Prologue2
巨大な機械と、鈍い金属音が何度も響き渡る。<剣姫>の剣からは火花も飛び散り、両者一歩も怯む気配はない。
『シンニュウシャ、イッタイツイカ。ハイジョタイショウトミナシマス』
「チッ、埒が明かないな」
一旦<剣姫>は背後に下がる。と思いきや、次の瞬間、一気にヒョイっと機械の右肩に乗っかった。
あっという間の軽業に、<弾姫>も見とれてしまう。
<剣姫>はふんっ、と髑髏の顔の口に剣を挟んだ。そのまま梃子の原理を利用して、思いっきり上顎をこじ開けるように剣を振り上げた。髑髏の顔から、歯が一本抜け落ちる。
「やはりここが弱点か……。おい、君ッ!」
「あ、えっと……」
突然呼ばれて<弾姫>はしどろもどろな返事をしてしまう。
「私が合図をしたら、口の中を狙え!」
「え、口の中……」
「三……、二……」
「あ、ちょっと待って……」
手汗で滑りそうになる銃を、<弾姫>は慌てて握りなおした。
「一……」
「ええっと、“
<弾姫>の銃から、再び弾が発射される。その弾は銃口から出た瞬間、一気に握り拳大の大きさに膨れ上がった。
そして、その弾は機械の顔面に発射され、折れた歯の間から口内へと入っていった。そのまま、喉の奥へと貫通し、中から大きな破裂音が響き渡る。
『アガ、ガガガガガ……』
機械の声が段々掠れていく。
<剣姫>は機械から飛び降りた。それと同時に、巨大な機械は背後にのけ反り、そのままドシン、と大きな音を立てて倒れこんだ。
機械から青白いスパークと、少しだけ焦げ臭い匂いが漂ってくる。相変わらず『ガガガ……』とうめき声のような音が聞こえてはくるが、やがて動きも声も止まった。
「倒した、の……?」
「あぁ……」
ほっと息を吐いた<弾姫>は、腰が抜けて地面に尻餅をついてしまった。
「あ、ははは……。何だろう、嬉しいのに、嬉しくない……」
<弾姫>は床に転がる屍の山に目を向ける。先ほどまで生きていた、元気だった者たちの亡骸。既にそれらは命どころか原型すら留めていない。
――こんな有様、信じられない。
<弾姫>の目に、次第に涙が滲んでくる。この涙は悔しさだけのものではなかった。
「……<弾姫>」
<剣姫>は<弾姫>に視線を合わせるように、静かに彼女の目前へしゃがみこんだ。
――パンッ!
突如、部屋の中に柔らかな破裂音が響き渡る。いつの間にか、<剣姫>の右頬が赤く腫れあがっている。
<弾姫>は殴った右手を強く握り、<剣姫>を思いっきり睨みつけた。
「アンタの……、アンタのせいよッ! アンタが、行方不明になっていたせいでッ! 私たちがッ、こんな訳の分からない機械と戦わされてッ! あの子も、何も悪くないのに、死んじゃって……」
<弾姫>の涙声が段々掠れていく。蹲ったまま、スカートの裾に顔を埋めてひたすら濡らしていた。
「……すまなかった」
「謝って、済む、問題じゃ……」
――その時。
『スケルトンガーダー0886、ハカイカクニン。コレヨリ、ダイジュイイチチク、ダイジュウニチク、データショウキョシマス』
「えっ?」
どこから聞こえる機械の声に、<弾姫>は一気に顔を挙げた。
「……どうやら、泣いている暇はないようだ」
「ちょっと、どういうこと……」
――ガタガタガタッ!
