Prologe3
薄暗い会議室の中には、既に何人もの<姫>たちが着席していた。
ほとんどは退屈そうに欠伸をしていたり、ネイルをしていたり、ボーっと無表情のままだったりとまるで覇気がない。
「ったく、わざわざ呼びやがってよぉ」
自らの赤い特攻服を正しながら、<爆姫>が悪態を吐いた。
「ホントよ。早く帰って作品を完成させたいのに」
机に肘を突きながら、<岩姫>も悪態を吐く。
「で、でも、きっと大事な話だから呼び出したんですよ、多分……」
黄緑色のドレスの姫、<花姫>がたどたどしく言った。
「そうですわ。あなたがたはどうせ暇なのでしょうから、きちんと参加しなさいな」
煽るように水色のドレスの姫、<風姫>が言い放つ。
「んだとてめぇッ!」
「あら、やりますの?」
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ……」
<花姫>が止めると、<爆姫>と<風姫>は互いに「フンッ!」と鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。
「ふぅん、アンタたち結構仲悪いんだぁ」
不敵な笑みを浮かべながら、黒いシルクハットをクルクル回す<魔姫>の姿がそこにあった。
「あん? なんか文句あんのか?」
「いやぁ、べっつにぃ」
クスクス笑う<魔姫>に、<爆姫>は苛立ちを募らせるがなんとか抑えた。
「クックック、いやぁ、コレはなかなか面白いことになりそうだNe!」
黒いサングラスを光らせながら、<雷姫>が笑った。
「……みんな、うるさい」
こちらは対照的に無表情のまま黙っている<凍姫>がいる。
「で? まだ来ていない人がいるみたいだけど。忙しいんだからとっとと始めて頂戴」
「が、<岩姫>さん、そんなに焦らないほうが……」
「それで、あと来ていないのは誰かなぁ?」
そう<魔姫>が疑問を口にすると、
――スタッ!
と、会議室の隅に一人の人影が現れる。
「遅ればせながら、<影姫>、ここに馳せ参じた」
脚を忍ばせながら、黒い装束を纏った姫の姿がそこにはいた。
「チッ、おせぇんだよてめぇは!」
「ま、どうやらこれで全員揃ったようだNe!」
全員がふぅ、とため息を吐くと、会議室の扉が開いた。
スタッ、と静かな音とともに、二人の女性が現れる。一人は眼鏡を掛けたグレーのスーツ姿の女性。長い茶髪で、知的に見える。
そしてもう一人現れた女性――。いや、「少女」と言った方がいいだろう。彼女の姿はかなり異質だった。
車椅子を漕ぎながら、薄いピンク色のロリータ服を纏っている。そして何より奇抜なのは、その顔に装着している銀色の鉄仮面だった。
「皆さん、お待たせいたしました」
スーツの女性、<創姫>が会議机の中央に座り、深々とお辞儀をした。
「ふぅ、とっとと終わらせてよね」
「それで? 一体何事ですの? わたくしたちを呼び出して」
<創姫>はコホン、と咳ばらいをして、
「実は……。もう皆さんはご存じかも知れませんが、第十一地区、十二地区が消滅致しました」
神妙そうに<創姫>は言うが、
「ふぅん……」
「あっそ」
「そういえばあったNe、そんな地区」
あまり気にも留めないように次々と軽くあしらった。
「ってか、あんな底辺の地区なんて消えたところでどうってことないでしょ」
「み、みんな、酷い……」
「ケッ、いい子ちゃんぶんなって。<花姫>も前にあそこから来た奴を臭いとかなんとか言ってたじゃねぇか」
<爆姫>の指摘に、<花姫>は目を丸くして、
「だ、だって、しょうがないもん……。本当に臭かったんだもん。私、悪くないもん……」
「……うっざ」
<凍姫>がぼそりと呟いた。
「オホン、皆さんお静かに」
「ここからが本題だから聞いてほしい」
ようやく、<神姫>が言葉を発した。同時に、全員が黙る。
「えー、その消滅した二地区ですが、おそらくそれを行ったのは<剣姫>、<弾姫>の二名によるものだと思われます」
<創姫>が言い放つと再び会議室内がどよめきだした。
