第12話 模擬試合

  

 クロフォード魔術学園の第四演習ルームにて、シオン・クロサキの在籍する二年Cクラスの生徒は模擬試合を行っていた。


 模擬試合を行う際、生徒達は普段着ている制服とは異なる戦闘用の服を着用する。


 戦闘服には抗魔こうまの力、簡単に言うと対魔術用の防護服としての力が備わっており、魔術が直撃した際のダメージを軽減する。


 授業における模擬試合は相手を倒すことを目的とするのではなく、あくまで実戦での魔術の扱いを磨くためのもの。


 故に、模擬試合を行う際に強く勝敗に拘る生徒というのはあまりいない。


 しかし、二年Cクラス内で群を抜いて勝敗に強く拘る男が一人。


 誰であろう、シオン・クロサキその人である。


 ただし、彼は模擬試合において勝ちに拘るのではない。


 彼は常に負けに拘る。


 それも、ただの負けではない。


 全力で魔術を使用し、その上であたかも「力をセーブし、本来なら絶対に食らう筈もない魔術をわざと食らって負けた」風を装って負ける事に拘るのだ。


 単純に手を抜いてわざとらしく負けるのではなく、模擬試合という場でしっかりと魔術を磨いたうえで「わざと負けた」風を装うのが、彼の信条である。


 魔術を磨くことだけに重きを置くならば、そんな演技をする余裕があればその分の集中力をも全て魔術を扱うことに費やし、負けではなく勝利を求めるべきであると言えるだろう。


 しかし、彼はそうはしない。


 何故ならば、彼はカッコつけたいから。


 真の実力を隠している風を装いたい彼にとって、模擬試合において平凡な勝利は許されない。


 魔術も磨く、格好もつける。そのどちらにも妥協を許さないのがシオン・クロサキという男だった。


 現在二年Cクラスが使用している第四演習ルームには、魔術で生み出されている障壁によって区切られた十五メートル×十五メートルの模擬試合用のフィールドが八つ作られている。


 この魔力による障壁に囲まれた立方体の箱のような空間の中で模擬試合は行われる。試合を行わない生徒は各々演習ルーム内にある的に魔術の試し撃ちを行ったり、試合の見学をしたりしてフィールドが空くのを待っている。


