には、彼女は強引に模擬試合を続行しようとはしなくなっていた。


 周りが言うように、自分とユフィア・クインズロードとではそもそも持って生まれた才能が根本的に違うのだと、彼女は徐々に受け入れられるようになっていたのだ。


 ユフィアという本物の天才の前には自分など凡才過ぎないという事を、エリザは認めざるを得なかった。


 どれだけ努力しようと、自分は決して彼女に追いつく事は出来ない。これ以上、決して超えられぬ壁を前に躍起になっても仕方がない、と。


 近頃のエリザはユフィアに勝利する事を諦め、彼女との才能の差を受け入れ始めていた。


 しかし、エリザは最近になって再びユフィアに追いつこうと足掻き始めた。


 きっかけは、先日エリザと決闘を行ったある男の言葉だった。


『どれだけ打ちのめされようと、どれだけ実力の差を突きつけられようと、どれだけ絶望的な状況になろうと、───諦めない限り、負けじゃない』


 常にどこかふざけた台詞ばかり並べていた男だったが、その言葉にだけは異様な重みがあり、その日から彼の言葉がエリザの中に反響するようにこびり付いていた。


 何故かは分からないが、男の言葉からは絶対に超えられない壁に対して例え這いずりながらでも、その壁を超える為に足掻こうとする強い意志が感じられた。


 彼の言葉が不気味ほど自分の中で繰り返させる中で、エリザはかつて自分がユフィア・クインズロードに勝つために必死になっていた日々の想いを思い起こした。


 ──もう少しだけ、足掻いてみよう。


 エリザにとっては非常に癪であったが、彼女がその男の言葉によって再び強い闘志を取り戻したのは揺ぎ無い事実であった。


 それからの彼女は以前にも増して魔術の鍛錬を行い、再びユフィアを超えようと努力を始めた。


 だが、本日の模擬試合で自身の全力をユフィアにぶつけ、その全てを軽く蹴散らされた事に対して、エリザはユフィア・クインズロードとの間にある絶対的な才能の差を前に、再び挫折しそうになっていた。


「(やっぱり、ユフィアは強い……。どうしたって、結局彼女に勝つことなんて……)」


 ……決して、エリザの意志が弱い訳ではない。


 再び取り戻した闘志をいとも簡単に挫くほど、ユフィア・クインズロードの実力が圧倒的なものであるのだ。


 どこまでも底が見えず、自身がどれほど努力をしようとも決して辿り着けない領域だと認めざるを得ないような才能の差を、本日改めて痛感したエリザ。


 魔術の才能があるからこそ、その実力差が嫌というほど分かってしまうのだ。


 僅かに俯きながらエリザが更衣室へ向かって廊下を歩いていると、向かいから歩いてきた一人の男子生徒の姿が目に映った。


 エリザは、「あ」という言葉と共に顔を上げて足を止めた。


 それに続くように、黒髪黒眼の男子生徒がエリザに気付いたように立ち止まった。


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