プリメイラ・プリズン ~電脳牢獄の夢幻剣姫~
和泉公也
プロローグ
Prologue1
『アマファリア・シティは新時代を担う女性の、女性による、女性のための街としてこの度新設されました。これからの時代に先駆けて、女性が様々な場面で活躍できる機会を設け、更なる社会の発展を目標としております。この街は全部で十二の地区から成り立っており、それぞれの地区の代表として“姫”の称号を与えた者を据えております。さて、この“姫”ですが、この街に住む者の中には創造を具現化できる力、“プリメイラ”を有している者が何人もいます。その中でも特に強力なプリメイラを持った者がこの“姫”として選出されまして……』
暗い室内のでかでかとしたモニターからは、何度も聞いた台詞と見飽きた顔が淡々と説明をしている。
アマファリア第十一地区。その中央に聳え立つプレミアムセンターのエントランス。
街を創設したシンボルではあったが、現在は誰もいない。無駄に大きなこの建物が、たった半年の間でこれほど寂れてしまうとは誰も夢にも思わなかった。
「誰かいますかー」
恐る恐る声を掛けたが、電気も碌に点いていない室内からは全く返事がない。
「やはり誰もいないようね……」
少女は物陰から覗き込みながら呟いた。
金色のボタンがあしらわれた紺色のワンピースに、白い靴下。そして、頭には警察官を思わせるかのような帽子を被っており、そこから黒い髪が二つ結びにはみ出ている。体つきはほっそりと小柄だ。
「<
「しょうがないでしょ。十一地区の姫が行方不明なんだから」
「だからって、私たちがやることないですよね。上も『アンタたち十二地区の連中はどうせ暇でしょ。だったら代わりに調べてきて』だとか、完全にナメられてますって」
「ブツクサ言わないの! ほら、ちゃっちゃと調べるよ!」
「はーい……」
もう一人、同じ制服を着た後輩は気だるそうに返事をした。
誰もいないことを確認して、奥に進んで行く。
「先発隊が帰ってこないのが気掛かりですけど……」
「連絡が途絶えているんだよね」
「みんなすっごい強いから大丈夫だと思いま……」
と、言いかけたところで――、
ゴロン、と何か彼女の足下に何かが当たる感触があった。
「何か今、当たった……」
足下に光を当てて見た瞬間、彼女は一気に青ざめた。
血色を失った青い肌。目も片方が今や抜け落ち掛けそうなほど飛び出しており、舌もだらしなく垂れている。間違いなく、女性の生首だ。
その落ちている生首の主には、見覚えがあった。
「ひぃぃぃぃぃぃ、これ……」
「先発隊の……」
<弾姫>はしゃがみこんで、生首の目をそっと閉じ、手を合わせた。
「首の断面……、刃物で斬られたものではないね。何か強い力で引きちぎられたような……」
「冷静に分析している場合ですか!」
「大事なことなの。この先、何者がいるのかまだ分からないんだから。ほら、行くよ」
そして光を前のほうに向ける。
心なしか奥から何か肉が腐ったかのような匂いが漂ってくる。気のせいかと思ったが、この現状を見る限り現実のようだ。
「首があそこで転がっていたということは……」
「他の人たちも、もしかして……」
更に進んで行くと、吹き抜けから大広間が見えてくる。ふぅ、と一息ついて、<弾姫>は心を落ち着かせた。
匂いが一層強くなっていく。多分、先ほどの生首の主だけじゃない。
「“
<弾姫>の右手の周囲が光り、一瞬にして黒い小型の銃が形成される。
「わ、私も……、“
後輩の手も同様に光った後に、手に小型の銃を形成させた。
「ふぅん、あなたもプリメイラを発動できるようになったんだ」
「い、一応……。まだ、微弱ですけど……」
「頼もしいね。でも、油断は禁物だよ」
そう言って、二人は大広間に踏み込む。
ゆっくり、一歩一歩踏みしめていき、周囲を注意深く見渡していく。
――ペチャッ。
液体を跳ねる音と共に、何か柔らかいものを踏んだ。
恐る恐る真下にライトを当て、二人は再び目を丸くした。
「うあああああ、これ……」
落ちていたのは、人の手首。
いや、それだけではない。身体の上半身、脚、そして最早どこの部分か分からない内臓――。人の身体のあらゆる部分が、ゴミのように散乱している。
そして、その首や胴体部分が着ている服で理解できる。これは、全部先発隊のものだということに……。
「い、一体、何が……」
その時だった――。
奥で何か二つの光が灯った。と同時に、ドシン、と重い音が近付いてきた。
「な、何これ……」
現れたのは、天井まで埋め尽くすかのような巨大な機械。顔は髑髏を模しており、胴体はかなり雑に大きな球体のままである。人型をあしらったその左手はこれまた巨大な爪、そして右手は巨大な剣になっている。
「どうやら、みんなコイツにやられたってことね」
「な、こんなバケモノに……」
『シンニュウシャ、マッサツ』
