第20話 決闘後夜
……エリザ・ローレッドと決闘を行い、レスティアからも無事解放された日の夜。
シオンはいつものようにCクラス生徒用の実技訓練場で魔術の鍛錬を行っていた。
彼は「限界加速」を発動し、静止した状態のまま魔力が切れるまで発動を維持する。
彼は十数秒後に魔力切れを起こし、激しく息を切らしながら全身に汗を滲ませた。
全身の血管を以上に腫れ上がらせ、魔力切れに伴う全身を襲う激しい痛みに耐えながら地面に座り込むと、ポーションを飲んで魔力の回復を待つ。
魔力が回復したら再び立ち上がって「限界加速」を発動し、今度は「限界加速」の状態を維持したまま身体を大きく動かす練習を行う。
再び魔力が切れたらポーションを飲んで回復を待ち、今度は「限界加速」の発動と解除を素早く繰り返す。
その次は「
一連の行動は全て「限界加速」を使いこなすための鍛錬だ。
「限界加速」を初めて発動したその日から、彼は一日も欠かさずに一切の妥協なく鍛錬を続けてきた。
今でさえ見掛け倒しレベルの性能でしかないが、彼が初めて「限界加速」に発動に成功したばかりの時は更に使い物になるような代物ではなかった。
彼が初めて「限界加速」を発動させた時には僅か〇・一秒程度しか魔術を維持出来ず、一瞬で魔力切れを起こして気絶した。
シオンは生まれつき「限界加速」に適応できる性質の魔力を持っていたが、それはあくまでシオン基準の話。
……彼にとっては、高位の魔術はその有用性によらず発動出来ればそれだけで適正があると言える。
シオンは以前まで数え切れぬ程膨大な量の高位魔術の発動を試みていたが、その一切を発動さえ出来なかった。
そんな日々の中、あるとき商人である彼の両親は国の魔術図書館にさえ置いていないような珍しい魔術本を入手して来た。
それは中身が全て竜族語で書かれている魔術本だった。
竜族語とは、現在世界中で広く使われている公用語とは異なる、ドラゴンや竜人族という亜人が使用していた独自の言語だ。
竜人族を含めた多くの亜人達は元々は人間達とは関わらずに暮らしていたが、長い年月の中で次第に様々な亜人達が人間達と生活を共にするようなり、人間と亜人のハーフ、所謂半亜人と呼ばれる人々も増えていった。
それに伴って人間達は亜人達固有のものだった魔術や文化の多くを継承した。
竜人族は魔術の扱いに優れ、固有の魔術をいくつも持っており、人々がそれらを継承すると公用語に翻訳した魔術本を多く作った。
しかし、当時の竜人族に使い手がいなかった魔術や継承できる人間がいなかった魔術は公用語での魔術本が作られる事はなく、竜族語でのみ書かれた魔術本が残った。
その内の一つが「限界加速」の魔術本であり、シオンの両親が入手したものであった。
その魔術の発動を試みるにはまず竜族語を覚えることから始めなければならなかったが、シオンは両親からその魔術本を与えられると迷わずに竜族語の勉強を始めた。
竜の血を持つ一族が作り上げた固有の魔術。古くに忘れ去られ、現在では誰一人として使い手がいないかもしれない魔術。
「もしかすると現代ではシオン・クロサキだけが使える固有の魔術になるかもしれない」というそれらの事実が、彼を異常なほど滾らせた。
──「自分だけの切り札」、これほどシオンを震わせる響きは他になかった。
彼は両親の協力の元で竜族語を覚えながら「限界加速」の魔術本を解読してその構成と術式を覚えた。
初めから発動が出来た訳ではないが、彼は何千回と発動を試し、その末に「限界加速」の発動に成功した。
それでも、その結果発動出来た時間は僅か〇・一秒。
身体に強い負担が掛かり、微動だにする事が出来ないまま〇・一秒が経過し、すぐに魔力切れ。
彼が膨大な時間を捧げた魔術は、到底使い物になるような代物ではなかった。
一般の魔術師であれば「この魔術は自分に向いていない」と、即切り捨てるであろう悲惨さだった。
しかし、シオンは違った。
無数の魔術を必死に勉強しても発動さえ出来なかった彼が、例え使い物にならないレベルであろうと「限界加速」は発動することが出来た。
その事実を受けて、彼は「これこそが自分の切り札になる」と確信したのだ。
始めて発動に成功した日から、彼は一日も欠かさずに「限界加速」の鍛錬を続けて来た。
いつの日か、それが本当に自分の切り札になると信じて。
本日行われたエリザ・ローレッドとの決闘では、シオンはあくまでエリザの魔術を避ける事しか出来ず、結果を見れば紛うことなき彼の惨敗であった。
エリザ・ローレッドは、シオンにとっては千回戦えば必ず千回負ける相手。
才能から魔力から何まで、全てに絶対的な差のある相手。
しかし、「限界加速」は間違いなくエリザ・ローレッドの切り札である「滅し穿つ旋風の雨射」を上回っていた。
シオンが積み上げてきた努力は、磨き上げてきた刃は、確実に彼女の喉元に届きつつあった。
もしあと数秒長く「限界加速」を発動出来ていたら、もし「限界加速」を発動しながら別の攻撃魔術を繰り出せたら、もっと上手く「限界加速」を使いこなせていたら、……もしかしたら、彼女に一太刀浴びせる事が出来たかもしれない。
「限界加速」は、シオンがA級魔術師を超える可能性を十分に秘めていた。
──やはり自分が選んだ魔術は間違っていなかったと、シオンは確信した。
魔術の才能のない彼は、学園内の誰よりも努力しているが、その内の誰よりも成長が遅い。
長い年月を掛けて、尋常でない鍛錬を続けても、それでも「限界加速」発動中は十数秒間歩くだけで精一杯。
しかし、どれだけその歩幅が小さくとも、彼は常に前進を続ける。
彼は、決して立ち止まらない。
いずれは自分が最強の魔導剣士になれると信じて疑わない。
故に彼は今日も、そして明日からも日々の鍛錬を重ねていく。
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