いきなり地面が強く揺れ始め、二人は目を丸くして驚いた。
「話は後だッ! 急ぐぞッ!」
<剣姫>は無理矢理<弾姫>の右腕を掴み、強引に立ち上がらせた。
「急ぐって、どこへ……」
「だから話は後だと言っているだろッ!」
<弾姫>の袖を掴んだまま、<剣姫>は勢いよく走りだした。
地面の揺れが更に強くなっていく。正直バランスを取るのも難しいほどだが、それを堪えながら二人は急いで更に部屋の奥へと進んでいった。
「何が一体、どうなって……」
<弾姫>は一瞬、背後を見て驚愕した。
今まで通ってきた道が、いきなり無数の巨大な黒い立方体に埋め尽くされている。いや、埋め尽くされているというよりは、その形に全ての物が消えている。そして、その黒い立方体は、瞬く間にひとつ、またひとつと増えていく。
――何、これ?
声も出せないまま、突然<剣姫>の動きが止まる。
「はぁ、はぁ……。何なの、これ……」
目の前には何もない。完全な廊下の行き止まりだ。
「入るぞ」
「いや、何もないのに……」
「いいから!」
<剣姫>は腕を掴んだまま、再び走り出した。
「ええええええええええッ⁉」
――ぶつかるッ!
と思ったのも束の間――、
壁に当たった瞬間、いきなり<弾姫>の視界が一変した。
そこにあったのは、まるで宇宙空間のように暗い部屋。だけど、視界ははっきりしている。天井にはプラネタリウムのようにまばらな光が色鮮やかに煌めいており、地面もどこが地面なのかはっきりしないほど透き通っている。
「こ、ここは……」
「
<剣姫>の突然の説明に、<弾姫>は頭に大量のハテナマークを浮かべた。
「何それ、聞いたこともないんですけど」
「そりゃ、私が創った空間だからな」
「創ったって、アンタねぇ……」
考えるのも馬鹿らしくなり、<弾姫>ははぁ、っとため息を吐いた。
ひとまず座り込み、辺りを見渡す。本当に幻想的な空間だ。まるで、SF映画に出てきそうなネットワークの空間のような――。
――ネットワーク?
「とりあえず、きちんと説明してもらっていい?」
強気な口調で、<弾姫>は尋ねた。
「……あぁ、無論だ」
「まず、あの機械は何!? それと、アンタは何で行方不明になっていたの!? 大体、この第零地区ってのは一体……」
「待て待て待て! 一気に質問するな!」
「全部答えなさいッ!」
<弾姫>に押されて、流石に<剣姫>はたじろいだ。
「……先ほど戦ったあの機械だが、恐らくあれは私を……、いや、『我々』を消すための物だろう」
「消す? 我々? 一体、何のために?」
「正確に言うなら、『第十一、第十二地区』を消すため、だろうな」
そう言われて、<弾姫>は一気に目を見開いた。
「何で、何で私たちを……?」
「私たちの地区は、最下層だ。上の連中にとっては単なる掃除のつもりなのだろう」
「じゃあ、あの任務って……」
<剣姫>はこくり、と頷く。
「仮に君や私があの機械に倒されたなら、姫を失った第十一、十二地区は統率を失う。それを口実に二つの地区を解体させるつもりだったのだろう。そして、機械を倒した場合も、この通りだ……」
「何、それ……。私たち、何も……、何も悪くないのに、何の罪もないあの子たちをそんな風に……」
<弾姫>はふと、先ほど逃げてきたときの現象を思い出す。
まるで、周りの建物が消去されていくような感覚だった。こんなことがあるわけがない、自身にそう言い聞かせようとしたが……、
――あれ?
「……ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「ひとつどころじゃない気がするが……、何だ?」
「私たちって、本当に、何もしていない、の……?」
その言葉に、<剣姫>は一気に言葉を失った。
<弾姫>は怯えた表情になりながら、再び質問をする。
「そもそも、私たちは、どうやってこの街に来たんだっけ? この街に来る前は何やっていたんだっけ? お父さんとお母さんは……? 一体、私たちって、何者……? 思い出せない……、私たち、何をしていたのか……」
いくら記憶を辿ろうと思っても、<弾姫>の脳裏から過去のことが引き出せない。次第に頭痛が酷くなっていく。
「<弾姫>ッ!」<剣姫>は怒鳴った。「いいか、良く聞け……」
<剣姫>はしゃがみこみ、<弾姫>にしっかりと視線を合わせる。彼女はまだ、怯えたような顔を浮かべていた。
「何なの……、これって、一体……」
「消されているんだよ、私たちの記憶は」
――なっ!?