機械は大きく剣を振り下ろしてきた。
ぐっ、と堪えながら二人は一気に背後に下がり、銃を構える。最早なりふり構わず手にした銃を二発、髑髏の面に撃ち込んだ。が、手ごたえもなく弾は頼りない音と共に弾かれてしまう。
「顔はダメ、か……」
「先輩、ここは私がいきます!」
後輩はいきなり強気に出てきた。
「ダメ! 無茶しないで!」
「大丈夫です! こういうのは関節に弾を当てるのがセオリーなんですよ!」
「そんな安直な考えで突っ走らないの! アナタも他のみんなみたいに……」
「先輩!」後輩がニコっと微笑んだ。「先輩は強いプリメイラを持って、みんなをリーダーとしてしっかり纏めて、そして何よりも強くて……。私、そんな先輩に憧れているんです。そんな先輩みたいになりたいんです!」
「だからって……」
「無茶するな、って言いたいんでしょうけど、それ、いつもの先輩に言いたい台詞ですよ。いっつも無茶して、先に進んで、ヒヤヒヤしているんですからね、私たち――」
そこまで言われて、<弾姫>もぐうの音も出なかった。
「あ……」
「だから心配はご無用――」
「そうじゃなくって、後ろ……」
「えっ!?」
一瞬のうちに、後輩の視界は真っ暗になる。
気付いたときには、もう手遅れだった。ぐしゃあっ、という気持ちの悪い音と共に、辺り一面に血しぶきが飛び散った。機械の剣が、後輩の背後から彼女の胸を一気に貫いている。
「あ、れ……」
何が起こったのか、彼女自身は気付いていない様子だ。
「う、ああ……」
<弾姫>は言葉に詰まり、ひたすら嗚咽を漏らし続けていた。
「あ、あははは……。やっぱ、無理、みたい、ですね……。先輩、みたいに、な、る、の……」
渇いた笑いと共に、後輩を貫いた剣がゆっくりと引き抜かれていく。
更にその瞬間――。
ぐちゃあっ、と機械の左手の爪が、彼女の上半身を握り潰す。
その左手からは彼女の物であろう血がひたすら垂れ流され、あとに残ったのは、先ほどまで上半身が乗ったいたはずの、二本の脚だけだった。
鉄臭い匂いが更に強くなる。
あっという間の出来事――。死体だらけの部屋に、更に一体、死体が増えただけのこと。そう言い聞かせようとした。
<弾姫>は鼻を塞ぎたい気持ち、いや、いっそ両目も潰してしまいたい気持ちに駆られる。
『シンニュウシャ、イッタイハイジョ』
無機質な機械の言葉が、<弾姫>の耳に届く。人一人の命、いや恐らくはそれ以上の命を奪ったであろう機械。当然、こいつに感情などあり得るはずもないのだが……。
「う、うああああ……」
『ツヅイテ、モウイッタイノハイジョヘイコウシマス』
「うわああああああああああああああッ!」
――ドシュン! ドシュン!
<弾姫>の銃から何度も弾が発射される。が、それらは機械の身体には何ひとつダメージが与えられる様子もなく、鉄の身体にカン、カン、と弾かれる。
『ムダナワルアガキハヤメロ』
機械の左手が思いっきり開かれ、<弾姫>目掛けて突っ込んできた。
が、彼女は瞬時に背後に避け、更に弾丸を数発撃ちこむ。当然、これらも弾かれるわけだが。
「なんで、なんでよッ! なんで、こんなことにッ!」
“創造”で形成された銃には「弾切れ」はない。弾丸は銃の中でひたすら生成されていく。
それを把握している彼女は、もうひたすら弾を撃ち込むしかなかった。どこか弱点があれば、と「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」の理論に縋るしかなかった。
しかし、当然それらは全て弾かれていく。
『シンニュウシャ、ニタイメ、クタバレ』
機械は右手の大きな剣を振り被った。
――しまった。
銃を撃つことに夢中になっていた<弾姫>は、こちらに相手の剣が向かっていることに意識が向いていなかった。
背後に避けようと思ったが、もう既に遅い。
――ダメだ。
条件反射で目を瞑った。もう、ここから開けることはないだろう。そう覚悟した。
だが……。
――カンッ!
痛みが来るであろう瞬間、代わりに感じたのは金属同士が擦れ合う音。
「痛く、ない……? えっ……?」
<弾姫>は恐る恐る目を開く。
機械の剣は、別の大きな剣と鍔迫り合いをしていた。その人物は、必死に歯を食いしばりながら、足を踏ん張っていく。
そして、機械の剣を弾き、すぐさま態勢を立て直した。
「アナタ……」
機械と対峙していたのは、一人の少女。
長い茶髪に、鼠色のマント。そこから垣間見える胸には胸当てを着用している。
「ったく、面倒なもんよこしやがって」
悪態気味に機械を睨みつけている少女に、見覚えがあった。
「<
数日前から行方不明になっていた、第十一地区の姫、<剣姫>。
間違いなく、彼女の姿がそこにあった――。
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