爆姫編

Princess of explosion 1

 舗装された道路を、<剣姫>はひたすら進んで行く。

 地面にはまばらに砂埃が散っている。というよりも、時折吹く生暖かい風がそれらを運んでいるといったほうが正しいだろう。

「あ、暑い……」

 <弾姫>は肩で息をしながら、重い足取りで<剣姫>の後ろを歩いていった。

 見渡す限り、道路、道路、道路……。真横には無機質な倉庫のような建物が並んでいる。変わり映えのしない殺風景な視界に、<弾姫>は段々と痺れを切らしてきた。

「第七地区は他のエリアよりも気温が高い。それに乾燥もしている。とはいえ、あくまでこれらも脳内で創り出された疑似的な感覚に過ぎないがな」

 淡々と説明をする<剣姫>に、<弾姫>はムッと眉をひそめ、

「丁寧なご説明どうもありがとう。てか、アンタはなんでそんなに平気なの?」

「平気ではない」<剣姫>は額から垂れてきた汗を拭い、「これは流石にしんどいな」

 <剣姫>の言葉に、<弾姫>ははぁ、とため息を吐いた。

「そりゃあ、そんな暑そうな恰好をしているからでしょ」

「いや、だからこれはあくまで疑似的な感覚だと言っただろう。つまり、いくら服を脱ごうが厚着をしようが体感は変わらない」

 ――うわ。

 <弾姫>の口から思わずそう零れそうになった。つまり、服装に意味はない、ということだと理解できる。

「もうやだ……。早くこんなところ出たい……」

「我慢だ」

「我慢の限界……」

「なら辛抱だ」

 ――何が違うの!

 と、<弾姫>はツッコミを入れようとしたが、そのような気力も最早湧いてこなかった。頭の汗、火照った身体――、このままいけば熱中症必至だと脳裏に思い浮かんだ。

「ああ、もうダメええええええええええええええええッ!」

 <弾姫>がそう叫んだ瞬間、


 ブロロロロロロロ――、


 と、アスファルトを擦る音が流れてきた。

 かと思えば、真横の車道には小さな鉄の塊が何台も通り過ぎていく。

「あのさ、<剣姫>」

「どうした?」

「この世界に車ってあるの?」

「そりゃそうだ。大体、車道とは車を走らせるための道だろう」


 ――確かに。

 と、一旦は納得するものの、

「ふ、ふざけんなあああああああああああああああああああッ!」

 <弾姫>は思わず叫んだ。

「……うるさい」

「うるさい、じゃないわよッ! そんな便利な交通手段があるなら早く言えってのッ!」

「言ったところでどうやって乗る? ヒッチハイクでもするのか?」

「それ以外にないでしょ! それかタクシーとかないの!?」

「ない」

 ――うう。

 ハッキリと言われてしまい、<銃姫>は思わずたじろいだ。

「いや、でも、その……、例えばレンタカーとか……」

「ないことはないが、そもそもお前は運転できるのか?」

「それは、その……」<弾姫>はしどろもどろになりながら、「勘と、経験とかでなんとか……」

「それでできたら免許というものは存在しない」

「でもでも! ここは脳内の世界なんでしょ!? だったらワンチャン……」

「無理だ。そう都合よくはできていない。そもそも、車をどうやって手に入れる? おいそれと貸してくれるほどここの連中は親切ではないぞ。それに、我々は追われているいる身だということを忘れるな」