 現在シオンは模擬試合を行っており、フィールド内で十数メートル離れた対戦相手と互いに魔術を撃ち合っていた。


風刃ウィンドカッター


 シオンと対戦相手が同時に繰り出した鮮緑色がかった風の刃は、両者の中間距離で衝突し、周囲に突風を起こして相殺した。


火球ファイアボール


 相手が次の魔術を繰り出すよりも先に、シオンが仕掛けた。


 ボッボッボッ、と連続で音を立てながら、シオンの前方の魔法陣から三つの火の玉が繰り出される。

「ッ! 炎渦盾フレイムシールド‼」


 後手に回った対戦相手は咄嗟に炎による防壁を前方に生み出し、シオンによる火の玉を打ち消した。

水球ウォーターボール


 直後、間髪入れずにシオンによって放たれた直径四十センチメートル程の水の球体、「水球」が相手に迫る。


 相手はそのまま「炎渦盾」を展開し続け、水球を打ち消した。


 その際に水の球体はジュワァ、っと大きな音を上げながら蒸発し、シオンの対戦相手の前方は密度の濃い蒸気に覆われ視界が曇った。


「くっ、突風サイクロン!」


 相手の様子が見えない状況は好ましくないと思った対戦相手は、咄嗟に風を起こして蒸気を掻き消す。


「‼」


 開けた視界の先では、既にシオンが対戦相手へ両の掌を向けていた。


 シオンの繰り出す魔術に応じようと対戦相手も攻撃魔術を繰り出そうとするが、その瞬間、ある違和感に襲われた。


「(魔法陣が……展開されていない……?)」


 対戦相手に向けているシオンの掌の前方には、魔法陣が展開されていなかったのだ。


「(魔力が尽きたか? ならば今こそ──)」


 この瞬間が好機と、追撃の準備に入った対戦相手。


「ッ⁉」


 しかし、直後に対戦相手はそのまま魔法陣から魔術を繰り出すことを中断した。


 シオンの右足に接している地面に、魔法陣が展開されていたからである。


「(向けていた掌はブラフか……‼)」


蒼電のライトニング・追衝シュテルメン


 シオンが詠唱すると右足を中心に地面に展開されていた魔法陣は青白磁色の輝きを放ち、そこから対戦相手へ向かって地面を伝い強烈な稲妻が走った。


 「(マズイ……‼) 土壁グランド・ウォール‼」


 強烈なプラズマ音を上げながら迫る稲妻に対して、対戦相手は咄嗟に屈んで掌を地面に着けて魔法陣を展開し、そこから大人の背丈程の土の壁を生み出した。


 稲妻は土の壁に衝突すると、目が眩む程の光と共に轟音を響かせながら周囲へ分散した。


 パチリと小さな音を最後に稲妻が完全に消滅すると、土の壁にも全体に亀裂が入り、地面に崩れ落ち砂と化した。


 砂埃が巻き上がる中で対戦相手が立ち上がって前方へ目を向けると、シオンは既に対戦相手へ向けて四つの火球を繰り出していた。


「ッ‼ 水渦嵐アクアヴォーテックス‼」


 迫り来る火球に対して、もう魔力も残り少なかった対戦相手は咄嗟に渾身の魔力を込めて強力な螺旋状の水を放射した。


「はあああああっ‼」


 これが最後の一撃になると確信した対戦相手は、ありったけの魔力を魔法陣に注ぎ畳み掛ける。


 水の渦はシオンの繰り出した四つの火の玉を打ち消して、シオンに迫った。


 シオンは再び魔術を繰り出そうとするが、魔法陣を展開する前に強烈な水の渦に吹き飛ばされ、背後の壁に叩きつけられた。


 そのままシオンは地面に片膝を付いて降参を示すように軽く片手を上げると、模擬試合はシオンの敗北で決着となった──。


「はぁ、はぁ……。有難う御座いました」


 シオンの対戦相手は息を切らしながらシオンに近づいて試合後の挨拶をした。


「こちらこそ、有難う御座いました」


 スッっと立ち上がったシオンは、澄ました顔で挨拶を返した。


 だが、その澄ました様子は虚勢であり、そのまま床に転がって眠ってしまいたいと思うほどシオンは疲弊しきっている。


「はは、何だか、勝った俺より余裕そうだな」


 シオンの対戦相手は苦笑いしながらシオンに話し掛ける。


「そんな事はない。これでも疲労困憊ひろうこんぱいだ。立っているのさえキツイよ」


 苦笑いしながら話す対戦相手に対して、シオンは本当に一切嘘偽りのない言葉で返した。


「……そうは見えないけどなぁ」


「強がってるだけだ」


 そういう彼の言葉は、ただの本音だった。


「そうか……。まぁ、本人がそう言うんなら、そうなんだろう」


 対戦相手は未だ腑に落ちない様子ではあったが、一応は納得した態度を取り「それはそうと」と、話を続けた。


「シオン、だったよな。お前、魔術の使い方滅茶苦茶上手いな! 足元からの雷魔術で奇襲仕掛けられた時は『やられた』と思ったぜ!」


「完全に不意を突いた筈なのに、咄嗟に属性有利の土属性魔術でそれを瞬時に防いだあんたには敵わないよ」


「いや、もう一秒でも早くお前が魔術を繰り出していたら、やられてたぜ」


 そう言うと、シオンの対戦相手は「……気になったんだが」と神妙な面持ちで言葉を続けた。


「あの時のお前、妙に魔術を出すのが遅くなかったか? もしかして手を抜いてわざと……」


 疑問を口にする対戦相手の言葉を、シオンが遮った。


「それはない。……足先から魔術を繰り出すのは難しくてな。どうしても時間が掛ってしまうんだ」

「……それもそうか。そうだよな、足元に魔法陣展開するなんてかなり難しいだろうし、時間も掛るか」


「ああ」


 シオンの言う通り、通常人は魔術を繰り出す際に掌や魔術具と呼ばれる媒体を用いた方が上手く魔力をコントロールすり事が可能であり、足先で魔法陣を展開することはやや難易度が高い。


 だがそれでも、水蒸気によって対戦相手の視界を遮り、相手の対応が間に合わないタイミングで魔術を繰り出す事はシオンには可能であった。


 しかし、決着がついてしまわない様にシオンはあえて相手が防御出来るタイミングを見計らって魔術を繰り出したのだった。


つまり、対戦相手だった生徒の疑いは正しかったが、シオンは上手い具合の言い訳を述べてそれを躱したのだった。


 対戦相手の生徒は、「完全に疑問が解消された」という様子でないが、「ある程度納得はいった」という様子だった。 


「まぁなんにせよ、今日の試合はすげぇ勉強になったぜ。また宜しくな!」


「こちらこそ、宜しく」


 そう言って両者は固く握手をすると、試合用のフィールドから退場した。


 ◆

 

 その後、演習ルームのフィールドでは生徒達が代わる代わる模擬試合を行って授業は終了した。


 演習ルームを退出したシオンが模擬試合の内容を振り返りながら更衣室へ向かって廊下を歩いていると、前方では先程の対戦相手がクラスメイトと会話をしながら歩いていた。


「そう言えばお前、今日あのクロサキって奴と試合してたよな。どうだった?」


 そんな会話に、シオンはしれっと聞き耳を立てた。


「ほとんどの魔術の威力は大したことなかったが、雷属性の魔術と魔術を使った戦いはかなり上手かったな。戦闘IQが高いんだと思うぜ」


「……それほんとか? あいつって確か商人の家の人間だろ? 魔術の才能なんてあるはずもないんだが」


「何と言うか、確かに魔力は弱いなって感じたけど、かなり魔術を工夫して使って戦ってて、すげぇ強かったぜ。実戦ならクラスで一番強いんじゃないか、あれ」


「なんだそりゃ。そう言って、じゃあそいつに勝ったお前はなんなんだよ」


「んー、本人は違うって言ってたけど、多分……手ぇ抜いてたんじゃねぇかな。試合後も余裕そうだったし、ありゃきっと全力を出しちゃいねぇよ」


「……買い被りだろ。去年はBクラスだったお前が商人の家の人間より劣るわけねぇって」


「うぅん。……そうだと良いんだがなぁ」


 一連の会話を聞いていたシオン。


 本日のシオンの対戦相手だった生徒は、まさしくシオンが理想とする「真の実力を隠している気がする」というリアクションだった。


 思わぬシチュエーションに、彼はもはや内心狂喜乱舞であった。


 その場で踊り出してしまいたくなる衝動を何とか堪え、シオンは前方の二人組からやや距離を取りつつ、平静を装いながら更衣室へ向かうのだった。


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