<弾姫>は一気に顔を挙げた。
「消されたって……、そんな、非現実的なこと……」
「“非現実的”じゃない、“非現実”なんだよ、この街は。『仮想空間』と言えば聞こえはいいだろうか……」
――仮想空間?
「それって、あの、ラノベとかで良くある……」
そんな馬鹿な、と<弾姫>は思った。
先ほど戦った感触――、目の前で触った生首や、後輩の血飛沫の生暖かさ。どれをとっても本物だとしか思えない。
「女性のための街、アマファリアシティ。だが、その真実は仮想空間に我々を捕らえる『電脳牢獄』だ。本物の私たちの身体は、現実の世界にある収容所のベッドの中で、点滴と呼吸器だけ着けられて、ただ衰弱していくのを待っているような状態だ」
「そんな……」
――なんで私たちはそんな目に?
自らの置かれている状況を知り、<弾姫>は愕然とした。
「牢獄って……、そんなの、嘘……」
「何も悪いことしていないのに、と言ったな」神妙な面持ちで、<剣姫>は言った「だが、先ほど機械に殺された君の後輩……。彼女は、現実の世界で、自分を虐めていたテニス部の先輩を三人、殺害している」
「なっ……」
<弾姫>にとって、驚愕の真実がまたもや現れた。
「彼女だけじゃない。この街にいる者は皆、現実世界で何かしらの罪を犯した者ばかりだ。当然、私たち姫も、な……」
――何、それ。
<弾姫>はこれまで、姫としての任務を与えられて、第十二地区の代表として秩序を守ってきたはずだった。それが、一気に自らの正義を否定されてしまった、そんな気持ちにさせられた。
「まさか、どうして……」
「言ったはずだ、ここは『電脳牢獄』だと。更生も減刑の余地もない、犯罪者の女性たちを集めて“理想郷”のような街を作り出し、彼女らの記憶を消して虚構の幸福を味わわせる。そして、最期に待ち受けるのは、現実世界にある肉体の衰弱死――。最も、この世界で戦い死ぬことでも、現実世界の肉体が死ぬが、な……」
<弾姫>は理解した。あの後輩や先発隊は、現実世界でも「死んで」いるのだ、と。
これまでの真実を総合的に判断するとそういうことだ。<弾姫>は愕然と膝を落とした。
「そんな……、それじゃあ、私たち、今まで……」
正義とは何なのか――。
姫とは何なのか――。
それよりも、自分は何の罪を犯してきたのか――。
「う、ううううう……、うわあああああああッ!」
<弾姫>はとうとう耐えきれずに泣きだした。
「……私はその真実を知るために、しばらく留守にしていた。まさか、その間にこんな任務を与えてくるとは思わなかったがな」
「私は、私は一体、何をしたの……」
「それは……」
「教えてッ! どうせ私のことも知っているんでしょッ⁉ 教えて、教えてよ……」
<弾姫>は<剣姫>に縋りついて、ひたすら泣きじゃくった。
「……ダメ、だ」
「何が、ダメ、なのよ……。教えてよ……」
<弾姫>は必死で、<剣姫>の胸に寄りかかった。
次第に<剣姫>は憐れむような顔になって、そして<弾姫>の背中をポン、と叩いた。
「それは、自分自身で思い出さなきゃならない……。本当に、自らの罪を償いたいなら、な」
「罪を、償う……?」
<剣姫>はこくり、と頷いて、
「あぁ。きちんと現実世界に戻って、然るべき法の裁きを受ける。こんな夢のような理想郷ではなくて、現実の牢屋に戻る。そう、私はこの街……いや、この『牢獄』を抜け出す。そのために拠点とすべくこの第零地区を創り出した」
「……そんなことができるの?」
「可能性はある」
「それって……」
「そもそも、このアマファリアシティを消してしまえばいい」
――は?