 キッパリと言われてしまい、<弾姫>は言葉を詰まらせた後、

「……分かったわよ」

 小さく返事をした。

 またしばらく進んで行く。途中、傍らを通り過ぎる車を羨ましそうに眺めながら、一歩、一歩、一歩、一歩、と重い足取りで歩いていった。

「もうやだああああああああああああああああッ!」

 とうとう観念した<弾姫>は、地べたに座り込みながら虚空に叫ぶ。

「やれやれ。そろそろ休憩するか」

「うぅ、やっぱり水が欲しい……」

 ふぅ、と<剣姫>が腰を下ろそうとすると、背後の方からまたもやブロロロ、とタイヤが地面を擦る音が聞こえてきた。

 だが、その音は先ほどまでとは違う様子がある。一つはやや軽い音だが、次第にそれが二つ、三つとアンサンブルを奏でていく。

「この音って……」

 先ほどやや軽い音と表現したが、よく聞くとどことなく重みがある。まず普通の道路では滅多に聞くことのないような音だ。

 ふと、二人が背後を振り返ると、

「どけどけえええええええええええええええッ!」

「オラオラァァァァァァァァァッ! 邪魔だてめぇらアアアアアアアアアッ!」

 背後から耳障りな音と共に、大きな怒号が聞こえてきた。

「……マズいな」

「マズいって、何が?」

「奴らの目的は、多分私たちだ」

 <剣姫>がボソッと呟くと、<弾姫>は言葉を失いながら目をやや白めにしてしまう。

 いつの間にか、二人の周囲を数台のバイクに囲まれていた。明らかにこちらを威嚇するかのように睨みつけている。

「……え、えっと」

 <弾姫>はたじろぎながら、少しずつ後ずさりしてしまう。が、当然背後にも連中の仲間がいるので意味はない。

「てめぇらが第十一地区と十二地区の姫か? あん?」

 メンバーの一人が眉間に皺を寄せながら眼を付けてくる。

「そうだ、と言ったら?」

 一方で物怖じする気配のない<剣姫>。彼女の態度に<弾姫>は戸惑いつつも、今はどうするべきか判断できずにしどろもどろになっていた。

「ちょいと面貸しな」

「……断る、と言ったら?」

「あぁ、そうかい! だったらこっちもやらせてもらうよ。“創造クリエーション鉄槌アイアンメイス”!」

 特攻服の連中の一人が懐から何かを取り出した。長物だということはすぐに分かったが、それが鉄パイプだと理解するのには少しだけ時間が掛かった。

「ちょ、穏便に、穏便に話し合い……」

 <弾姫>が宥めようとする間も待たずに、特攻服の女は鉄パイプを振りかざしてくる。

「無駄だ!」

 カキン、と鈍い音が響き渡った。

 <剣姫>は手に持った剣で鉄パイプを受け止めている。相手の方がやや力が弱いのだろうか、徐々にその鉄パイプを押し返している。

「こしゃくなッ! “創造クリエーション鉄槌アイアンメイス”……」

「やめなッ!」

 <剣姫>に襲い掛かろうとしていた女が、そのどこからともなく聞こえる掛け声で動きが止まる。

「な、リーダー……」

 背後からスタスタ、と誰かの足音が聞こえてくる。同時に、襲い掛かってきた特攻服の女たちも攻撃を止めて向けていた視線をそちらへと移していった。

 <剣姫>も<弾姫>も、武器を下ろしてそちらの方を向いた。

「ウチらの目的を忘れたんかい? この二人をシメることじゃjないだろう」

「で、ですがリーダー……」

「言い訳は無用ッ! ったく、お前らは話し合えと言えばすぐに喧嘩で済ませようとしやがって……」

 呆れたように、リーダーと呼ばれた女性は頭を掻く。

「す、すんません……」

「気をつけろよ。っと、すまなかったな、<剣姫>に、それと<弾姫>だっけか」

「あ、いえ……」

 態度の変化に<弾姫>は思わず困惑した。

 赤茶色の短髪に、赤い特攻服。切れ目を意識したアイメイクから鋭い眼光が放たれている。

「アンタがコイツらのリーダーか?」

「あぁ、そうだ」

「何故私たちを襲った?」

 <剣姫>は厳しい口調でリーダーに尋ねた。

「いや、本当は襲うつもりじゃなかったんだ。アンタらが第七地区に来ることは情報を掴んでいたからな。ちょいと話付けておこうと思っただけだ」

「話、だと? お前たちは<爆姫>の手下じゃないのか?」

 <剣姫>がその名前を出すと、一気に場の空気が凍りつき、全員が沈黙した。

「あ……」

「いや、<爆姫>は、その……」

 ようやく特攻服の連中どもが声を発するも、どこかどもったように口数が少ない。

「えっと、<爆姫>って、この第七地区の姫、だよね?」

「あ、あぁ……」

 リーダーも同様に、俯きながら小声を発するのが精いっぱいのようだった。

「リーダーということは、お前は<爆姫>とは別のチームなのだろう」

「……そうだ」

「ということは、<爆姫>に頼まれて私たちを襲ったというわけじゃないようだな」

「それは違うッ!」

 リーダーはいきなり強気に声を発した。

「……ワケを話せ」

 <剣姫>が尋ねると、リーダーは静かにため息を吐いて、

「アンタら、<爆姫>を倒すためにここに来たんだろ?」

 ――バレてる!

 <弾姫>は思わず絶句した。既に自分たちの目的が相手に筒抜けだったことに驚いた。

「それがどうした?」

 <剣姫>が尋ねると、突然リーダーは頭を下げて、

「頼むッ! あたいらに協力してくれッ!」

「えっ……」<弾姫>は目を丸くしながら、「あなたたち、どうして……」

「……レジスタンス、か」

 <剣姫>がボソリと呟いた。

「レジスタンス? それって……」

「あぁ、そうだよ。あたいらは……」リーダーはグッと拳を握りしめた。「あの、<爆姫>を倒すために結成した、レジスタンスだッ!」

 

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プリメイラ・プリズン ~電脳牢獄の夢幻剣姫~ 和泉公也 @Izumi_Kimiya

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