第11話 ローブの女 <3>
……王都の中心部からやや離れた街の中で、大変苛立った様子の侍女が一人。
彼女は、自身が仕えている雇い主たっての希望でその主と共に街の指圧屋に来ていた。
彼女は侍女という立場であったため「指圧マッサージを受けることは業務に差し支える」と断ったのだが、主があまりにも一緒にマッサージを受けようとしつこく、押しに負けてつい自身もマッサージを受けてしまった。
それこそが彼女の大失敗であった。
彼女の仕える主は、そもそも指圧マッサージなど受けるつもりはなかったのだ。
侍女がうつ伏せになって長時間の指圧マッサージを受けている間に、こっそり指圧屋から抜け出して街を出歩くことこそが侍女の主の目的であったのだ。
そのことに気付いた時には、もう既に遅かった。
侍女が約四十五分間の指圧マッサージを受け終えうつ伏せの状態から上体を起こすと、隣の寝台で施術を受けていたはずの主の姿はすっかりなくなっていた。
「あのクソボケ娘がああああああああああああ‼」
侍女は大急ぎで指圧屋を飛び出し、街で主の姿を探した。自身が指圧屋でマッサージを受けていたばかりに主の身に危険が及んだとなれば、彼女の首が飛んでしまう。
それは侍女という役職を解雇される、と言う意味ではない。文字通り、侍女の頭部が胴体を離れて宙に舞ってしまう、という意味である。
侍女は懸命に主を探した。
街の露店が立ち並ぶ市場を何度も往復し、主が興味を持ちそうな所は徹底的に探した。
しかし、いくら探しても侍女の主は見つからなかった。
「(クソッ‼ まずい、これは本当にマズい‼)」
「(もしかして市場よりも遠くに?)」「(だとしたらどこに?)」「(もしもあのクソ馬鹿に危険が迫っていたとしたら……‼)」」
焦燥と激しい緊張感の中、彼女の中をグルグルと思考が回る。
「チィッ‼ あの馬鹿娘‼ 一体どこに……っ‼」
人々が行き交う市場の通りで人目も憚らず憤る侍女。
……丁度その時、彼女に声を掛ける人物が一人現れた。
「馬鹿娘って、一体誰の事かしら。ねぇ、ちょっと」
侍女が声を掛けられた方へ振り向くと、そこにはローブのフードを目元が隠れる程深く被った女性が立っていた。
「
侍女に声を掛けたローブの女性こそ、彼女が必死に探していた主その人であった。
「本当に張っ倒すわよあなた……」
「心配していたんですよ‼ どこへ行かれていたんですか⁉」
「どこにって、街の
詰め寄ってくる侍女に対して、少女はまるで悪びれもせずにそう言い放った。
「街の探索って、……探索てっ‼ もし危ない目に遭ったらどうするんですか‼」
「危ない目なら、もう遇ってきたのだわ」
「遭ってきたぁ⁉」
得意気にとんでもないことをいう少女に、侍女は目を見開いた。
「ええ。でも、何か変な人に助けられたから、安心すると良いのだわ」
「変な人に助けられてても安心出来ませんが⁉」
「あら、失礼な言い草なのだわ。もし彼がいなかったら、あなた打ち首ものだったのよ?あなたは彼に感謝した方が良いのだわ」
「えぇ……。まぁ、それはそうかもしれませんが……」
「(ならば、ご自身も恩人に対して〝変な人〟なんて言わない方が……)」などとは、思っても決して言葉にはしない。そんな正論が通じる相手ではない事など、十分に理解しているからだ。
「そうでしょ、ふふん」と、侍女を言いくるめて満足気にする少女。
自分から勝手に侍女の元を離れて街に繰り出しておいて、偉そうな態度を取る少女。
……しかし、こんな横暴が許されてしまう程、この少女は実際に偉い立場にある。
少女の名はルーナ・リンデザ・ギルバート。ギルバート王国第三王女、ルーナ・リンデザ・ギルバートその人だ。
世界各国の要人から絶世の美少女としての常に絶賛の声を集める、鮮やかな桃色の髪を持つ王女。
しかしその実態は王宮での窮屈な暮らしに鬱憤が溜り、庶民の暮らしを見物する為に侍女を無理やり王宮から連れ出し、街を徘徊するおてんば王女であった。
「ほら、さっさと帰るわよアイリーン」
「……分かりました、お嬢様」
アイリーンと呼ばれた侍女は、さっさと王宮へ帰るべく歩き出したルーナ王女の後を追う。
「全く、アイリーンがちゃんと私の側にいないから、今日はとんだ目に遭ったのだわ」
「指圧屋を勝手に抜け出して私から離れたのはお嬢様でしょうっ‼」
「そんな事知らないのだわ。アイリーンはとんだポンコツなのだわ」
「はぁ……。そうです私はポンコツです。大変申し訳ありませんでした。」
アイリーンは、まるで機械のように感情のこもっていない返事をする。この王女の言葉など、真に受けても意味が無いことだと理解しているのだ。
「まぁ今回は許してあげるのだわ。次からはちゃんとしなさいよね」
「はい、承知致しました。お嬢様の寛大なお心に感謝いたします。」
酷く棒読みで返事をするアイリーン。しかし、侍女であるにも関わらず主から目を離してしまった事は事実なので、それに関しては反省し、「次からは二度とこの女から目を離さない」と誓うアイリーンであった。
「分かれば良いのだわ、ふふん」
「……?」
満足気に微笑むルーナ王女に対して、アイリーンは違和感を覚えた。
いつもならこの理不尽な小言が王宮に着くまでの間延々と続くはずだが、今日は妙にあっさりと済んだ。
「……お嬢様、今日は何だか随分と機嫌が良くないですか?」
「……そ、そんなこと、ないのだわ」
アイリーンの問いかけに対して随分と間を開けながら、ルーナはそっぽを向きながらそう返した。
「……?」
随分と普段と違う反応にアイリーンは更に不思議に思うが、「(まぁ、このアホアホお姫様の情緒などこんなものか)」と、すぐに切り替えた。
……そして、彼女らが歩く王都から離れた王国西部の魔術学園に戻ったシオン・クロサキという男は、自身が一国の王女の危機を救ったなどとは知る由も無いのであった。
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