第19話 レスティアパニック
「クロサキ君、やけに遅いですね……?」
学園内の植物学準備室にて、教員のリナ・レスティアは一人ぽつりと呟いた。
彼女は教え子のシオンに授業の準備を手伝って貰っており、現在は用具倉庫にある器具を取って来て貰うよう彼にお願いしていた。
レスティアは自身も作業を進めながら彼の到着を待っていたが、シオンが用具倉庫から戻ってくるのに妙に時間が掛かっている事が彼女の気に掛かっていた。
「(用具倉庫は確かにここから少し離れていますけど、こんなに時間が掛かるでしょうか……?)」
不思議がるレスティアだったが、学園の用具倉庫には植物魔術の授業で用いる器具以外にも様々な種類の用具が収納されているため、レスティアがシオンに依頼した器具が見つかっていないという可能性は十分にあった。
恐らくはそれが理由で遅れているのだろうと彼女は自分の中で結論付けた。
……実際にはシオンは闘技場にてエリザ・ローレッドとの決闘を行っていたのだが、彼女がそれを知る由はない。
「はぁ、私も一緒に行っておけば良かったなぁ」
と、レスティアは口惜しがった。
彼女にとっては、本来はそれこそが理想であった。
彼女の教える植物魔術の授業で実験を行う際には、生徒の人数分の器具や土、植物の種など、それなりの準備が必要となる。
しかし、それらは決して彼女一人で準備が出来ない訳ではなく、誰かの手伝いが絶対に必要という事はない。
それでも彼女はシオンと一緒にいる時間を作りたくて授業の準備を手伝って貰う事を口実としているのだ。
彼女にとって重要なのはシオンに雑用を済ませて貰うことではなく、彼と一緒に準備を進めること。
なので、シオンが一人で用具倉庫に器具を取りに行ってしまっているという現在の状況はレスティアにとっては大変好ましくなかった。
この状況に陥ってしまった原因は、先日の出来事。
先日、リナ・レスティアは不慮の事故によってシオンに対して覆いかぶさるように倒れ込んでしまい、互いの鼻先が触れある寸前の距離でしばらく抱き着いた状態になってしまった。
その時の出来事を先ほどシオンと対面した際に思い出してしまい、レスティアは思わず言葉を詰まらせて顔を赤らめた。
そんな妙な様子のレスティアをシオンは心配したが、彼女は誤魔化しながら咄嗟に用具倉庫に器具を取りに行って貰うよう彼にお願いした。
その結果、思いの外シオンが戻ってくるのに時間が掛かってしまい、現在レスティアはしょげながら一人で授業の準備を進めているのだ。
「はぁ……。私は何で生徒のことをこんなに意識してしまっているんでしょうか……。……はっ‼」
その時、レスティアはふと思い改まった。
「……というか、なんで私だけこんなに一方的に意識してるんですかっ!」
そういうと、レスティアは準備室内に置いてある姿見の前に立った。
「昔から植物にしか関心がなかったから気にしてませんでしたが、結構男性から言い寄られる事も多いですし、これでも顔立ちは結構良い方……ですよね?」
鏡に映った自分の顔をポジティブに評価するレスティアだったが、客観的にはそれもまだ控えめな評価であり、彼女は紛れもなく特別綺麗な顔立ちだった。
「それに胸だって大きい方だですし……。これが当たっても反応しないのって、男の人なら珍しいんじゃないでしょうか……?」
と、彼女は自分で大きさを確かめるように両手で横から軽く持ち上げた。
「それとも、普段の私の女性的なアピールが足りてないんですかね……? 例えば、こうして……」
そう言うと、レスティアはブラウスのボタンを上から三つほど外し、胸の谷間が見えるように開くと、身体を前屈みにしてその胸元を姿見に映した。
「……‼ わっ……。こうすれば、私だって結構──」
……その時だった。
「──失礼します。すみません、遅くなり……」
「…………」
「…………」
……入室してきたシオンと、姿見に映ったレスティアの目がばっちりと合った。
──その直後、シオンは一瞬にして全身を極太の植物に拘束され、完全に身動きの取れない状態になっていた。
「先生、待って下さい、本当にやめましょう」
「……大丈夫です、クロサキ君‼ 上手くいけば今日一日の記憶が飛ぶだけで済むはずですから!!」
「先生、俺は先生の授業で習いました。その手に持ってる液体を飲まされたら一日の記憶が飛ぶでは済みません。どうか早まらないで下さい、まじで」
禍々しい色の液体が入った瓶を携えたレスティアの目は、完全に正気を失っている目だった。
「(……やばい、これは本当に殺されるっ‼)」
……その後、シオンの必死の説得によってレスティアが正気を取り戻すまでには随分と時間が掛かった。
シオンはこの時、人生で一番リアルな死の危険を感じたという……。
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