「あの、二人が……?」
「一体何のために? 仮にも彼女らはあの地区の<姫>でしょう?」
「分かりません。ですが、おそらくですが……」
「この二人の目的は、アマファリア全体の消滅かと思われる」
<神姫>がそう言うと、またも沈黙が訪れた。
「……ぷっ」
誰かが吹き出すのと同時に、
「あははははははッ!」
「ないない、ないってのッ!」
「あの二人が⁉ 冗談でしょう⁉」
「冗談で地区は消えません。おそらくあの二人は本気です」
「いやいや、仮に本当だったとしてもよぉ、そんなこと出来ると思ってんのか⁉」
<爆姫>ははぁ、はぁ、と笑いを徐々に納めていく。
「確かに。我々がいる以上、そう易々とアマファリアを消すことが出来ると思っておらぬだろう」
<影姫>は冷静に突っ込んだ。
「でしょうね。まぁ、目的は未だに分かりませんが、いずれ皆様が統治している各地区に来ることも予想されます。今一度、警戒態勢を充分に整えていただきますよう、よろしくお願いします」
「警戒態勢? 随分ヌルいことを言うのねぇ」
「奴らが来たらブッ潰すッ! それしかねぇだろッ!」
<爆姫>が強く拳を握った。
「そう。勿論、彼女らを捕まえた者には褒美を与える。倒してもらっても構わない」
「OK! 俄然、やる気が出てきたYo!」
「あんな子たち、アタシがイリュージョンしてあげるわよ!」
「……話は終わり?」
「ええ」<創姫>はこくりと頷き、「これで終わりです。ですが、くれぐれも油断なさらぬように。あの二人は最底辺地区とは言えども、あなた方と同じ『姫』なのですから」
ふふふ、と<創姫>は笑った。
一同はゴクリ、と強い音を立てて唾を飲み込む。何故だろうか、この<創姫>から、とてつもない程の威圧を皆が感じ取った。隣に座っている<神姫>の右腕と言われているだけのことはある。
――間違いなく、彼女は<剣姫>と<弾姫>を抹消する気だ。
「それでは、これで会議は終わりです。お時間頂き、誠にありがとうございました」
深々と<創姫>は礼をして、場はお開きになった。
しばらくして、閑散とした会議室内。
<神姫>と<創姫>が二人だけ残っていた。
「それで、よろしかったのですか?」
「何が?」
「この世界の真実を、教えなくて」
訪れる沈黙。神妙な面持ちで<創姫>は再び尋ねる。
<神姫>の分厚い鉄仮面からは表情が読み取れないが、かなり訝し気な表情をしていることは想像に難くないだろう。
「教える必要などない」
「ですが……」
「所詮奴らなど、我々の手駒に過ぎない。真実など伝えたところで意味などない」
「そう、ですか。<神姫>様のご判断ならそれで……」
<創姫>はふぅ、とため息を吐く。
「分かっているな、<創姫>。このアマファリアが創られた目的を」
「……はい」
「何、奴らが倒されようと、この電脳牢獄からは誰一人抜け出すことなどできない。心配する必要などない」
「ですね。ふふふ、それにしても、あの姫たちも愚かですわね。自分らがどういった存在なのか、まるで分かっていませんもの。強さだけで『姫』だなんだと囃し立てられて、その上に高を括って自らの地区で好き勝手している。アマファリアを理想郷だと思い込んでいる愚者の最たる存在ですのに」
<創姫>が次第に不敵に笑う。
「それはあの<剣姫>と<弾姫>も同様だろう。最も、彼女らはもしかしたら何かしらの理由で思い出したのかも知れない、がな」
「なるほど、それでこのような愚行を」
「まぁいい。真の理想郷のためには、こういった余興も必要だろう。我々は今しばらく高みの見物としよう」
「ですわね。本当に愚かな裸の王様たち――、いえ、『お姫様たち』の動向を、しばらく見学しましょう」
会議室内に、二人の高笑いが響き渡った。
女性だけの街、アマファリア。
第一地区の中央に聳える本部の中で、このような会議が行われていたことは、参加していた者たちを除いて誰も知る由もなかった。
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