何を言っているのか理解できなかった。
「どうやって……」
「この街を創り出した者……、そして第一地区の姫である<
――<神姫>を、倒す?
「そんなことしたところで……」
「彼女はその名の通り、この街の『神』だ。彼女が消えれば、この街そのもののシステムが破壊され、捕らわれている者も現実に戻ることができる」
「でも……」
「どのみち、奴らは私たちのことを異分子と思っている。あの機械を差し向けてきたのがその証拠だ。私と君は、姫の中でも特に異端な存在だ。プリメイラの力こそ強力ではあるが、彼女らにとっては邪魔な存在だ。だから、こんな辺境の第十一、十二地区の姫に追いやったわけだ。だが、そのためには他の地区の姫も倒さなければならない」
「他の地区の、姫……?」
<弾姫>は<剣姫>以外の姫のことを、顔も名前も知らない。当然、どんなプリメイラを保有しているのかなんて全く気に留めていたこともない。
「あぁ。そうだ。
第三地区の姫、『電波塔の洗脳師』<
第四地区の姫、『高原の
第五地区の姫、『雪原の
第六地区の姫、『不思議の国の
第七地区の姫、『爆炎の
第八地区の姫、『幻影の忍』<
第九地区の姫、『死の森の
第十地区の姫、『地底の
そして、第二地区の姫であり、<神姫>の右腕とも言うべき存在……、<
第一地区に行くには彼女らを全員、倒さないことには第一地区に行くことはできない。つまり、彼女らは第一地区の鍵というわけだ」
「全員……。でも、みんな……」
「あぁ。倒すということは当然、現実世界の身体は死ぬ。だが、そうしなければ戻ることもできないし、第一彼女らは現実世界でかなりの大罪を犯したものたちばかりだ。死んで当然、とは言いたくはないが、どのみち彼女らもこのままではいずれ死ぬ運命になるだろうな」
<弾姫>は考え込んだ。
自分たちが元の世界に戻るために、他の姫たちを倒す――。そして、その中でおそらくはいずれ自らが犯した罪を知ることになるだろう。
そんな勇気が自分にあるのだろうか――。
<弾姫>は拳をぐっと握り、<剣姫>を睨みつけた。
「……私も行く!」
「……ほう」
「私も、他の姫たちを倒して、このふざけた世界を壊してみせる!」
<弾姫>がそう答えると、<剣姫>はふっと笑い、
「そうか。私は無論歓迎だ……」
「ただ、勘違いしないでよね! アンタのことを信用したわけじゃないから! いい? 私はあくまで自分の罪とやらを知りたいだけ!」
「……なるほどね。まぁ、理由はそれでいい」
そう言って、<剣姫>は踵を返した。
「ちょ、どこへ行くの?」
「この第零地区は他の地区へと繋がっている。早速だが、もう行くぞ」
「あ、そうなの……。じゃなくてッ! その前に!」<弾姫>は<剣姫>を呼び止めた。「アンタの罪とやらについても話してもらわないと割に合わないでしょ!」
「さてね……。いずれ気が向いたら話すよ」
そう言って、<剣姫>は静かに歩き出した。
「いやいやいやいや、待ちなさいよおおおおおおおッ!」
大声で呼び止めながら、<弾姫>は<剣姫>を追いかけていった。
女性だけの街、アマファリアシティ――。
その実態は、特A級クラスの女性犯罪者を収容する、『電脳牢獄』。
二人の姫は、この街を抜け出すべく、他の地区の姫たちとの戦いに身を投じていくのであった――。
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